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棋正宮奇譚〜饅頭の恨み〜  作者: ナナミ ヨシカ
1/4

おやつ

十年以上前に地元の同人誌即売会でオリジナル小説としてコピー本にして出したものです。おやつの饅頭をめぐって軍の上司と部下がもめます。

登場人物


彗月すいげつ主人公棋正宮飛車殿五色軍藍軍金将


深海しんかい藍軍銀将


世界説明


零国…零王が治める国

棋正宮…棋王が司る政治全般の中心

飛車殿…飛車が司る国防の要

角行府…角行が司る、司法行政の要

棋正宮典範…法律

桂馬局…医局

花香邸…棋王以外の男子禁制の場所、香車(女官)の管理をする

部署の筆頭は役職名で呼ばれることが多い。


零王 →棋王ーー飛車

↘︎玉王ーー角行・花香邸

↘︎桂馬局


五色軍

紅 白 藍 緑 黒の軍

金将ー銀将

文官も同じ。金銀の順。


※※※



夕日があたりを赤く染め始めた頃。午後の鍛錬を終えた飛車殿五色軍のらんを預かる金将の位にある彗月は怒っていた。


短い赤茶毛を逆立て、大きな薄黄緑色の瞳を釣り上げながら、目の前に立つ人物に対して午後の鍛錬が始まってから延々と声を張り上げている。


だが肝心の怒られている彼の部下で銀将の深海は、しょげているかと思えば上司の言うことなど右から左で、どこからどう見ても聞いているようには思えない。


彼は愛馬から鞍を外して脇に抱えると、自分を見上げる小柄な上司に向き直った。


「そんな大声で言わなくてもわかってますよ」


「わかっていないから言っているんだろ!」


面倒臭そうに耳をいじって馬を引き、厩舎へ行こうとする深海を、行かせるものかとその腕を掴んで引き止めた。


両腕で、しかも幼い子供がお気に入りの人形を抱くようにしているので、ちょっとやそっとではなかなか外れない。


拘束された腕を力ずくで外すのを諦めたのか、深海は肩の力を抜いた。


「!」


しかし深海は諦めたのではなかった。油断させて、一気に引き抜こうとしたのだが、その行動はお見通しだとばかりに彗月はその腕を掴む力を緩めようとはしなかった。


「離せよ」

「やだね」


深海は眉間にしわをよせ、不快そうに見下ろしてくる。


長身の部下のその黒い瞳が与える迫力に臆することなく彗月はギッとにらみつけた。


しかし大柄の深海に対して頭二つ分の差がある小柄な彗月は、空いた方の彼の手で楽々と持ち上げられてしまった。


まるでいたずらをして捕まった猫のように。


「離せ!」

「いいぜ」


彗月がジタバタと暴れると、どうせ離すわけがないという予想に反し、深海はその手をあっさり離してしまった。


「だ、大丈夫ですか?彗月金将」


それまで傍観していた歩兵たちがやってきて、尻餅をついている彼を助け起こした。


「信じられない…」


そんな彼を鼻で笑うと、深海は自分と彗月の二頭の馬を引いて厩舎へと去っていった。


「一体何が原因でもめていたんですか?、」


藍色の袴についた砂と汚れを叩き落し、彗月は心から悔しそうに、地を這うような声で呟いた。


「僕のおやつを、あいつが食べたんだ…」


その幼稚な理由に、歩兵たちは皆呆れ、ため息をついた。


齢二十を迎える青年が言う台詞ではないだろう。仮にも一つの軍を預かる人間が、おやつの饅頭ごときで。


だが彗月の次の言葉を聞き、皆の表情が一変する。


「まあゆ堂の、早朝限定饅頭を」


まあゆ堂というのは、零国内で一番美味しいと評判の菓子屋だ。


なかでも饅頭は格別で、棋正宮内でも贔屓にしているものは少なくない。


彗月は鍛錬の後に食べようと思って戸棚にしまっていたその貴重な饅頭を深海に食べられてしまったのだ。


「それはひどいですね!」

「怒って当然です!」

「だろ?」


同意を受け、彗月は自分の怒りの正当性を主張した。


「こらこらお前たち。あまりこ甘やかしてくれるなよ」


厩舎から戻り、呆れたようにいう深海の声は、本当にうんざりというものだ。


「深海銀将!いくらなんでも、まあゆ堂の饅頭を…早朝限定饅頭を奪うなんて…!」


「人でなしです!」


「彗月金将に謝ってください!」


その視線と部下たちの抗議を受けた本人は、またその話か、と舌打ちして頭をかいた。


「あんなのただの饅頭と同じだろ?」


「ただの饅頭だと?!深海、お前は今、まあゆ堂愛好家を敵に回したぞ…!」


「どうでもいいし、そんなん」


「僕は朝早くから苦労して、苦労して、やっと手に入れた饅頭を、あの天下のまあゆ堂の饅頭をただの饅頭だと?!」


鍛錬をサボって買いに行っていたことを棚に上げ、彗月は一気に捲したてる。


「そんなんだったら名前でも書いておけよ」


「食いもんに墨でなまえがかけるか!」

「確かに」


返答がツボに入ったのか、深海は吹き出した。


「じゃあ仮に、饅頭に僕の名前が書いてあったら、お前は本当に食べないのか?」

「残さず食べるね」


間髪を入れずにしれっと言い放つと、清々しい笑顔を浮かべた。


その答えに一瞬言葉を失った彗月は大声で叫んだ。


「ひとでなし!」


「はいはい。さ、帰るぞ。お前たちもいつも通り後始末が終わったら解散しろ」


「そこは掴むなーーーっ!」


深海はそっぽを向いた彗月の襟をつかみ、軽々と持ち上げると、彼に代わって歩兵たちに解散を告げた。


四部構成にしてあるので後三部お付き合いいただければと思います。

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