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001.薫る水平線となびく緑髪

息抜きがてらに投稿。別で定期連載があるのでこちらの更新は不定期。

 ――世は大航海時代。新たな大陸、宝島、まだ見ぬ世界を求め人々がこぞって海に繰り出した時代。


 ある者は未開の土地を発見し、名声と褒賞により巨万の富を得た成功者として有名になった。

 またある者は新大陸にて現地人との交友関係を築く事に成功し、その大陸に骨を埋める事を決意した。


 しかし、船舶技術が向上して猫も杓子も海へと繰り出し新世界を目指す昨今、次々ともたらされる朗報の裏側には、数々の凄惨たる失敗と破滅、不幸と絶望が渦巻いている。


 ――今から語るお話には、まあ、ぶっちゃけあまり関係の無い部分である。




「――ふぅー……」


 海風薫る大海原を横切り、大きな帆立船が一隻進路を南へと航行していた。その帆船の甲板最後部、船尾楼の上部にて、右舷の縁から青空を見上げる少女が涼しく抜ける潮風にエメラルドの長髪をそよがせる。


「快調快調、っと……今日もいー天気っ」


 んん、と潮風をいっぱい吸い込んだ深呼吸。その動作で膝裏まで有りそうな長さの緑髪が再びそよぎ、羽織った裾の長い白衣の裾が揺れる。これで両手がフリーならば天に向けて大きく突き上げ、伸びをしていたのだろうが、生憎と少女は両手で赤茶けた陶器を抱えている。――青々とした葉っぱが茂る、何かの植木鉢を、だ。


「――あーねごー!」


 甲板後尾、やや中央よりの所から野太い声が聞こえる。その声にしばし動きを止めて目を瞬いた少女は船尾楼の上を軽い足取りで動く――向かう先は甲板中央部寄りだ。

 同じ甲板最上部と言っても船尾部分と船首部分はそれぞれ『船首楼』と『船尾楼』と言う船室(キャビン)があるため、中央甲板部よりも実質一階分足場の位置が高い。少女は一段高い船尾楼から甲板中央部を覗き込むように顔を見せ、


「――よっ、と」


 声のした方向に目星をつけて振り向けば、目の前にあるのは一段下がった甲板中央部への転落防止用に据えつけられた木製の柵だ。少女は手にした植木鉢の底を柵の上辺に乗せ、両手で大事に側面を支えながら上体を乗り出して下を覗き込んだ。


「なーぁにー、どうかしたー?」


 そして元気良く、少女相応のソプラノな声を返す。


「キャプテンたちが呼んでるぜー」


 覗き込んだ先では、こちらを見上げた水夫が声をかけてくる。お互い表情の視認も容易と言える距離になっている。大声で叫んだり、怒鳴り返したりする必要は無いだろう。


「ん、おっけー。今行くー」


 トントン、と軽い足音をさせて少女は船尾楼の上部甲板を小走りする。焦らなくても、急がなくても、船長室はすぐそこ――この下なのだから。




「――おまたせっ」


「お、来たかリリィ。――これで揃ったな」


 リリィと呼ばれた少女が船長室に入ると、そこには既に数人の男達の姿が先客として存在していた。


「それでは、始めるとしましょう――航海会議を」


 そう言って椅子の上座に座るメガネの壮年が周りを見回す。黒髪短髪で大人しい物腰の彼は、名を『リンド』と言う。会議机の上座に座っているのは別に偉いからではなく、本会議の議長を務めて居るからに他ならない。――役職は操舵手だ。


「おうよ、さっさとはじめてさっさと終らせようぜ」


 その机の次席――ニ番手だか三番手だかの席次に座っているのはこの船の船長だ。軽い態度で椅子に深く腰掛け、肩の力を抜いて居る。――以下、席次順に航海士、技師長、船医、船舶魔術師、各甲板長数名、と言った所だ。


「わわっ、まだボク席に着いて無いから、待って、待って!」


 では、リリィの席次は一体どこだろうか。遅れて来た彼女は既に着席している航海士や船医らの後ろを通り、己の席を目指す。――そして椅子を引いて腰を降ろしたのは船長の対面。

 入り口との位置関係も考慮すると上座も上座で、議長席を除くと最も権力を持つ者が座るべき席である。――船長より、格上。


「はい、それでは。まずは各甲板長からクルーの要望関係の提出をお願いしましょう」


 ――そうして会議は始まった。誰一人としてこの席次に疑問を挟まずに。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――では次に航路の決定ですが、特に何事も無ければこのまま――」


