トンネル
最初に1つだけ。
前作、消失世界物語を読んでそれを気に入ってくださった方、ありがとうございます。そして今回の小説にそれにあったものを期待しないでください。
どんな結末になるのか楽しんで読んでいただけると幸いです。
「帰りのロープは……うん、しっかりとかかってるな。よいしょっと……」
僕は部屋の机にしっかりとロープが結び付けられているのを確認すると、窓を開ける。星は綺麗で、二階にある僕の部屋からでも手を伸ばせば届くような感じがした。残念ながら今日も月は雲で隠れてあまり見えないけどしかたない。今日は行くと決めたんだから。
そう思いながら僕は押し入れに入れていた靴を履き、窓から飛び降りた。一瞬にして足が地面につく。着地に失敗し、尻餅をついたけど、大きな音はしなかったので問題なしとしよう。庭にたれるロープを引っ張って登れることを確認した僕はすぐさま自転車に飛び乗り、家を出た。
みさき姉ちゃんの殺人トンネル。僕の住む村にはそんな心霊スポットがある。ほんとに小さくて人も少ない村だがこの心霊スポットのせいで一部のオカルトマニアにはとても有名だ。
僕の住む村には子供たちがトンネルと呼ぶ遊び場があった。山の中にあった屋敷に行くためのトンネルだったらしいけどその屋敷が無くなってからは全く使われない廃トンネルになっていた。そのトンネルに地域の子供たちが目をつけその周辺で鬼ごっこやかくれんぼをしていたのだ。かく言う僕もトンネルには入り浸っていた。大人が来ないし、すごくひんやりしていて気持ちよかった。秘密基地とでも言った感じだっただろうか。
でもそんな子供の遊び場だったトンネルがある日を境に本当に誰も来ない不気味なトンネルになってしまった。
「月本みさきさんトンネルで行方不明」
新聞記事はそんな見出しで事件を扱った。新聞記事にはこう書いてあった。
○月×日、高校2年生の月本みさきさん(17)が何者かに拉致された。事件時、トンネルで一緒に遊んでいた男子中学生(14)によるとみさきさんとトンネルにいると突然若い二人組の男が現れ、みさきさんを拉致しようとし、それを阻止しようとした男子中学生の右腕を切断。みさきさん自身も抵抗したため、みさきさんの頭を何度も鈍器のようなもので殴りつけたという。動かなくなったみさきさんは男らに連れて行かれ行方不明、男児は右手を失う大怪我をおった。
新聞記事では行方不明とされているが、警察は中学生男子の証言と現場に残されたみさき姉ちゃんの血痕の多さからして、生存している可能性は低いとして調査をしていた。また、村の中でも事件から数か月後にはみさき姉ちゃんの生存の可能性は低いと考え、事件現場にお地蔵様までおいて、供え物を置く始末だった。
この事件が起きてから僕のいた中学校ではトンネルに行くことが禁止された。男児の名前は僕ら全員が知っていた。ナイトだ。あの事件の後ナイトは孤立した。右腕がなくなったことやトンネルに行けなくなったからということもあったが何よりみさき姉ちゃんと会えなくなったことが大きかった。みさき姉ちゃんは高校生でありながら小学生や中学生とよく遊んでくれていた。だから、みんなみさき姉ちゃんと会えなくなったことを本気で悲しんでいた。ナイトという名前にかけて“役立たずの騎士”と陰でバカにされていた。僕自身みさき姉ちゃんとはよく遊んでもらっていたからナイトのことは本当に嫌いになった。その後ナイトがどのように噂されていたかは知らないが、高校に入ってからその名前を聞いた記憶はない。
しかしこれで話は終わらなかった。殺人事件の半年後、若い男が行方不明になったのだ。男は街に住む友達も多い軽薄な大学生だったらしく、最後に話した相手に「事件のあったトンネルを見てくる」と話していたらしい。警察は事件性があるとして調査を進めたが、結局本人も死体も見つかっていない。
みさき姉ちゃんが死んでから4年経った今までにそんな事件が3回起きている。
一連の事件には共通点がある。全員が行方不明になっていること。軽薄な男性であったこと。未解決であること。そして全員が行方不明になる前に「あの事件のあったトンネルを見てくる」と知人に話していることだ。
これらの事件の詳細は世間には知られていないが、どこからか情報がリークされたらしい。そこから生まれた心霊スポットがみさき姉ちゃんの殺人トンネルだ。若い男性が興味本位で殺人トンネルに訪れると自分を殺した犯人を探して彷徨っているみさき姉ちゃんに異世界に連れて行かれるというものだ。
「まあみさき姉ちゃんの幽霊にあったことなんてないんだけどね……」
僕は自転車を漕ぎながらポツリと呟く。
実は僕は何度も殺人トンネルに訪れている。最初はみさき姉ちゃんにお供えを持っていくためだったけど、中3の時にみさき姉ちゃんの幽霊が出るという話を聞いてそれからは幽霊でもいいから会いたいという思いで訪れている。両親にはあのトンネルには二度と近寄るなと言われている。だから夜にこっそりと抜け出す。
僕はみさき姉ちゃんに特別な感情を抱いていた。元々友達の少なかった僕とも分け隔てなく遊んでくれたみさき姉ちゃんは本当に優しい人だった。高校生になってからは彼氏ができたらしく、あまり遊んでくれなくなったけど……
彼氏は軽薄な人だと聞いたが、そんな彼氏のことも最後まで庇っていた。
僕の記憶の中のみさき姉ちゃんは最後の最後まで優しかった。
……あの笑顔に会えるのならたとえ殺されてもいい。
そんなことを考えているうちに、トンネルに行く一本道の入り口についた。ここからも少し距離があるので自転車で行きたいところだが、事件の後、トンネルに続く道はフェンスで封鎖されてしまっていた。おまけに周辺も道自体も草が生い茂っていて本来の道がかろうじてわかる程度なので、徒歩でいくしかない。
ここから先は外灯もなく月明りだけが頼りになる。しかし、月は未だに雲に隠れている 。さすがにそんな状態で鬱蒼とした草の中を歩ける自信はないので僕は懐中電灯のスイッチをつける。
僕が自転車を止めた場所から周りを見渡すと、自動車が一台停められていた。赤い派手なスポーツカーだ。この村には老人がほとんどだし、車も軽トラがほとんどだ。つまりこの車はこの町のものではない。
……嫌な予感がする。
そう思いながら僕はトンネルへ急いだ。