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 ヒツヨウアク。

 漢字でどう書くかは忘れたけれど、その日本語が私の頭から離れない。

 日に焼けた出窓に腰をかけてぼんやりと未来について考える。

 何度目かのため息をつくと、本を読み終わったらしいヘーゼルくんが屋根裏部屋から降りてきて、こちらの手元をまじまじ見つめてきた。

「この前からケルシーは何をしてるの?」

 不思議そうに問いかけてくる彼にうっすら笑って、スヌードを編んでるんだよと力なく答える。

「きれいなモスグリーンだね」

「そうでしょ。私もそう思う」

「元気ないね」

「考え事をしているだけだよ」

 魔法で作った鍵針を使ってただひたすら編み続ける。

「でも、ねえケルシー、まだ春だよ?」

「冬なんてすぐだよ」

 季節外れなことをしているのはわかっている。

 しかしこれは、仕事を忘れたい時、じっくりと考えたい時、何も考えたくない時に見出したあすかなりの現実逃避方法なのだ。

「糸はだれにもらったの?」

「買ってきてもらったんだよ。師匠にお使いを頼んで」

 ヘーゼルくんに似合う色を探してきてって言ったら、これを買って来たんだよ。

 そう続ければ、彼はとたんに目をキラキラとさせて私の手元を指さした。

「もしかして、ぼくにくれるの?」

「上手くできればね」

「ほんと? 上手に作ってね! ぜったいだよ!」

 それは約束できない。

 少しだけ顔をくしゃりとして喜びを表現するヘーゼルくんに、うっと返事がつまってしまった。

 私は最後の最後で失敗するタイプで、仕上げ段階で歪になってしまう自信があるのだ。

「それよりもヘーゼルくんはお祭りに行かなくていいの?」

 今日は年に一度の豊穣祈願祭。

 中心都市は店とパレードと花と笑い声で賑わっているはずだ。

「ヘーゼルくん楽しみにしてたでしょ」

「ケルシーが行かないならぼくも行かない」

「またそうやって。友だちを作る良いチャンスだと思うよ」

 まあ本音を言うなら、私も同じ立場なら友だちがいないのにお祭りに行く気にならないのは確かだ。

 私の提案を無視して出窓のそばへ椅子を持ってきたヘーゼルくんが、無言で席に座って読書を再開する。

 音がない。

 五つ隣の駅を出れば喧騒であふれているというのに、ここはそんなことなど関係がないようにいつも通りの静寂さを保っていた。

 ちなみに師匠は仕事の関係でお祭りに行っている。何の案件か知らないけれど、おそらく今日は帰りが遅いだろう。

 夜まで二人きりだ。

 編み物をしながら栗毛の彼をちらりと見おろす。

 あすかは一人暮らしの経験があるから別にある程度独りでも構わないのだけれど、ヘーゼルくんは果たして寂しくないのだろうか。

 家族とはなればなれ。

 ヘーゼルくんの家族は一体どうしたのだろうか。

 師匠に預けて遠くに行ってしまった?

 ヘーゼルくんを捨ててしまった?

 それとも悪い人に殺されたとかならどうしよう。

 もしそうなら、それもヘーゼルくんの人生にとって必要なことだったのだろうか。

 ヒツヨウアク。

 私が悪女であることは歴史をつくるのに必要なことだと予言者は告げた。

 悪女ってなに?

 ホウジョウマサコ?

 大奥の何だかこわい人?

 そもそも歴史をつくるってなに?

 天下分け目の戦い?

 産業革命?

 タイセイホウカン?

 ダメだ、高校で日本史を選択していたからか日本の歴史しか出てこない。世界の歴史的悪女が知りたいけれど世界史のことがわからない。

 歴史をつくる悪女……。

「あっ、クレオパトラとヨウキヒ?」

「えっなに? ケルシー?」

「いや、なんでもないの」

 違うあれは傾国の美女だ。

 ん?

