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 唐突に意識がはっきりしたのは、寝がえりを打った時だった。

 それまではただ、お腹がすいたとか、眠いなとか、おしっこがしたいとか、そんな欲求の中でまどろんでいたのだけれど、ふかふかの布団の中で徐々に“私”というものを考えるようになってきていた今日このごろ。寝がえりを打ったその瞬間。まるで今まで寝ぼけていて、これはもしや寝坊なのでは? いや、確実に会社に遅刻だ! と、飛び起きるレベルで意識が鮮明になった。

 心臓がバクバクしている。そして目の前の光景に混乱している。

 家だと思っていたけど、どこだろうかココは。

 高い天井に、だだっ広く柔らかいベッド。

 え?

 まるで魔法にかかったかのように視界に入る手は小さい。

 焦る。歯がない。前歯しかない。髪の毛も薄い。焦る。腕が短すぎてつむじを満足に押せない。ところで腕がハムみたいにプニプニ。

 心臓が不穏な音を立てて暴れる。

 どうなってるんだろう。

 私は知らない間に宇宙人に改造されたのだろうか。

 布団から出ようと動かした身体が異様に柔らかくて重い。足に力が入らなくて、腕で前へ這うのが精いっぱいだ。

 するとガチャリと扉が開く音がした。

 強張る身体。

 誰? 宇宙人? 人体実験好きの科学者?

 咄嗟に寝たふりをすれば、何者かに優しく、高く高く抱きあげられた。ゆらゆらと揺れは大きいけど、やけに丁寧に扱ってくれる。

 え、何? 誰? どこ行くの?

 その手つきがとても丁寧だったから、多少アクションを起こしても大丈夫なのではと思って、そっと薄目をあけてみる。

 するとどうだろう。

 顔の前には、巨人のあご。若い女型巨人のあご。あと鼻の穴も見える。

 食われると思った。その大きな口を見て丸のみされると思った。

 そう思ったからか、身体が変に反応を示してしまったらしい。

 女型巨人はその大きなグレーの瞳をこちらへギョロリと向けた後、おやまあ起きたのかいと言わんばかりにこちらへ微笑んだ。もう少しサイズが小さければ可憐だったかもしれないけれど、私にはその吊りあがった口もとが恐ろしくて仕方がない。

 泣きそうだった。ちびりそうでもあった。

 ぐっと顔を歪めた私を見て、巨人は慌てたように私を揺らす。そして何を思ったのか、高い声で何かをしきりに呟きながら、自らの胸元を肌蹴させたのだった。

 驚きである。

 ちょっとまって! 胸! 見えてるよ! 丸見え! おかしいおかしいおかしい!

 迫ってくる胸に今度はギョッとする。

 待って! 待って待って待って! ちょ、近い!

 思わず顔を背けて、叫びながら胸を押し返す。胸の感触を楽しんでいる余裕はない。この巨人が何を考えているか分からなさすぎて怖すぎた。

 すると、拒絶した私に巨人が不思議そうな表情をしながら首をかしげるのが見えた。そして今度は私の服に手をかけたかと思うと、何の容赦もなしにチラリと私のパンツの内側を覗き込んだ。

 それは私にとって衝撃的な体験だった。だったけれど、それ以上に私は衝撃を受けていた。

 顔を背けた先にあった鏡に向かって、そっと手を振ってみる。感覚的にお尻を覗きこまれたようだけれど気にしている場合ではない。問題は、鏡に映り込んだ赤ちゃんが、目をカッと見開いて手を振っていることにある。

 焦る。

 え、どういうこと?

 思わず巨人を見上げて鏡を指させば、私の視線に気付いた巨人はパンツの中を覗くのをやめて鏡を見つめた後、私ににこりと笑いかけて鏡の所まで近づいて行った。そうすると、彼女に抱かれるままになっている私も、必然的に鏡へと近づいていく。

 もう一度試しに口をパクパクさせてみる。するとどうだろう。鏡の中の赤ちゃんも同じように口をパクパクさせたではないか。

 本当に焦る。

 なに、私、赤ちゃんと身体が入れ替わっちゃったの? じゃあ私の本体はどこ?

 ところでこれは夢? 人体実験? 宇宙人?

 鏡の中の、深い緑の瞳をした赤ちゃんへと触れる。

 私の差し出した掌が、鏡の中の赤ちゃんと重なる。

 やっぱりこれは私?

 意味が分からなさ過ぎて泣きそうになっていると、目の前の赤ちゃんも瞳に涙をためてくしゃりと顔を歪めた。

 どう見ても私じゃん。

 そうなんでしょ、なんて途方に暮れた気持ちで巨人へと振り返る。そうすれば、巨人だと思っていたけど案外普通のサイズなのではないかと思われる若い女の人が、私に何かを話しかけながら、また胸を肌蹴させた。

 ちょっ、あっ、ちょっと破廉恥! やめて! 待って!

 この必死の抵抗の末、その日が私ことケルシーの離乳食デビューになったのだと聞いたのは、八歳のころである。

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