プログラム・ハート-感情を持たないAIに、私 は恋をした一
AIに感情は宿るのか。
この問いの答えを、私はまだ知らない。
――人に作られた物に恋をしてはならない。
「……えー、これはヴァレン博士の言葉だが」
語学の先生は教科書を片手に言った。
この言葉を、私はただの授業の一文として聞いていた。
その意味を知るのは、もう少し後のことになる。
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あの日、風が教室の窓を揺らしていた。
冬の乾いた空気が、廊下から入り込んでくる。
「今日から転校してきた、ケント・ヴァレンっす。」
教壇の横で、彼は軽く会釈をした。
やけに人間くさい喋り方なのに。
その目だけは、まるで精度に欠くカメラみたいに無機質だった。
「はい、研究所から送られてきた子だ。まあ……とりあえず仲良くしてやってくれ」
いつも通りやる気のない先生の声に、クラス全員が固まった。
「え、それだけ?」
「AIが転校って、そういう感じで言うことじゃなくない?」
ざわめきが広がる。
チャイムも鳴っていないのに、
冬の空気より冷たい沈黙が教室に落ちた。
そしてこの日から。
私は“人間ではない誰か”に心を乱され続ける、
一冬を過ごすことになる。
⸻
隣の席に座ったケントは、窓の外を見ていた。
人間とは見分けがつかない。
でも、目鼻立ちの整った特有の綺麗さが人間味を打ち消しているように思えた。
「ねぇ、初めまして。私、アカリ」
私は軽く身を乗り出した。
「こっちはペットタイプのAIロボットのニャロットさん。知り合いから預かってるの。よろしくね」
『ニャーン』
ニャロットが小さく鳴く。
少し間があってから、
「……よろしく。」
ケントはそう言った。
もしかしたら、思考する時間があったのかもしれない。
あんな喋り方なのに、何を考えているのかはまるでわからない。
それにしても――
誰かに似ている気がする。
誰だろう?
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「次、機械工学の授業なんだけど、教科書あるの? 無いなら見せるよ?」
「……見せてくれ」
……タメ語なんだよなぁ。
「わかった。じゃあ机つけて」
机を寄せる。
先生の話を聞いているのか、聞いていないのか。
ガラス玉みたいな瞳が印象的だった。
というか。
先生より、私を見てない?
なんで?
「アカリ……ここ説明してみろ」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれた。
……えっと。
どこぉ?
頭の中が真っ白になる。
そのとき。
ケントが教科書をそっと差し出した。
指で、問題の場所を示している。
あ。
そこか。
聞いてなかったの、私じゃん。
恥ずかしい。
「はい、いいぞぉ。アカリ、珍しい転校生だが授業はきちんと聞いとけよー。でも教科書、サンキュウな」
「いえ……すみません」
教室のあちこちから、くすくす笑いが漏れる。
穴があったら入りたい。
「どんまい、アカリ。今日お昼奢ってあげる」
後ろの席のマイカから、置き手紙が回ってきた。
くそぅ。
みんなして笑い者にしてぇ。
これは、しばらくいじられるな……。
そう思っていると。
頬に視線が刺さる。
「何を……そんな見てるの?」
「……何を慌ててるのかと思って」
「そこは放っておきなさいよ」
「なんで?」
純粋な顔で聞かれると、かなり痛い。
いくらAIでも、こういうのは通じないのね。
「アカリ、大変だね。これから」
マイカの声が後ろから飛んでくる。
絶対、この状況を楽しんでる。
「奢り、忘れてないぞぉ」
「任せなさい!」
⸻
昼休み。
生徒たちが教室からはけていく。
「ねぇ、なんか着いてきてない?」
「いや、機械工学の一件から懐かれまして……」
マイカが肩をすくめる。
「じゃあアカリ、今日からAI教育係ね」
「またそうやって馬鹿にしてー」
「あ、そういえばさ。来週また転校生来るらしいよ」
「へぇ」
「男の子だって。ヒナタって名前らしい」
「ふーん」
「アカリは興味ないの?」
「特には。ところでケント、あなた昼は?」
なんか聞いたことある名前だけど。
いつの間にか後ろにいたケントは、真っ直ぐこちらを見た。
「これ」
差し出されたのは、飲むゼリーみたいな袋。
病院で見るやつだ。
「それだけ?」
「完璧な栄養食」
「……」
「それ、ボケなの?」
「……」
「え、ボケだったの?!」
整った顔立ちでそんなことをしないでほしい。
でも。
交流しようとする、努力はわかった。
「なるほどねぇ。こうやって学習していくわけだ。アカリ……任せた」
そのとき。
机の下から、ニャロットがひょこっと顔を出した。
丸い手が、こそこそと伸びてくる。
『欲しい』
「え? 欲しいの?」
次の瞬間。
ゼリーが消えた。
「あ、あぁこら! ニャロット!」
私は思わず立ち上がる。
「返しなさい! ケント、ごめん! ちょっと待ってて、取り返してくるから!」
そのとき。
ケントは一瞬だけニャロットを見て。
ほんのわずか――
困ったように、眉を動かした。
……今の。
見間違い?
⸻
これが二年前。
痛いほど冷えた冬の空気の中で。
私は、“彼”に出会ってしまった。
AIに感情は宿るのか。
――その答えを、私はこれから知ることになる




