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袋晄司、自己救済のための回想:金曜日

 金曜日。バイト先のラーメン屋の店主が熱を出したためバイトが休みになった俺は、校庭を眺めて放課後を潰していた。友人のダンを目で追うも五秒で飽きて、渡り廊下の片隅で覇気のないあくびをする。

「疑ったりしないことが信頼、ねぇ」

 俺はざらめのお守り袋を太陽に透かした。中のコインを確認しなかった辺り、彼女の哲学は偽りではないのだろう。俺はどうやら、あの唯我独尊サディストに結構信頼されているらしい。

「黄昏れているな晄司(こうじ)君。青春だね」

「うお」

 突如背後から声をかけられ、ぎょっとする。振り返ると、見覚えのある白スーツが立っていた。

「若い内は存分に黄昏れるが良い。社会に出るとやるべきことに追われて黄昏時に気づけもしなくなってしまうからね」

 白丈宮優雅(しらたけみやゆうが)である。白丈宮家は義務教育を始めると同時に会社を一つ任されるという伝説を聞いたことがあるが、どうやら伝説ではなかったらしい。

「白丈宮さん。どうしてここに」

 正確には、どうして他校に、だ。この人は自分の学校が嫌いなのだろうか。あるいは記憶を失っているのかもしれない。

「優雅と呼んでくれて良いよ。晄司君、僕は僕の好きな場所へ行けるんだ」

「魔法使いみたいなことを言いますね、白丈宮さんは」

 悪の親玉の台詞ともとれる。

「君には週が終わるまでに再び会うつもりでいたんだよ。そして恐らく、まだ会う機会がある」

 予言めいた言葉がいよいよ魔法使いみたいだ。

「と、言いますか、つまり俺に用があって来たということですか?」

「そうなんだ!今日は君に会いに来た!君に愛を伝えにきたのだよ」

 日本語って難しいですよね、と俺は深く頷く。

「どうだろう、晄司君。ざらめに与するのはやめにして、今からでも僕のところに来ないか」

「・・・」

「無論、部下としてではなく、友人として招待するよ。僕の下へ来て、色々と手伝いをしてほしい」

 白丈宮が俺を引き抜いているのだと理解するのに数秒を要した。何故なら俺はそもそも黒丈門とは何の関係もない一般人だからだ。それを知らずか歯牙にもかけずか、真意は図りかねるが、こちらからしてみれば迷惑極まりない願い事である。俺は流れ星の気持ちがよく分かった。いつだって人間はこっちの願いを無視して好き勝手な願いをするのだ。

 そうはいっても冗談で流せそうにない空気である。白丈宮は本気で言っているし、『白丈宮が本気で言う』ことの重みは部外者の俺でも多少は想像できる。大金持ちの御曹司が、極道の若頭とやり合うための駆け引きとして、俺の立場をやり取りしようとしている。このことは真剣に受け止めないといけない。命に関わる。

「白丈宮さんは、いったい俺の何処をそんなに買ってくれてるんですか」

 俺は素直な疑問をぶつけることにした。何よりもまず、これは訊かねばなるまい。

「ん?ううん、そうだな・・・」

 突然だった。なんの前触れも前動作もなしに、白丈宮は俺の腹へと右ストレートをきめた。直立姿勢にもかかわらず恐ろしく力のこもったパンチに、俺は前傾し呻く。指輪がめり込むのを感じる。苦しい。折れそうになる足を奮い立たせつつ、後ろに飛び退いたところで顔を上げる。男は笑っていた。

「ふふ、そういうところさ」

 白丈宮が言う。どうやら先程の話の続きらしい。

「答えになってません」

「だから、僕のパンチを不意打ちで腹に食らっても膝をつかない、そういうミステリアスなところに惹かれたんだ」

「・・・・・・」

「ざらめ君が君に興味を持つのもわかる。君は興味深い男だよ」

 どうだろう。ざらめは俺に興味を持っているのだろうか。駒としか見られていないように思うが。

「ふふふ・・・なあ晄司君。思うのだけど、これと一つ真実を定めるには、まだ君は若すぎる」

「・・・・・・」

「だからさ、今はただ流れに身を任せてみても良いんじゃないかな。ルーレットの上で踊るボールのように、ただ盤上に体を預けて、物事が一つに定まるその時を待てば良い」

 正直、彼の言うことは魅力的だったし、俺の性分にも合っていた。時代に流されて平凡に生きることこそが、俺の人生の指標だからだ。ならばここは下手に逆らう必要もないんじゃないか。ざらめに義理立てすることが、そもそもおかしな話なのだ。俺はざらめには恨みこそあれど、ポジティブな思い出など何一つないのだから。

