不幸の少女の瞳
少女を抱えたまま、ある程度路地裏を奥まで進む。
腕の中で震えている少女は、思っていたより軽く、少し力を入れたら簡単に壊れそうなほど細かった。いや、オーガの力で強化されているから、力を入れたら壊れそうというのは比喩ではないけれど。
少女を壁に寄りかからせ、その正面の壁に僕も座る。
未だに目を閉じたままで現状を把握していない少女に何て言えば良いのかわからずに、黙る。
目の前の少女を見る。
綺麗な長い金髪に、整った顔立ち。先程見た瞳の色も薄い金色だった気がする。
トーリナルさんが説明中にかわいいを連発していた気持ちがわかった気がする。
確かにかわいく、尚且つ気品も感じられ、美しいとも思わせられる。
ただ、それだけにこのような場所がミスマッチに感じられ、ローブを深く被っていなければ、襲われたり、奴隷制度などがあるかは知らないけれど、人売りなどに拐われ、高値で取引されたりするかもしれない。
そんなことを考えながら、ぼーっと見ていると少女も僕を見ていることに気づく。
「ごめんなさいっ!お金を盗ったから……」
頭を下げられる。
美少女に頭を下げられる回数が多い。いや二回目か。
「別にいいよ。多分僕も君を探していたから」
出きる限り優しく、そして笑顔を作って言う。
なのに、少女に逃げられる。
言った瞬間全力疾走された。嫌われるのは慣れているけど、地味に傷付く。
でもやっぱり僕の方が速く、追い付く。
腕を掴んで捕まえる。
「離してくださいっ!逃げますからっ!」
「その言葉で離す人はいないと思うなぁ」
じたばたしてどうにか逃げようとする少女の腕を、折らない程度に強く握る。
彼女の顔が痛みに歪む。
「ごめん、ちょっと落ち着いてもらえるかな?」
少し、低い声だった気がする。
トーリナルさんには恩があるけど、この少女と僕は関係ないのだ。それで、話も聞かずに逃げようとする少女の態度にイラついていたのだと思う。
「……痛いです。力が強いから……」
「ああごめん」
おとなしくなったので、力を緩める。でも離しはしない。
「質問するよ、リーラは君のペットなのかな?」
すると彼女は「リーラ?」と言って、首を傾げたけどすぐに何を指しているのかを理解し、頷く。
「でもリーラではないです。カールだから……」
リーラはカールらしい。リーラと呼ぶけど。
「まあ、名前はどうでもいいけど……じゃあ二つ目、トーリナルさんって知ってる?」
「知りません。聞いたことないから……」
即答だった。
まるであらかじめ答えを用意していたみたいだ。
僕はちょっと意味がわからなくなる。
トーリナルさんの言っていた少女はこの娘で間違いなさそうだけど、彼女はトーリナルさんを知らないらしい。
いや、前提が違うのかもしれない。
この少女はトーリナルさんが言っていた人とは別人で、リーラはここで捕まえてペットと言っているだけかもしれない。
少し苦しいけど、そう納得する。
トーリナルさんにもう少し詳しく聞こう。
少女の手を離す。
少女は驚いた顔をする。
「逃げていいのですか?手を離したから……」
「あーうん。別人っぽいし」
「カールを返してください。私のだから……」
「いや、リーラは君のじゃないでしょ。リーラの主人は別にいるからね。それよりも君が僕にカードを返さないと」
「カールはイルのっ!イルの友達だからっ!」
薄い金色の大きな瞳が1つ、涙目ながらも強気に僕を睨む。
そして彼女――イルはすぐに言い直す。
「……カールは私のです。私の大切な友達だから……」
「だから違うって、君がリーラを大切な友達と思っているのはわかったけど、他に飼い主がいるんだって。君みたいな女の子で、君みたいな長い金髪で、君みたいな12歳くらいで、君みたいにかわいくて……君、本当にトーリナルさん知らない?」
彼女は少し顔を赤らめて答える。
「しし、知りませんっ!聞いたことないからっ!」
「そう。まあ、そういう娘がリーラの飼い主だからさ、話し合って飼い主を決めればいいよ。僕もその話し合いには混ざりたくはあるけど……あ、君ここに住んでる訳だよね?知らない?君みたいな金髪のかわいい12歳の少女」
彼女は赤い顔を隠すようにブンブンと思い切り首を振る。
髪がそれに合わせて左右に揺れ、隠れていたもう片方の瞳が見える。
色を、光を失った白い瞳が見える。
彼女の顔を両手で挟んで、固定する。
顔を近づけて彼女の目をじっと見つめる。
尋常じゃなく顔が赤くなっているけど気にしない。
彼女の薄い金色の瞳を見つめる。
よく見ると瞳の上と下で色の濃さが違っているのがわかる。
1つの推測が頭のなかに生まれる。
この瞳は、両目とも元々は濃い綺麗な金色だったのではないか。病気かなにかで視力が失われていっているのではないかと。
現に、白い瞳の方は、なにかが見えているようには見えない。だから髪で隠しているのだろう。もう片方の金色の瞳も、近付かなければほとんど見えていないのではないかと思ってしまう。
「君……目、見えてる?」
彼女の目が、驚きで大きく開かれる。
思い切り、両手で後ろに押される。
「み、見ないでください……。気持ち悪いから……」
怯えているような、恐れているような、泣きそうな声で言う。髪で隠れている瞳をさらに手で隠しながら言う。
気付いてしまったから、見てしまったから、もう無関心ではいられない。無関係ではいられない。
ほぼ無意識のうちに、彼女に手を伸ばす。
可哀想だとか、同情かもしれないし、そうではないかもしれない。
ただ、境遇が友達に似ていたから。
弱視でいじめに遭っていた友広と重なってしまったから、思わず手を伸ばしてしまった。
優しく抱きしめ、頭を撫でる。
なにをしているんだろうか僕は。通報されても訴えられても文句は言えない。
いきなり見知らぬ女の子に抱きつくなんて変態だ。
でもこの娘と一緒にいたいと思った。
一緒にいるべきだと思った。
理由はおそらく、最後まで一緒にいることができなかった友広の代役として。
少しずつ、小さな泣き声と嗚咽が聞こえてくる。なにも言わず、言えず、ただただ頭を撫でる。
どのくらいそうしていたのかはわからないけど、短剣の効果が切れたのか、力が抜けていく感じがあった。