森の瀕死の逃走劇 Ⅱ
オーガ二体がこちらに向かって歩いてくる。
もしかしたら、ここで誰かが助けに来てくれるかもだなんて思ってしまう僕はちょっとそういう作品を読みすぎているのかもしれない。
棍棒を持ったオーガが、持ってないオーガの肩を掴み、棍棒で頭を潰す。
「えっ……?」
悲鳴を上げることもなく肉の塊となったオーガの死体は、大きな音をたてて倒れた。
もちろんその付近には血がある。たくさんある。
オーガはオーガを殺した。その事実をすぐに頭で理解する。
生きているオーガは僕の方へと歩いてくるけど、僕はこのチャンスを逃さない。
僕もオーガに向かって走る。
「すぅー、ガアアァァァァ!!」
オオカミの特技、咆哮。
オーガの動きが、一瞬ピタリと止まる。
それでいい。一瞬でいい。
剣を自分の血で汚れている左腕につける。
それでリセットされる。
倒れているオーガに剣をつけ、剣はオーガと同じ緑色になる。
オオカミの比でないくらいに力が増える。
「やった!」
思わず声に出して喜んでしまう。
オーガは棍棒で攻撃してくる。
見える。
速いとは感じない。動体視力が上がっているのだろう。
棍棒を短剣で受け、弾く。
のけぞったオーガの隙だらけの腹を刺す。今度はちゃんと刺せる。でも、腹筋が凄いのか、深くは刺さらない。
剣を抜いて距離をとる。
オーガは足を上げる。
何をするのかわかった僕も足を上げる。
「ぅっらぁっ!!」
そしてオーガより速く、思い切り地面を踏む。
オーガの特技、地震。
僕に遅れてオーガも地面を踏む。
地震と地震はぶつかり合い、共震し、オーガの足元で地面が盛り上がる。
足元が安定しなくなったオーガはバランスを崩し、しりもちをつく。
「はああぁぁぁぁっっ!!」
盛り上がった地面を駆け上がり、跳躍。
全体重を剣に乗せた、渾身の一撃。
オーガにこの攻撃を避ける術はない。
オーガの首に、剣の刀身が全て埋まる。
暴れられる前に抜いて、刺す。刺して、回して、傷を広げて、さらに刺す。
「あ、あはははは」
動かなくなったオーガを見て、笑い声が出てしまう。
「はは、勝った。勝っちゃった。生きてる。死んでない。それに……」
それに……
「楽しかった」
そう楽しかった。面白かった。
地球ではほとんど束縛された生活で、今日みたいな開放的で刺激的な体験は久しぶりだった。痛くても、苦しくても、死にかけても、その全部が新鮮に感じた。
地球での、反抗できない痛みじゃない。
言いたいことを言えない苦しみじゃない。
自ら命を絶とうとしたとき感じた『死』じゃない。
なんというか、自由を感じた。
この世界では僕を知っている人間はいない。
他人に合わせた行動も、性格も必要ない。
ずっと誰かの機嫌を気にすることもなければ、笑って頼み事を引き受ける必要もない。
「ああ、ああ。自由っていいなぁ……って、あれ……」
立っていられないで、オーガの死体の横に倒れる。
この世界に来る前に体験した、身体中が冷たくなっていって、動かなくなっていく感覚。
どうやら血を流しすぎていたようだ。
そりゃそうだ。今まで立っていられたのが今となっては不思議だ。
頭の上でリーラが叫んでいるのが聞こえる。
葉っぱを伸ばして巻き付けているのがわかる。
でも、動けない。
動けないことを理解して、思ってしまう。柄にもなく思ってしまう。
(ちょっと、死にたくないなぁ…)
でも、死ぬと思う。
こんなモンスターだらけの森で生きることは難しいと思う。
仮にモンスターが来なくても、血を失い過ぎた。リーラが葉っぱを当てた今でも少しずつ流れ出ている。
オーガの力で聴力も強化されているのか、結構音が拾える。
こちらへ向かっている足音がいくつか聞こえる。
オオカミだろうか?
それを確かめることも出来ないまま、僕はゆっくりと目を閉じた。
ミ○ミ○ミ○ミ○ミ○ミ○ミ○
私、シグレス・トーリナルは、ここ、初級冒険者の狩り場であるアテムスの森に部下を引き連れて来ていた。
理由は、どこからかやって来たオーガの討伐。
初級冒険者達が森に近づくのを躊躇うようになり、初級冒険者用の依頼の達成率が減り困っている、というのをギルドから騎士団に持ち込まれ、諸事情で暇な私に討伐が依頼されたからだ。
中級以上の冒険者に依頼すればいいとは思うが、冒険者はほとんど金のために動くため、動かない。
なので私がオーガを倒したとしても、初級冒険者の依頼の報酬に色がついたくらいの金しかもらえない。いや、騎士は利益を求めず国民の安全を求めるものだが……。
部下(というよりは後輩)を連れてきた理由はオーガと戦わせることが目的だ。
G~SSまであるランクの内、オーガはランクDのモンスター。
一般にSS、Sは超級冒険者、A、Bは上級冒険者、C、Dは中級冒険者、E~Gが初級冒険者と呼ばれている。
連れてきた者達はおそらくランクE程の実力を持っているだろう。まとまって、チームワークを崩さなければオーガにも勝てると私は思う。
鍛練や訓練では身に付かないモノが実戦では身に付く。日々の成果を出しきり、オーガを倒すことができればさらなる成長にも繋がるだろう。
「……ュー……キュー……」
すると、どこか悲しそうな鳴き声が、私の耳に入ってくる。
その声は知っている鳴き声とよく似ていて、嫌な予想が頭を過る。
(無関係だと良いが……)
自然と、足を止めてしまう。
「どうしました?見つけましたか?」
連れてきた六人の内の一人が聞いてくる。
どうやら、他の者には聞こえていないようだ。
神印の加護の違いだろう。
「いや……少し気になることがな。少し見てくる」
「では私共も……」
「私だけで十分だ。別に目標がいたわけでもない。仮に目標がいたとしても私が負けることはない。そのまま先に進んでくれ」
「わかりました。お気をつけて」
「気をつけるのは私がいなくなったお前達だ。何かあったら私を呼べ」
そう言って道を逸れる。
鳴き声を頼りに進む。
川がある方向だ。その証拠に水の流れる音も聞こえてくる。
草木を分けて川へ出ると、私は顔を歪めた。
顔を歪める原因は三つあった。
まず、血の海に倒れている葉で覆われた人間。生きているのかもここからはわからない。しかし、不謹慎だが、体の大きさ的にあの方ではない事に安堵する。
次に、オーガの死体の数。二体いる。この森にはもっといると見て間違いないだろう。勝手に一体と思い込んでいた。
最後に、人間を覆っている葉の正体。鳴き声の源。本来ここにいるはずのない、いてはいけないモンスター、リーストワイバーンの子供。
「なぜ……お前がここに……」
「キュー!キュー!」
リーストワイバーンは何かを訴えるように鳴く。
その声を聞いて、思考をもとに戻す。
「……そうだ、考えるのは後だ。まずは治療を……死んではいない、な。よし。次はギルドに報告、いやあの方の無事が最優先だ。何はともあれ、一度街に戻らなくては……」
すると、少し離れた場所で部下の声とモンスターの声が聞こえる。戦闘が始まったらしい。
「ああ、もうっ!<この身に宿りし第三の不可視の力・疾脚>!」
私は葉で覆われた人間を背負い、魔法で身体強化した脚で駆け出した。