エピローグ
「へえ。そんなことがあったんだ」
花岡先輩が興味深そうに頭を上下させた。おかげさまで気の抜ける顔を取り戻した俺は、彼女の隣で思う存分気の抜けた顔をしていた。ぼうっと桜を見上げる。だいぶ花びらも落ちてしまったが、どんな桜も俺は好きだ。
「ほんと、よく生きて帰ってこれたなと自分でも思いますよ」
結局、俺の考察は的中していた。黒丈門ざらめは日曜に俺がベリーサンドミックスを買ったことに腹を立てて衝動的に拉致したわけである。そんなことで人を殺そうとするな。さすがの俺も怒るぞ。
「君も君だよ、晄司君。最後に追い詰められたのは、君が有りもしない恋愛感情を引っ張り出してきたからだ。半分は自分で首を絞めていたじゃないか。愛はそんな簡単に持ち出して良いものじゃないということだよ」
それを貴方が言うか。
「じゃあ、俺はそろそろ行きますよ」
「ああ、そうだね。それが良いよ」
花岡澄美はそう言って手を振った。俺は頭を下げ、彼女に背を向ける。
俺とざらめはどうなったかって?特にどうもなっていないさ。俺はあの後あっさりフられたが、今も普通にクラスメイト同士だ。向こうは悪びれた様子もなく俺に声を掛けてくるよ。
ああ、残念ながら日曜の愛の告白は無効には出来なかった。ざらめは学内で使える体の良い駒を手に入れたつもりのようで、事あるごとにあの日の告白をダシに俺を働かせようとするし、俺も殺されたくはないので否定はせず従順に掃除当番を代わったり、嫌いな弁当の具を食ってやったりしている。クラスメイトの大半はそんな光景を疑問も抱かず受け入れて、俺は目出度くざらめちゃん大好き人間の称号を頂いていたが、一部の人間からはちゃんと理解してもらえたようで、正しい同情の視線を受けている。
もう二度とあんなことは御免だ。そうだ、そろそろざらめに釘を刺してもいい頃合いかも知れない。俺だってやられっぱなしというわけではない。友人は対等でなければならない。恋愛関係にあるというなら、亭主関白を現代に復活させてもいい。とにかくもう彼女の言うことはきかない。反抗の計画を早速これから立てていこうと思う。ああ、これから、今日の用事を済ませてからだ。
俺はこれから、予約ケーキを二つ取りに行かねばならない。
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