あくまのように
深夜に急いで書いたのでオチは無いかと思われます。また気がついた時にでも加筆修正する予定ですが暖かい目で見守って頂けると幸いです。誤字脱字の報告はこそっとして下さると嬉しいです。
夜風が傍を駆け抜けた。風がすごく冷たく感じたのは気のせいだろうか、とただぼんやり僕は思考しながら、全てが寝静まる夜、ただ帰路に就く。底冷えのする悲しみが涙さえも氷らせ、ぬるい頬は指の通らぬ春に似ている。呵呵としたあの日が死ぬほど恋しくなって、僕は静かに目を閉じた。
――なんて無責任なんだと言われてもきっと言い返せないくらい、そんな酷い事をあの子にしてしまったのだ。幸せでいてくれと願っていたのに、どうしてあんな事をあの子にしてしまったのだろう。どうしてあの時、僕はあの子に笑ってあげられなかったのだろう。
僕は、僕は。大事なあの子を、傷つけてしまった。決して恋情では無いけれど、大事な幼馴染だったし、大事な僕の家族のような存在だった。彼女はまるで、一つしか年の差は無い筈なのにいくつも年上の姉のような気がした。彼女も僕の事をまるで弟のように思ってくれていたのだと思う。なあ。なあ。なんでもう、君は目を覚まさないんだ。ごめん、そんな言葉だけしか出てこない、いや、そんな言葉だけでは事足りない。あの時、本当にしょうもない理由で喧嘩したままだったのだ。あの子をほんの下らない意志で無視をして、視界の片隅に写る傷付いた顔を見ない振りしたのが最後だった。
彼女は、交通事故で亡くなった。
轢かれたわけでは無いが、信号を無視した車に吹き飛ばされたらしい彼女は頭を強打。即死、だったらしい。
経帷子――つまり属に言う死装束だが――に身を包む青白い顔をした彼女を見た。綺麗な顔は静かに寝ているようだったけど、彼女の青白い顔と泣き崩れる周りの人達を見て、嗚呼、彼女は確かに死んだのだと実感する。――僕は、確かに悔いていた。最近の僕の行動が原因か、彼女はいつも何処か憂いを帯びた顔をしていたらしい。それはあの子の親――僕にとっても第二の親のような人だ――に告げられたその言葉で、僕は何かで頭を打たれたかの様な痛みに襲われたのだ。その人は僕の様子を見て君は何も悪くないと慰めてくれたけれど、彼女が死んだのは僕のせいであるのに変わりは無かった。僕はただ塞ぎ込むだけで。――嗚呼。本当に。ただ塞ぎ込むだけでは駄目なのに、悪循環を繰り返すだけなのに、それを理解しているのに僕は一歩でさえ前に進む事は出来ないのだ。マイナスな思考ばかりの自分自身にも嫌気が指した、その瞬間。
――――チリン、と。どこからか鈴の様な不思議な音が聞こえた気がしたのだ。
「――、――――?」
気のせいだろうか。鈴のような、変な音がしたと思ったのだが。ふと下げていた視線を上にあげ、僕は静かに目を見開く。
「――ふうん?珍しい事もあるのね。人間に私の姿を見られるとは」
宙に浮く、一人の少女がそこに居たのだから。
「、っな……」
目の前の少女は誰だと言うのだろう。何故、宙に浮いているのだろう。どこか浮世離れしている目の前の少女の顔立ちは少女というには綺麗過ぎて、でも大人というには幼すぎた。年齢はいまいちよくわからないが、彼女の着る黒いワンピースが更に美しさを引き立たせている。――待て。彼女は今何と言った?確か僕が記憶するには彼女は僕を“人間”と言った筈だ。ならば彼女は人間の形をしている何なのだろうか。人間とはまた別の――それこそ、この世に存在しないもののような――――
「、貴女は何者なんですか」
掠れる声でそう尋ねると彼女は空中でくるり、回る。彼女の足は地面につくことは無く、それは確かに宙に浮いていたのだ。これは夢なのか、いや、夢であってくれとひらひら揺れる黒のワンピースを見てただただ思った。
「人間である君に言う義理は無い。でも、そうね。君が私の姿が見えるとしたならば、
――――お前は、大事な者を亡くしたのだろう?」
突然可憐な少女から厳しい口調に変わった彼女は、ただ静かに僕を見据えていた。僕はその言葉に肩が一瞬震えた気がしつつも、口を開く事は無かった。というよりも何故か、口を開くことは目の前の彼女に抱く恐怖のようなもののせいか、出来なかったのである。
「……嗚呼。矢張り、か。お前、いや、矢張り、人間というものは愉快なものだな」
――亡くなったものはもう戻る訳も無く。どれほど悲観に思っても無駄。たった一つの喪失だけに左右される、愚かな種族よ。
