プロローグ
「死んでちょうだい」
今日は麗らかな春の午後の、しかもなんと日曜日だ。花粉症さえ患っていなければ誰もが笑顔になる最高の一日だ。新学期が始まって暫く経ち、空は徐々に高くなって、学生達も陽気に促されどんどん調子に乗っていく。赤ん坊も変質者も皆元気になっていく。それに関して俺は特に文句はない。春らしくて実に良いと思う。
「だって私を愛しているのだろう?そう言ったよな、たった今」
そんな中、俺も俺で実に春らしいことをしていた。同い年の女の子に愛の告白をしたのだ。不幸なことに互いの見た目は到底同い年とは言えないが、それでも事実は変わらない。彼女はどんなに幼く見えようと俺と同じだけの人生の修羅場を潜り抜けてきた立派な女子高生で、俺は彼女に見守られる中、あるいは見下ろされる中、確かに愛を打ち明けた。人生初の告白だからだろうか、緊張で汗が止まらない。
―先程修羅場云々申し上げたが、よく考えたら彼女の場数は俺より遙かに多いと思う。何故なら彼女は極道の一人娘なのだから。
「なら死んでちょうだいな。愛のために死ぬ。これ以上確かな愛はない」
一段高い上座で足を組みふんぞり返る彼女の名前は、黒丈門ざらめと言う。随分甘そうな名前だが、俺が愛を宣言した女性の名前だ。笑わないでもらいたい。そもそも人を見た目で判断するのは誤りだと俺は常々思っているのだ。たとえ彼女が俺を足下に跪かせ、屈強で恐ろしげな黒服の部下達に囲ませて、足蹴にさせ、コルト・ガバメントを突きつけさせた状態でにこやかに会話をしているとしても、俺は決して彼女を非難するつもりはない。彼女にだって人間である以上は心は持ち合わせているはずだ。俺は同じ人間なのでそのことをよく知っている。だから今だって、こんなにも安心して傅いていられるのだ。今俺はとても爽快な気分だ。まさに日曜の陽気に相応しい、午後の紅茶のような心持ちである。
男が刀を手渡してくる。俺はそれを震える手で受け取った。
そう、今日は麗らかな春の午後の、しかもなんと日曜日だ。
「さ、早く。腹を切れと言っているの」
そんな日に、この俺が、どうして死ななければならないというのか。そんな無茶苦茶な話はない。誤魔化さず明言しよう。俺は死にたくない。少なくともこんなところで死ぬつもりはない。だからこの残された僅かな時間で生き延びるための最後のアイデアを捻ろうと思う。彼女と過ごしたこの一週間を振り返り、原因を探るのだ。この手に握られた刀が腹を横に裂くまで大して時間はなさそうだが、出来るだけ丁寧に分かり易く回想していくことを心がけよう。