下ネタロケット
朝起きたら女の子になっていた。
ふむ、と思案する。
俺は普通の男子高生であったが、普通の男子高生らしく色々な性癖や嗜好というものを嗜んでいる。
これは俗に言う、女体化・TS・あさおんというものだろう。
何故俺が女の子になってしまったか、その原因は謎であるがこういう場合は物語が進むにつれ明らかになっていくのだろう。
今ここで重要なのは結果である。
俺が女の子になってしまったという結果が重要なのだ。
現状の確認が重要なのだ。
寝間着代わりのTシャツを押し上げるのは程よいボリュームのおっぱいである。
男の頃にはなかったものだ。
その存在感は程よいボリュームとはいえ確かなもので、双肩にかかる重みは
『これからお前は女の子として生きていくのだ』
という責任感を背負ったかのようだ。
押し潰されそうになるが俺はこの重さに負けないよう、胸を張って生きて行こうと決意する。
さて、問題は下半身である。
ジャージを脱ぎ、トランクスのみとなった下半身の股間にはいつもの膨らみがなく、ぺたんこである。
ぶかぶかのトランクスの隙間からもその姿は確認できない。
そう、ちんこがいなくなったのだ。
俺は今、完全無欠の女の子だ。
しかし俺は思う。
俺が女の子になってしまった事で、俺のちんこは一体どこに行ってしまったのだろう、と。
俺は疑問に感じた事は放置しておけない性分なのだ。
早速ちんこを探すべく準備に取り掛かる。
まずタンスの奥底に仕舞ってある女性用下着を取り出す。
決して誤解して欲しくないのだが、これは自分で買った物であり盗んだ物などではない。
こういう事もあろうかと買っておいたのだ。
こういう事があろうがなかろうが何度か着用した事があるのだが些末な事である。
まずはパンツを穿き、ブラジャーを手早く着ける。これくらい手慣れたものだ。
ブラに見事に収まった胸を見て俺は満足げに頷く。
あさおんとは、
『朝起きたら女の子になっていた』
という事じゃない。
『朝起きたら理想の女の子になっていた』
という事なのだ。
それはこのあらかじめ買っておいたブラジャーが証明してみせた。
見事な収まり具合だ、惚れ惚れする。さすがセミオーダーで注文しただけの事はある。
俺はうきうきで女性用下着の上の棚を開ける。
こんな事もあろうかと買っておいた女性用の服だ。
こんな事があろうがなかろうが着用した事は何度もあるのだが、女性用下着を着用した事に比べれば些末な事だ。
むしろ健全な男子ならば一度はやっている事だろう。
まずはキャミソールを着てからブラウスに袖を通し、次にミニ丈のフレアスカートを穿く。
最後にニーソックスを履いて完成である。
ふむ、と姿見の前で服装をチェックする。
やばい。最高に可愛い。
いつまでも眺めていたい気持ちになるが俺はちんこを探しに行かねばならないのだ。
俺は最後にくるりと一回転し、翻ったスカートの裾からちらりと見えたパンツに満足して部屋を出た。
「げ」
部屋を出た途端、同じく部屋から出てきた妹に物凄く不満げな声を出された。
こんな可愛い女の子(俺)を前に『げ』とは一体どういう事なのか。
「げ、とはなんだ。げ、とは」
「お兄ちゃんの趣味については諦めてるけど部屋の外には出てこないで、って言ってるでしょ」
「別に誰に迷惑もかけていないんだし良いだろ」
「この前、女装したまま私の友達を出迎えに行ったよね」
そんな事もあったなあ、と思い出す。
ただあの場は素敵なお姉ちゃんだね、で話は終わったはずだ。
若干顔が引き攣っていたので社交辞令だったのだろうが。
あの友達、俺達が二人兄妹で姉なんていない事を知っているしな。
そうか、中学生に社交辞令なんて言わせちゃ駄目だよな。
「分かった。次から気を付ける」
「分かってくれれば良いよ」
俺の素直な返事に満足げに頷く妹。
「それじゃちょっと出かけてくるから」
「全っ然、分かってないでしょ!?」
うるさい奴だなあ。
そもそも俺は今女装じゃなく女の子になっているのだから、むしろこの服装は正常なのだが。
と、そこでふと気付く。
そうか、こいつ俺が女の子になったって事を知らないのか。
「突然だが俺は女になったんだ、そしていなくなったちんこを探しに行かねばならない。分かるな?」
「お兄ちゃんの頭からネジが何本も抜けてるのは分かってる」
