袋晄司、自己救済のための回想:火曜日
火曜日は打って変わって、何もない一日だった。「ほのぼの」でも「惰性」でも、各々が比較的好きな言葉を当てはめる余裕のある、民主的な一日だ。しかし命がかかっている以上、回想をまるごとすっ飛ばすのも危うい。だからせっかくなので友人の話でもしようと思う。
「今朝のニュースでやってたんだけどな」
階段に寄りかかり、中庭の雑草を眺める俺の隣で、中学からの腐れ縁が語り出した。彼の名前は弾吾朗という。苗字が弾で、名前が吾朗だ。本人は外国人のように「ダン」と呼ばれたがっているが、そう呼んでやっているのは俺ぐらいで、大抵は「団子」とか、一繋ぎに「ダンゴロー」などと呼ばれている。
「沖縄だか青森だかの発明少女が、アルミ缶とスチール缶を分別するゴミ箱を自作したんだと」
俺は適当に「そうかよ」と相槌した。コイツにとって沖縄と青森は一括りに辺境を意味している。ちなみに北海道は大きすぎて別の国らしい。細かいことは気にしない男なのだ。彼が唯一気にするのは体型であり、細身である自己の肉体を恥じてよくプロテインを飲んでいるが、一向に効果は現れず、未だに帰宅部の俺より細いぐらいである。
「でもな、俺はそんなことに意味があるのか甚だ疑問なんだよ」とダンが続けた。「アルミだろうがスチールだろうが、ゴミはゴミなわけだろ。分別しないことが犯罪でない以上、完全な分別を達成することは出来ない」
俺は「完全な分別」という言葉の語感が気に入って、頭の中で何度か繰り返した。完全な分別が達成された世界はユートピアだろうか、ディストピアだろうか。
「お前の言うことは概ね正しいよ、ダン。実際リサイクル工場では、分別済とされてるリサイクル品も改めて人が分別し直すんだ。百パーセント分別されてるわけがないからな」
「だろ?じゃあ何の意味もないじゃないか」
「ファラデーという昔の偉いオッサンがな、良い答えを残してるからお前に教えてやる」と俺は脳内の辞書を捲る。
「『生まれたばかりの赤ん坊は何の役に立つのでしょうか』」
「俺を笑顔にしてくれるぜ!」
そういうことじゃない、と俺は頭を掻いた。
「おい、あれ見ろ」
ダンが中庭の向こうの渡り廊下を指差した。一年生の女子が一人居るだけだった。おさげの黒髪に丸メガネというなんとも古風な出で立ちである。たしか、大城川原クマという名前の女の子だ。委員会か何かで聞いた名前が特徴的だったので覚えている。
「あの子さ」とダンが続ける。「去年三年生じゃなかったっけ」
「は?」
「いや、自分でもおかしなこと言ってるのは分かるんだけどさ。顔も名前も、今年卒業してった先輩と丸っきり同じな気がするんだよなあ」
言われてみれば、と俺も心当たりを見つけた。俺が聞いたあの名前は去年聞いたものだった気もする。委員会で一年の名前が挙がる機会なんて、まだ少ないはずだ。
「訊いてみれば良いんじゃないか」と俺が言った。
「そうだな」とダンが言った。歩き始める彼の後を追う。コイツの行動力は尊敬に値する。
「ねえ、君、大城川原さんだよね」
「うお!やばたん!とうとうウチも逆ナン系!」
何を言っているのかよくわからない。どうやら混乱しているようである。当然の反応だな。俺だって知らない先輩に声をかけられたら恐ろしく思う。
「君さ、去年三年生じゃなかったっけ」
「な!」
大城川原はさきほどとはまた違う戸惑いを示した。かなりの驚愕が表情から伺える。
「何故だ、記憶操作が効いていないだと・・・」
何言ってるんだ、と俺は思った。ダンに至っては口に出した。
「あ!いや・・・たぶんそれ、ウチの親戚っすねー。一族郎党だいたいこんな顔と名前してっから」
要領を得ない返事だったが、しかし実際のところ真相はそんなものだろう。そもそも一度卒業した人間が即座に再入学してくる意味も道理も論理的な答えが見つからない。宇宙人が調査のためにこの学校に留まり続けているとか、そういう空想科学でしか落としどころが見えてこない。ダンはまだ唸っていたが、俺は早々に思索を切り上げた。
「ところでウチからも質問があるんすけど」と大城川原が右手を高く挙げた。
「さっき噂話してなかったすか」
「ギク」とダンが昭和の漫画のような音を発する。
「何か耳寄りな話があったならウチにも教えてくれないっすかね」
「なんだなんだ」とダンが笑う。「現地の情報を地元民から収集するスパイ宇宙人かよ」
「い、いやいや、ただの噂好きのオナゴっすよウチは。噂ガールっす」
森ガールの親戚だろうか。
「まぁ後輩女子との井戸端会議は吝かではないけれど、情報を聞きたいというならまずは自ら話すものじゃないかな」