 いやまてよ。

 案外、傾国の美女はビンゴかもしれない。

 自画自賛もどうかと思うけれどケルシーはかわいい。ミルクティー色の巻き毛に深い緑色をした飴玉の瞳、頬と唇は健康的な桃色で、肌の色はまあまあ白いから、日本人の美的感覚ならかわいい。

 まだ幼児体系で今後どう成長するかはわからないけれど、そこは努力で補える部分はあるだろう。

 もしも私が血と涙滲む努力をして傾国の美女になったとして。

 それでこの国の王子と隣国の王子が私を取りあうでしょ。

 そうすれば今は良好な国交が怪しくなって。

 あ、いけない、このままじゃ悪女要素がない。

 ……じゃあ、どちらか強かった方と結婚した私は、国民の税金を使ってわがまま三昧の贅沢三昧。怒った国民が立ちあがり、国は滅亡。

 さあ、新しい時代のはじまりはじまり。

 なーんて。

「ふふ」

 真面目に考えようとしてもついふざけてしまう。

 馬鹿みたいだ。

 こんな考えの凡人が歴史をつくるかもしれないとか本当に馬鹿みたいだ。

 壮大すぎる。

 ロイ王子とスノウちゃんの恋のキューピッドになるんだと使命感を抱いていた過去の自分に戻りたい。

 ああやだやだ。

 さあ、現実逃避をしよう。

 訝しげなヘーゼルくんの視線を振り払うように編み物を始める。

 考えないに越したことはない。

 私がどうすべきかは師匠が知っているのだ。


 ◆


「だれか来た」

 船をこいでいた私の傍らで、ヘーゼルくんが固い声を紡いだ。

 知らない間に寝てしまっていたらしい。

 うつらうつらしていたから人の気配なんて感じなかったけれど、宇宙色の瞳が玄関を見つめたその瞬間、ドアの呼び鈴がカラカラと鳴って来客を告げた。

 すごい。本当に誰か来たようだ。

 事前に察知したヘーゼルくんは忍者かそれとも暗殺者か。いや、ただの子どもであるはずだ。

「誰だろう? 私見てくるね」

「ぼくもいく」

 外はいつの間にやら日暮れの時間。

 夕凪。

 窓から見える木々は声をひそめていた。

 薄闇にそまりつつある部屋に慌てて明かりをともす。

 来客なんてめったにないからちょっぴりドキドキ。ヘーゼルくんも緊張しているのか、ぎゅっと本を抱きしめて、そろそろと歩く私の後をひたひたとついてくる。

 こんな黄昏時に、誰が一体何の用だろうか。

 悪い人じゃありませんように。

 強盗だったらこの子は私が守ると心に誓いながら、玄関横にある鏡をえいやと覗きこんだ。

 すると何ということだろう。

 そこには意外な人物が映し出されていたのだ。

 あまりにも意外すぎて声が詰まった。

 見たことがある。

 このアッシュグレーの髪も、ロイヤルブルーの瞳も見たことがある。

 上品なデザインのアクセサリーに刻まれた王家の紋章。

 そこに立つだけで凛とする空気。

 鏡に映る絶世の美少年を私は以前見たことがある。

「ロイ様?」

 そう。そこに映しだされたのは一国の王の息子だった。

 驚きだ。

 私の手紙友だち。幼なじみ。

 恐る恐るドアを開けてみると、そこには記憶よりずいぶんと大きくなっていたけれど美しさは健在の王子がにこにこと一人で立っていた。

「久しぶり、ケルシー」

 やっぱり王子だ。見間違いなんかじゃない。

「何してるんですか、こんなところで一人だなんて」

 あなたご自分のポジションちゃんとわかってますかと思いながら批難めいた声を上げる。

「お祭りにこなかったから体調が悪いのかと思って、様子を見にきたんだ」

 ほら、屋台で買ってきたんだよ、と果物が入ったかごを持ち上げる王子に唖然とした。

 確かに祭りの誘いを直前で断ったけれど、まさかここに来るとは思わなかった。

 はたして彼の両親は、祭りが盛り上がっているだろう今、自分の息子が辺鄙な暗がりの街にいることを知っているのだろうか。

「大きくなって、一層きれいになったね」

 歯の浮くような台詞だが、残念ながらこれはこの国の社交辞令である。

「ありがとうございます。ロイ様も一層素敵になられて……」

 もう女の子に告白はされましたか、の余計なひと言はのみこんだ。

「見るにずいぶん元気そうだけれど、ケルシーは今日は一日何をしていたの?」

 彼の声に批難の色はない。

 なるほど。なぜ彼の誘いを断ったのかを純粋に気にしているらしい。

「歴史をつくるとはどういうことかを考えていたんです」

 嘘はついていないはずだ。

「ところでロイ様はお一人でこちらへ?」

 頷かないでくれよ?