 順次議題を消化し、会議も残す所あとわずかとなったところで。


「あ、はいはいっ! ちょっと言う事が!」


 はいっ、とリリィが手を挙げる。……挙げるだけでは飽き足らず、左右にブンブンと揺らす。


「はい、ではリリィさん、発言をどうぞ」


 議長のリンドがリリィの発言を許可し、全員の視線がリリィに集中する。リリィは椅子から腰をあげ、机上の航海図を覗き込むようにしながら口を開く。


「――近くに島があるよ」


 紡がれた言葉に船室がざわついた。この場に居る誰一人としてその様なモノは見ていないし、甲板当直の者からの目視報告も来ては居ない。


「はいはい、皆さんお静かに――リリィさん、根拠は?」


 本来であればただの妄言の類として一蹴されるような突拍子も無い言葉だ。それでも、彼女の言はこの船においては全てに優先される(・・・・・・・・)。航海図を凝視していた視線をリリィが上げれば、周囲を見回し、最後に船長を見て言葉を続ける。


「さっきまで上の甲板に居たんだけど。そしたら風に乗って飛んできたよ――花粉が」


 机上に乗せていた鉢植えをそのまま議長側に少しずらして航海図に視線を落としながら、羅針盤や風配図を手元に引き寄せる。


「えーっと……こっちが南で今の海図がこうで……風向きは……」


 花粉が飛んできた方向を割り出し示そうとするリリィが手元の計器や道具相手に苦戦する。


「――貸すんだ」


 隣に座っていたまだ歳若い銀髪の航海士がリリィ同様に席を立ち、横合いからリリィの並べる道具へと手を伸ばす。


「そうそう、適材適所、役割分担、ってな。――他人の仕事盗っちゃ、そいつが飯食えなくなるぜ」


 対面に座っている船長がそのやり取りを見て微笑を零す。その視線の先ではリリィと航海士が視線を机上の航海図へと落としてあれこれ位置の確認をしている。


「会議が始まる直前、艦尾右舷側に居て、こっちの方から――」


「――そうか」


「ん、こっちにならない?」


「いや、風向きがある――」


「ああ、なるほどぅ」


 リリィの提示した状況に航海士の持つ判断を加えて花粉が飛んできたであろうルートを割り出す。


「――と、いうワケで。たぶんこっちの方向に島があるよ! 花粉は非塩生植物のだから、真水が循環する環境のハズ」


 航海士の助けを得たリリィは今後の航路決定において一石を投じる意見を打ち出し、満足気に椅子へと腰を降ろす。それを横目に見た航海士もワンテンポ遅れて椅子へと腰を降ろせば、意見交換が始まった。


「――真水の備蓄は?」


 船長が問い掛け、


「四週間分、ってトコロですな。後は雨量とリリィ嬢の手腕次第でしょう」


 甲板長の一人が応える。


「食料に関してはリリィ殿の助力を受けた上で三週間分、切り詰めればもう少しは」


 続けて別の甲板長が食糧の備蓄事情を情報として提示する。


「――その島への到達目算は?」


 他にも幾つか挙がった各種の情報をまとめ、船長が視線をリリィに向ける。視線を向けられたリリィは目を瞬き――


「――早くて一週間、遅くとも二週間」


 ちらり、と、隣に視線を向けた。その視線を受けた航海士がリリィのかわりに応えを返す。風向きや海の状態などを勘案して到達予想時間を出すのは、航海士の仕事だ。


「良し、じゃあ――」


「――ええ、採決を取りましょう」


 船長の取り纏めの声を引き継ぎ、議長である操舵手が航路に関する議決をとる。こうやって彼、彼女らの進む先は決まって行く――。




「――たはー、疲れたぁ……」


 航海会議を終えた各種役職たちが狭い船長室を銘々に後退室する。退室は必然的に出口に近い者達から行われ、そうなるとリリィが腰をあげるのは最後から二番目だ。


「お疲れ、ってな。まあ、島についたらゆっくり出来るだろうよ」


 船長であるカイゼル髭の男が先に席を立つ。――彼がこの部屋の主であるだろうに、何故かこの男は会議の後は決まって一度席を立ち、室外へと出て行くのだ。


「そうだねー、そろそろみんなも息抜きしたいんじゃないかなー」


 船長の大きな背中を見送り、リリィも鉢植えを手に席を立つ。


「そうですね……しかし目に見えた目標ができただけでも、船員の士気は上がるでしょう」


 議長を務めていた操舵手の男――リンドも合わせて席を立ち、リリィに続いて入り口の方へと足を向ける。外に出れば、既に日は傾いて西日になっている――もうじき日も暮れ、夕刻となるだろう。


「さて、私は他の操舵手に会議の報告を。……リリィさんはこの後は?」


 リンドが会議の議事録となる羊皮紙を片手に、もう片方の手の指先でメガネのブリッジを押し上げる。彼はそういった仕草が様になる――こんなムサいところで船員なんぞやっているよりも、どこぞのお屋敷で熟年執事でもやっていた方が良さそうな……そんな見た目と人柄をしている。