この女の子がどういった類の話題を求めているのか知りたかったので、まずは彼女に語らせようとしたわけである。たしかにそうっすね、と大城川原後輩は物分かりの良い返事を返した。
「そうすなー、最近でいうと妖怪出没の噂とかホットでナウかな?」
「妖怪」
「四足歩行で長い鉤爪に鋭い歯、夜な夜な現れては人を襲う邪悪な物の怪っす」
以降、少女のポケモンにたとえての解説があったが、版権の都合で割愛する。俺はその噂は初耳だったが、ダンは知っていたようでお互いに知る目撃談を披露し合っていた。二人は気が合うのかもしれない。
「無差別なようで、妖怪が襲う相手には実は法則があるらしいんすよねえ。何やら質問を投げかけて襲うべき相手を区別してるんだとか」
「さっきの缶ゴミ分別少女みたいな妖怪だな」
「他には・・・黒丈門一家が少し荒れてるとか」
一家という聞きなれないフレーズにダンが首をひねる。今度はダンではなく俺のホームの話題だった。興味を示して前のめりになる俺に、後輩女子は少し身を引いてしまう。「昨日の放課後ぐらいの時分にたまたま組の人間の会話が耳に飛び込んで来ただけ」で、詳細は知らないらしい。
「ウチが拾えたのは『戦争』『強運』『余所者』『内側の問題』、それに破壊、工作・・・だったかな。以上だけだったんすけど、まあ荒れてるのは確かっすよね、ワード的に」
俺は首肯した。たとえそれがパーティゲームだろうが絵画の題名だろうが、『戦争』や『破壊工作』が物騒な言葉であることに変わりはない。
意外に思われるかもしれないが、俺は黒丈門一家の内側で起こっていることは何も感知していない。表面上はざらめと付き合いのある俺だが、実際は赤の他人で、所詮は部外者なのである。組員と非組員の差は大きいのだ。そもそもこの回想だって未だにざらめと会話すらないじゃないか。小説ならヒロインであろう人物とのシーンが「睨まれた」だけなんだぜ。その程度の間柄ってことだよ。
しかし、いったいあの極道に何が起きているのだろうか。黒丈門という組織はかなり規模が大きく、IT産業から地下鉄清掃員までその活動内容も多岐に渡っている。今回、おさげの後輩からもたらされた情報が具体的にどのグループに属する話題なのか分からないと、正直何とも言えないけど・・・しかし逆に言えば、だ。もしその内部問題がざらめの周囲で起きていることなのだとしたら、今回の俺の死にも大きく関わってくる話題なのかもしれない。
「急に黙りこんで、何か問題発生っすか」と大城川原が言った。
「その可能性も否定出来ない」と俺が言った。
噂話も熱を帯びてきた頃、俺は校門に見知った四人の男を見つけて声をかけに向かった。全員揃って黒スーツだが、サラリーマンというわけではない。こんな昼下がりに高校の前に屯するサラリーマンなどいない。
「皆さん、ざらめさんのお迎えですか」
「あ、晄司君」
四人も俺に気がついてリアクションをとってくれる。彼らはざらめ直属の部下である。
その内の二人はよく話をする相手だった。ゴツい岩山みたいな男は番場といい、刑務所服役中にざらめに救われた男で、細身のお調子者は相庭といって、元刑事だったが失職し、これまたざらめに拾われた。二人の彼女への信頼と忠誠心は並々ならぬものがある。
二人共会話しやすいが、やくざ者には違いない。普段の俺なら、どんなに声をかけやすくともなるべく交流を避ける相手であるが、さっきの噂話で出た内部のゴタゴタが気になり、つい自分から近づいていってしまう。
「やあ、君は帰りかい・・・っと、やべ」
話しかけてきたのは相庭の方だった。軽薄そうにニコニコ笑いながら気さくに寄ってきて、いつもの調子で話し始めた口を、何故か慌てて手で抑えて閉じる。今思うと、ここで彼らと会話出来たのは回想において重要な鍵になったなと思っている。火曜日の俺は仕事の出来るすごい奴だった。いつかこの思いを形にして伝えてやりたい。
「俺、君とは会話しないことにしてたんだった」
「? どういうことですか」
「あーいや、俺口軽いから、いらんことペラペラ喋っちゃいそうで・・・あーこれもナシ!ほんとごめん!」
急にまくし立てられて謝られても、と俺は頬をかく。視線を番場に向けるが、彼は肩を竦めただけだった。だけだったが、顔は笑っていない。再び持ち場に戻るべく距離をとる相庭が、思いついたような顔で振り返った。
「なぁ晄司君、俺は君のこと尊敬してるんだぜ。組の外側の人間なのに若にここまで信頼される腹心やってるんだから、大したものだと思う」
「腹心って大袈裟な」
謙遜しないでいいよ、と手を振り、相庭は持ち場に戻っていった。
どうしてこの時、彼の言葉を強く否定して真意を追求しなかったのかと、今になって思う。




