1Sec.『とある警備部の混沌日常』
王立練り物学園。
それは東京某所にある普通の学園。学年は3年までのごく普通の学園である。ただ…………少しばかり、生徒が普通じゃなかったりする。
「やーい、鋼夜のロリコーン!」
「わ、私ロリコンじゃないもん!ロリだもん!!」
「えっ!?」
「えっ」
「いや、ロリコンだろ」
「だからロリコンじゃなくて、ロリなの!」
「自分の事ロリとか言ってるのひくわー……」
とある教室で騒ぐ一組の男女。白シャツに黒ズボンと、特に特徴も無い制服に身を包み、傍にいる黒髪の女の子を弄る少年――二年生の羽桜 花音。彼はこんな成りでも生徒会長であり、生徒からはそれなりの信頼は得ている。人を弄る事に関しては横に出るものは居ないと言われている程、三度のご飯より人を弄るのが大好きである。
一方、ストレートの黒髪揺らし、少年を見上げながら涙目に訴えている少女――同じく二年の黒神 鋼夜。彼女は近年稀に見る巻き込まれ体質で、花音に弄られる対象ナンバーワンでもある。弄られる姿は体も小さいこともあり、正に幼女でとある筋からはかなりもてているとか居ないとか。
名前からして性別を間違えたのではないかと思ってもおかしくない二人のこの騒ぎも見慣れたものだった。
「飽きないね二人共」
「良いんじゃない? 仲良き事は素晴らしき事だよ、ゆらは」
「えへへ、そうだね」
「あーもう、マミロッテは今日も可愛いなぁ!!」
「あぅあぅ、頭ぐしぐししないでー……もっと優しく撫でて欲しいの」
「仕方ないなぁ、甘えん坊だなマミロッテは」
「「そこ、イチャイチャするなあああああああああ!!」」
遠目でその様子を見守っていた二つの影に、花音と鋼夜が息ぴったりのツッコミが入る。弄られていても傍でイチャイチャされると突っ込み――いや、ツッコミたくなるのが心情である。
「二人に言われたくないよ。傍目で見ればそっちもイチャイチャしてたじゃないか」
「ふふん、何を勘違いしているんだ」
花音は胸を張って叫んだ。
「これはイチャイチャじゃなく、人弄りなのさ!!」
花音の叫びに、教室内に沈黙が降り注ぐ。しかし当の本人は誇らしげにしていて、迂闊に誰も発言する事が出来なかった。異議を唱える事、それすなわち弄られる対象に成るという事。
いつ弄られてもおかしくない状況だが、目の前を通る馬車に敷かれたくないのが人情である。
「あ、うん……何か、ごめん」
「…………そんな哀れみの眼で見ながら謝らないでよ。悲しくなるだろ」
花音の心に何かが刺さる音が聞こえたのは幻聴ではなかった。こう見えて、微妙に繊細な花音である。
花音に哀れみの眼を向けるのは一年生の桜 ゆらは《さくら ゆらは》。肩まで下ろされた髪を揺らしながら、ゆらはを膝の上に座らせて、頭を撫でている。その姿はまさに美しく、百合と間違われても不思議ではない。
一年生の中ではアイドル的存在であり、常にラブレター、ファンレターを貰っていて、あまつさえファンクラブまで結成されている。しかし、彼女はそんな事に見向きもしなかった
「当然の結果だと思うけど…………」
「鋼夜、もっと弄って欲しいんだね?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ぼそりと呟いた鋼夜の言葉は、花音の言葉で泣き土下座へと変貌する。本人達は否定しているが、バカップルや従者の関係に見られてもおかしくはない光景である。
「喧嘩しちゃダメだよ、花音先輩、鋼夜さん」
「何故私はさん付けで花音が先輩なの……?」
「えっ?」
「えっ」
何を当然の事を? とマミロッテは驚きながら首を傾げていた。その現実に鋼夜は膝を折り、地面を濡らして泣いた。
そんな純粋な笑顔で心を突き刺したのはミドルツインテールを揺らす一年生のマミロッテ・シャルロット。帰国子女であり、とにかく可愛い。可愛くていつまでも愛でていたくなる可愛い女の子。
だが男だ。もう一度言おう、男なのだ。重要な事なので何度も言うが、『男』なのだ。
マミロッテは所謂、『男の娘』という存在だ。何故かと言うとゆらはの趣味。ただそれだけの話だった。
だから正確には二人は百合ではなく、ただのバカップルだ。そりゃもう土日はずっと一緒にデート、平日も家に帰ってイチャイチャ、この歳で二人は同棲に到っている。更に驚くべきことは、マミロッテはゆらはの義理の弟なのである。しかもショタで、女声。勘違いするなという方が無理な話なのだ。
この事実を知ったファンは卒倒するのはまだマシで、現実逃避に至る男子学生が生まれているのは伝説である。
あまりのバカップルぶりと常に一緒に居る事から付けられた名が『ゆらろって』だ。
「あはは・・・・・・・・」
「笑ってないで、フォローしてよ、白音」
「ごめんなさい」
「…………………………」
助けを求めた鋼夜だが、迷いない一言で心が折られたのだった。その一言はゆらろっての隣でスケッチブックを開いている少女――由里原 白音の言葉だった。
彼女はゆらろってと仲が良く、よく一緒に居る事が多い。見た目も雰囲気もしっかりとしていて、正に優等生に見える彼女だが――
「ゆらろっては今日も可愛いわぁ……うふふ」
やはり普通じゃないのだった。他人に見えないスケッチブックにはゆらろってとアレな絵が書き込まれている。その絵を描いて、見て、鼻血を流している。
「…………白音さん、鼻血出てる出てる!」
「あ、あら? 本当だわ……ありがとう、教えてくれて」
「い、いや……別に……」
「うふふ……ウェリア先輩も似合ってるわね……じゅるり」
「じゅるりって何ですか!?」
「ゆらろって×ウェリア……あ、ありだわ」
「………………帰りたい」
彼女の隣で、何故か女子の制服に身を包まされて、ウィッグを被せられる男は二年生のウェルファリア・エリストア。この中で唯一のかろうじての常識人であり、ストッパーでもあった。しかし鋼夜と同じく巻き込まれ・弄られ体質なので苦労人であり、鋼夜と気持ちを分かち合う友だった。
普段は傍観する事が多いのだが、今回は運悪くゆらろってに捕まってしまってこの状況であった。
「へっへっへ、逃げるなら食っちゃうぞー」
「花音×鋼夜&ウェリア!? 新しい境地!!」
「面白そうな組み合わせだね」
「全然面白く無い組み合わせだから!! ていうか無理に組み合わせようとしないで!?」
花音の発言に、白音が鼻息を荒くして食いつく。ゆらろっても賛同し、鋼夜が必死に否定をする。しかし、いつもの事ながら鋼夜の発言はスルーされるのだった。
「いや、むしろ三角関係?」
「スケッチが捗るわー」
「捗らなくていいよ!!」
「あー……今日も空が綺麗だなぁ」
鋼夜が必死に突っ込む中、ウェリアと言うと空を見上げながら現実から逃げていた。面倒事は関わらないか忘れるに越した事は無いと言う、経験談。
こうして普通じゃない集団が集まる教室――その名を『学園警備部』。風紀も正義もあったものじゃない部活の活動場所である。
今日は珍しく全員揃ってないが、それでもこの混沌。全員揃わない方が、平穏なのは目に見えている。そもそも、ここに来なければ平穏なのだ。しかし、一足でも踏み入れた瞬間――普通じゃない生活が始まってしまう。
普通じゃない、普通の警備部。そんな日常の旋律は、明日も続いて行く――