 一人で来ていると知ったら、私の身も王子の護衛の身も危ない。

「いや、ちがうよ。さすがに一人だと何かあってもいけないからね」

 さすが王子である。私は君の自覚ある行動に感動した。

 こころの中でほっと胸を撫で下ろす私に、王子は神秘的な瞳を和らげて「安心した?」と笑った。緊張がばれていたらしい。

 えへへとごまかすように笑うと、彼は道のわきや私の家の影等を十数か所指さして、いま教えたところに護衛がいるから心配しないでね、と微笑む。

 対する私は、そんなにいるのかと笑えなくなった。王子の厳重警備感がすごい。

「それでケルシーに紹介したいのだけど、今呼ぶね」

 私の顔色が変わるのを気にすることなく王子は続ける。

 何事かと示された先を目で追うと、そこには二つの魔法陣が夕闇の中に浮き出ていた。

 そして王子がすっと小さく手を動かすと青白く光り出す線。これは恐らく転移魔法だ。

「すごい……これって高位魔法ですよね? もう片手で使えるんですか?」

「うん、練習したから。これから使うことも増えるだろうし。まあ、まだ未熟なんだけどね」

 陣の上に淡い光が集まりだす。

 確かに、片手で使えると言っても転移の速度は遅く、まだ完全には使いこなせていない印象だ。それでもこの歳で使えるのだからかなりの優等生だ。

 誰が登場するのだろう。

 陣の上で形作られた光を凝視する。

 紹介したい人っていうことは私の知らない人のはずだ。

 背後でヘーゼルくんの息をのむ気配がする。

 今度は青白い光が徐々におさまっていく。

 そして同時に姿を現す二人の人。

 高齢の男性と、私たちと同じくらいの年齢の少年。

 朽葉色の短髪に涼しげな目もと。暗くて分かりにくいけれど、瞳の色は黄色に近いアンバーだろうか。

 こちらを見定めるような視線を寄こす彼の着ている服が上質なものだと一目でわかったのは、私が元は上流階級の家庭に属していたからだと思う。

「紹介するね、ケルシー。こちらの方は隣の国、イラノツの王子で僕の友だちのティアロだよ」

 イラノツのおうじ。

 王子が男の子を示してさらりととんでもないことを言う。

「隣の方はティアロの執事のセバス」

 ああ、覚えやすいですね。

 とりあえずそっと淑女らしいお辞儀をしておく。

 何が何だか分からないのは、この急展開に私が混乱しているからだろう。

 頭が情報を処理することで忙しく、それに合わせるように瞬きをくりかえす。手が変なポーズで固まっているのはご愛嬌だ。

 隣国の王子をこんなぼろ家に連れてくる必要がどこにあったのか。

 オオカミの瞳がこちらをじっと見据える。

 品評会が始まっている。

 汗がとまらないのにロイ王子はにこにことしたままだ。

 何を考えているのか。

 背後でヘーゼルくんが私の服の裾をつかんだのが分かった。

 ロイヤルブルーの神秘的な瞳が、私を映して柔らかく細められる。

「それでティアロ、この女の子が君の会いたがっていた――」

 形の整った魅力的な唇が言葉を紡ぐ。

 私が予想していなかった言葉を。

 さぞ当たり前のように。

「僕の許嫁いいなずけのケルシーだよ」

 耳を疑う。

 えっという顔をした私に、王子は「ティアロが来た瞬間に護衛が十人増えたから安心して」と笑った。

 違う。私が気にしているのはもはや王子の安全面ではない。

 どういうこと。

 知らない。

 私は何も知らない。

 何もかもが分からない。

 背後で勢いよく氷柱つららが出来上がるのを感じながら、私は再び「え?」と呟いた。

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