そう、ただ残酷なまでに美しく北叟笑む彼女の姿に先程の可憐さなどは無かった。背筋がひやり、と何かが伝う。心臓がまるで目の前の彼女に掴まれている気がしたのだ。けれど、目の前の彼女に言いたい事はあった。――ただ、
「……確かに、あの子が亡くなったのは事実でまた生き返る事は無いけれど。彼女の死を“たった一つの喪失”だけで済ます訳にはいかない。彼女の死は――僕も関係しているのかもしれないのだから、特に」
恐らく、今僕は彼女を睨んでいるのだろう。人の形をしている癖に、直観的に人間では無いと判断した彼女を。僕は彼女の素性や名前ですら知らないのに、何故今は亡きあの子の事を彼女にペラペラと話しているのだろうかなんて思いつつ。……そんな様子を見てか、目の前に浮く不思議な彼女は肩をすくめて、というよりも呆れた様子で首を横に振った。まるでお前は何を言っているのだと言う様に。
「――何を必死になっているんだか。なあ、人間よ。私は別にお前のどれが死のうが関係無いのだよ。つまりお前がどうなれど、私達にとってはただの対象でしか無いものだ――だが、そうだな。お前がその“彼女”とやらが死んだのは己のせいだと思うのならばそれは違う」
「……え」
「決められているんだよ、全て。お前らの行く末は。――決してお前を慰めてるわけではないが、そこは勘違いするな」
「、何、言って」
「……ふふ、人間よ。いつ何人たりとも死には直面するものだ。それこそ避けられない、必然的なもの。――塞ぎ込むなとは言わないが人間よ、その者と同じように、自身も死ぬなどと思うなよ。こちとて多忙なんだ。面倒が増える――」
顔を歪めて小さく呟くように告げる彼女を僕はただ見つめた。この人は何が、言いたいのだろう、と。
「、まあいいさ、どうであれ私達が人間に干渉するのはあまりいい事では無いし――そろそろ戻らなければならないようだ」
溜息をつく彼女はその白く細い手を伸ばしてその掌で僕の頬を掴む。自然と見上げるような形になり、彼女の顔は目の前に来ていた。驚きを隠せないまま前を見ると、先程と変わらない北叟笑む彼女が視界に入った。
「久し振りに人間に会ってみたが――――面白い。実に人間は面白いものだと再認識したよ。お前たちのような存在がいるから私達も居るようなものなのだしな」
「、え……」
「――そうだな、お前が生きている限りもう会う事は無いだろう。普段でさえ人間と私達は会うべきものでは無いのだから」
――――私達は、お前たちが俗にいう「死」なのだよ。人間よ。私に出会ったのは、お前の一番大事な人間が「死」に、そしてお前までもが「死」を受け入れようと思ったからだ。それこそ、死ぬのには一寸の悔いなど全く無く甘受出来ると思える程にな。
「死、なんて……そんな、馬鹿げた話……」
「……お前はそれを信じようが信じまいが私にはどうでもいい事。私達には元々名など無く、お前ら人間に「死」や「死神」などと言われているだけであるからな」
其れ故にお前などに私の事を明かす義務も無かったんだが……そうだな、嗚呼。私――「死」のただの気紛れだと思え。
「貴女が死神……?」
「そうだが?……私は別にお前の命を狩るつもりは無いぞ」
「、そういう訳ではありません。ただ――」
「彼女ともう一度生きていた形で話をしたい。そうではないだろうな」
「なっ……」
「先程に言った筈だ、死した者の魂が戻る事は無いとな」
目の前の少女――死神はさらりと靡く髪の毛を鬱陶しそうに払った。――……一つだけ言っておこう。そう言って。
「こちら側に来たとしても、迎え入れるのは浄土でも地獄でも無く――ただ独り、死に迎え入れられるだけだぞ、人間よ」
そう答えた彼女は静かに目を瞑って僕から離れていく。どこか悲しそうに伏せられる瞼の微かな隙間から見えた瞳は、どこかゆらゆらと揺れている気がした。そこには何も無かったかのようにぼやけていく彼女の姿に僕は手を伸ばしたが、先程僕の頬に触れていたその体に触れる事は出来なかったのだ。
「、え、ちょ……!」
そう、「死」の少女――死神はまるで最初から無かったかのように、その場から僕だけを残して姿を消した。
「――――さらばだ、人間。非効率的で美しく、愚かで愛すべき存在よ」
ただ、耳元を掠めた声だけを残して。
――脳裏を占めるのは、「死」の少女と、亡くなってしまったあの子の事だけであった。
[死神少女企画]様素敵な御題ありがとうございました。
オチが無い…ほんと…。