「んー、ちょっと船内見回りかなー」


 鉢植えを両手で抱えてリリィが身体を揺らす。リンドの視線がそのリリィの腕の中の鉢植えへと向き、


「しかし――なんと言いましたか、潮風を受けても元気ですね、あなたは(・・・・)


 それは感嘆か、賞賛か。リリィが抱えた植木鉢、それに植わる青々とした植物は、その葉の表面にプツプツと氷の結晶の様な粒子を浮かべている。


「んとね、『アイスプラント』って言うんだよー。塩水でもガンガン育つ、つよーいコ」


 えへへ、と視線を手元の鉢植えに落とし、自慢げに応えるリリィの表情は満面の笑みだ。――海風薫る航海は、植物にとっては地獄にも等しい環境だ。

 土壌の肥料は枯渇し、真水は稀少、吹き付ける潮風による塩害で植物組織自体がボロボロになる。――それでも彼女は、いや、彼女たちはこの船旅への同行を快諾してくれた。


あなた(リリィ)の――あなたたち(ドライアド)の助力を得られた事が、この航海の――いえ、全ての船旅の大きな革新でしょうね」


 柔らかい物腰のまま、リンドがそう達観したように溜息を吐く。その言葉に応じるリリィは微苦笑だ。


 大航海時代が始まり、多くのオトコたちがまだ見ぬ大陸を目指して海へと繰り出した。しかしそこに待っていたのは多くの障害(ゲンジツ)だ。

 ――海難事故、漂流座礁、難破転覆――そして別の環境で育ったが故の『病気に対する免疫の欠如』。


 ――志半ばで病に倒れ、なす術も無く死に行くクルー。

 ――水も食料も尽き、失意と暴動の末に破綻する航海。

 ――苦心して辿り着いた新大陸で待ち受ける、渡航人が免疫を持たない『疫病』。

 ――そして辿り着いた彼らが持ち込んでしまった、現地人が免疫を持たない『疫病』。


「まあ――ね。ボクたちもそういう冒険心、嫌いじゃないし?」


 ――ここに至るまで、状況は最悪であった。

 対処として当時新大陸の捜索を奨励していた王国の長は、長期航海に赴く船団に対して一船舶に対し一名の割合での『魔法治療師』の同行を義務付けた。

 確かに魔法による治療ならば薬も器具も必要なく、人材と魔力の供給さえ確保すれば長旅には打って付けだろう。


「それでも、人間(われわれ)が提示した交渉は、あなた方(ドライアド)の助力に相応しいモノだったでしょうか」


 ――現実は、ことごとく非常である。

 魔法治療師、ひいては魔法使いとは学者系の職種である。――誰が好き好んで大航海などと言う汗臭い事業に手を貸すだろうか?

 中には物好きな――金か、名声か、それとも浪漫か。……理由はともあれ、航海に同行する魔法治療師もそれなりに存在はした。だが結果は散々だ。


「さて、どうなんだろうねー。でもさ、ボクらってその交渉を聞いて来たって言うよりは、さ――外の世界見たさに来たコが殆どだよ?」


 外的要因による傷病――刃物で皮膚を切ったり、病原菌の進入による疫病など、確かにそれらには魔法治療は有効であった。だが、彼らは知らなかったのだ。

 医療知識や栄養管理能力の欠如による航海病――壊血病をはじめとする『病原菌を伴わない傷病』の蔓延。それらは魔法治療によって表面化した病状を治療したとしても、根本的な原因を取り除かない限りはすぐに再発するのだ。


「もし、もしだよ? ――キミたちが、ボクたちへの取引内容が不十分だと思うのなら」


 ――故に、彼女達(ドライアド)此処(船の上)に居る。精霊として世界を見渡し、魔法に長け、植物栄養学のありとあらゆるを知り尽くしたエキスパートが。

 彼女達(ドライアド)は優れた観測手であり、聡明な医者であり、頼れる治療師であり、――長い航海の安定を掌る栄養士なのだ。


「長い長い航海を――ボクが『楽しかった』って思うモノに……して見せてね?」


 長い過酷な船旅に同行する彼女達は、敬意をこめて『生命の受け皿(プランター)』と呼ばれる。長い緑の髪を靡かせて、リリィはリンドに背を向ける。答えを待つ必要は無い、なぜなら、この船でリリィの発言は全てに優先される(・・・・・・・・)のだから。


「――仰せのままに」


 肩と緑の髪を揺らしてキャビンへと降りて行く小さな女神の背中に向けて、リンドは最敬礼と共にそう応えた。

お疲れ様でした。

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