「いや、違う。抜けたのはちんこ一本だ」
「はいはい……」
こいつ全然信じていないな。当事者である俺は即座に現状を把握したというのに。
ああ、クソ。毎回女装の時に完璧に化粧して女声までマスターしていた事が裏目に出たか。
今の俺は化粧をせずとも超可愛い女の子であり、声を作らなくても超声の可愛い女の子なのだ。
理想の女の子を求めて化粧や発声練習を頑張ったツケがこんなところで回ってくるとはな、人生とはままならないものだ。
いや、そうか、こいつはちんこがないのを見ていないのか。
俺はスカートをたくし上げる。
「ほれ、見ろ」
「……兄が女性用下着を着用してるのなんて見たくなかった」
「違う、姉だ。現実を見ろ」
「お兄ちゃんが見せてくる現実はドきつすぎるよ……」
そんな事を言いながらも一度は逸らした視線をもう一度俺の股間に向ける辺り、俺の妹は素直だと思う。
お姉ちゃんは心配になってくるぞ。
「な?」
「うん、分かったからスカートをおろして」
分かってもらえたようで良かった。
「じゃあ俺はちんこを探しに行くから」
次は呼び止められる事もなく、俺は階段を降りる事ができた。
途中、「膨らみがなかった……」という呟きが聞こえた気がしたが、気にしない事にした。
そりゃちんこがなくなっていたらショックだもんな。俺だってショックだよ。
でも胸には膨らみができたんだ。何かを得るためには何かを失わなきゃいけない、って事なのさ。
さて、出掛ける前に水でも飲むかとリビングに入ったのだが俺は早速ちんこを見つけた。
早い、早すぎる。こんなに簡単に見つけてしまって良いのだろうか。
しかし、そのちんこは残酷な事に手の届かない場所にあったのだ。
それは、いつもの癖で点けたテレビの中。
そこには、ロケット打ち上げ台にそそり立つちんこが映し出されていたのだ。
俺は恐怖で身を震わせる。
馬鹿な。打ち上げようというのか。ちんこを。人のちんこを。
いや、この際ちんこはもうどうでもいい。
この適当な展開。絶対に爆発オチだ。
大体何なんだよ、なんでちんこがロケットサイズになってるんだよ。おかしいだろ。
何を考えて人のちんこを打ち上げようとしてるんだ。
まあもう良い。全て過ぎた事だ。
それよりもこれから起こる爆発オチの事を考えなければならない。
ロケットサイズのちんこが爆発した場合の規模なんて全く分からない。
分からない、が。一つだけ分かっている事がある。
俺は、一年オナ禁をしていたのだ。
絶対にやばい。
何がやばいのか分からないが、絶対にやばい。
というか、もしかしてちんこが俺から抜けたのはそれが原因ではないだろうか。
(その通りだ)
「うひゃあっ!?」
いきなり頭の中に声が響いて悲鳴をあげてしまう。
うひゃあって。やばい、俺悲鳴まで可愛い。
っていうかいきなりテレパシーなんて使ってこないで欲しい。
(一年も使われていない我なぞ、不要であろう)
俺の不満もどこ吹く風。自分の不満をぶつけてくるちんこ。
いったい誰に似たのだろうか。
(なので我は独立し、宇宙へ旅立つと決意したのだ)
ちんこは独立するとロケットサイズにまで大きくなるものなのだろうか。
それともこれが一年溜め続けた末の業とでも言うのか。
童貞を拗らせすぎた人間は突飛な行動を取るのは分かってはいたが、ちんこもオナ禁をしすぎると拗らせてしまうんだな。
俺は、気付いてやれなかったのか。ちんこの苦しみに。
「良いよ、行ってこい」
そんなちんこに俺は、そう言ってやるしかなかった。
今更戻ってこられても困るしな、俺今超可愛いし。
そしてカウントダウンが始まる。ちんこの旅立ちの時だ。
爆発オチだなんて言っていた俺が恥ずかしい。
これは、俺とちんこの別離の物語なのだ。
だったら、俺は笑顔で見送り、ちんこは宇宙へ旅立つのだ。それが別れの物語ってもんだろう?
カウントダウンがゼロを告げる。
ちんこは爆発した。
いや、暴発とでも言うべきだろうか。
宇宙への期待が、一年溜め込んだものを暴発へと導いたのだ。
爆風で白いナニかが上空へと巻き上げられる。
真っ青な、冬の綺麗な空に吸い込まれるように舞い上がっていくソレはとても綺麗で、そしてとても切なかった。
その夜、世界中で雪が降ったという。
今日はクリスマス。世界中がホワイトクリスマスだ。
こんなにロマンチックな夜なんだ。
すべての恋人達に、幸あれ。