「たしか、ざらめ君からプレゼントされたものがあるだろう」

 俺の沈黙を迷いと判断したのか、再び白丈宮が語り出す。

「そう、そのお守りだ。その中のコインを僕も持っているのを覚えているかな」

 白スーツの指の間にはいつの間にかコインがあった。いつぞや見せてくれた、ざらめ鉄貨と同一のドイツ鉄貨である。

「実は君のコインもね」と白丈宮が語る。

「元は我が白丈宮のものだったんだ。昔ざらめ君の家に友好の印として僕の家が贈ったものなんだよ」

「それまた、どうして」

「まぁ一言で言うと、嫌がらせだな」

 嫌がらせ?と俺は首を傾げた。

「贈ったコインはね、実は本物のドイツ硬貨じゃなかったんだ。こちらで作った、偽物の硬貨。確かチタン製だったかな。加工が難しい金属を選んで黒丈門に送り、見破られないことで白丈宮の技術力を証明し、自尊心を満たしたわけだね。しかもコインは贈り物だ。たとえ敵対している相手でも体裁上、何処かに飾らないとならない。黒丈門は偽物のコインを見破れず、それを白丈宮に見える場所に飾ることになる。我々はより溜飲を下げることが出来る」

 なんて性格の悪いことをするんだろう。考え方がセコすぎる。

「君の言いたいことは分かるよ、晄司君。僕も同じ気持ちだ。先人の醜さには気が重くなる」

「ならざらめに教えてあげれば良いのでは?」

「一族の跡取りとして、審美眼や洞察眼は大切だ。そこには厳しくあっても良いと僕は思っているし、ざらめ君にも努めてもらいたい」

 そうですか、と俺は肩を竦めた。この男、軽薄そうに見えるが中身は真面目らしい。

「で、どうしてその話を俺に?」

「家臣にも真贋を選ぶ権利がある、ということだよ」

 白丈宮が笑う。

「僕が付き合うに足る人物かどうかは君が判断すれば良い。ただ、その機会をもらいたいんだ」

「・・・具体的にどうすれば良いんですか」と俺が言った。

「うむ、そうだな、では僕のコインと君のコインを交換しよう」

「偽物と本物をとり替えると?」

「そうだ。肝心なのは『君がざらめ君からの贈り物を手放し』『僕が君に贈り物をする』というところだ。そうすることで『主人から従者への持ち物の譲渡』という記号的契約を僕と切り替える」

「よくわからないんですが」

「分からなくても良いさ。昔からのしきたりだと思えば良いんだ。とにかく、それで君はざらめ君への義理がなくなり、僕の友人になる」

「わかりました」

 すぐにお守りからコインを取り出した俺を薄情だと思うだろうか。しかしよく考えてみてほしい。例えば自分が犯罪を好意的に行う人間たちに取り囲まれているとして、そいつらから脱するために手を差し伸べてくれる金持ちがいたら、果たしてどうする。

 こうするのだ。俺は白丈宮から新たに授かったコインを、お守りの中に入れた。そのコインはざらめから貰った鉄貨と同じものだったが、彼女から押し付けられたそれよりも軽く感じた。軽いに越したことはない。

「なるほど」

 俺が渡したコインを掌に置いた白丈宮が呟く。

「やはり君は面白いよ。物事がよく見えている」



 残念ながらそれは買いかぶりだった。今日――つまり日曜日に、まったく状況を理解出来ぬままに命を賭けられているのがその証拠だ。

 しかし、こうして長らく回想を重ねたことで僅かに見えてきたこともある。それはずばり、今回のざらめの動機だ。

 どうして俺が死ぬことになったのか。

 その答えは、恐らく「信頼回復」にある。このことを語る上で、翌日の土曜日にざらめが重要な発言をしている。なので、その時に改めて話すことにしようじゃないか。実に幸いなことに、回想が終わるまでは俺の命は保証されているのだから。

 それに、まだ分からない疑問も残っている。それは「三枚目の鉄貨」の存在だ。もうお気づきのことかとは思うが、水曜日、俺はざらめに件の鉄貨を捜索させられている。俺が持ち、白丈宮が持っているこのコインを、ざらめもまた所持していたことになる。いったいどういうことだろう。黒丈門に新たな鉄貨がもたらされたため、白丈宮と因縁のある方の古いコインを俺に押し付けたということだろうか。となると偽物は今、誰が持っていることになるんだ?

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