帰還の報告
徳山家重は、几帳面に座したまま、静かに目を上げた。
「戻ったか。得た情報を報告せよ」
全蔵は額を畳に着け、深く平伏した。
「はっ。織口の城下町より、ただいま戻りましたる」
家重はわずかに頷く。
「続けよ」
「はい。まず、城下外れに蕎麦屋がございます。非常に美味しゅうございました」
家重の眉が、ほんのわずか動いた。
「……ふむ」
「蕎麦粉の質は、優れたものかと存じます。あるいは、蕎麦を打つ職人の技によるものかと。いずれにせよ、格別の味でございました」
家重は無言で、視線を据える。
「他には」
「はい。城下の茶屋に、優れたお団子がございました。柔らかく、弾力があり、ほんのりとした甘みがございます。あの茶屋のお団子も、格別かと存じます」
家重は小さく息を吐く。
「……ふむ。続けよ」
「はい。城下町に庭園がございます。そこに大きな桜の木が一本」
「桜の木か」
「はっ。その桜の木の下にてお団子を食せば、味覚のみならず、風流をも感じ申す。舞い散る花弁の下にて……心が洗われるようでございました」
家重の指が、わずかに膝の上で動く。
「……風流か。悪くはない。他には」
「はい。あの街の遊女屋に、吉里という女郎がおります」
家重は目を細める。
「……吉里か。続けよ」
「あれは……言葉に尽くしがたく存じます。一目で心を奪われる美貌。琴、和歌、書道、茶道、舞いなど、諸芸に通じておられ、女郎としての心得も完璧にございます」
家重は静かに頷く。
「……優れた女郎じゃな。他には」
「以上でございます」
家重はしばし沈黙した。
「……以上か」
「はい。以上でございます」
家重はゆっくりと目を伏せる。
「……ふむ。成程。下がってよいぞ」
「はっ」
全蔵は静かに立ち上がり、背を向けて退出した。
その足音は、畳を踏む音すら立てず、影のように消えていった。
全蔵の姿が完全に視界から去った後、家重は傍らに控える一人の家臣に、静かに視線を移した。
「……アイツ、打ち首にしておけ」
家臣は即座に頭を垂れる。
「……はっ」
家臣は無言で退出し、全蔵の後を追うように去った。
心まで忍ばせてこそ、真の忍者である。
全蔵の持ち帰った情報は、確かに細やかで、味わい深かった。
しかし、それは戦の役に立つものではなかった。
忍者とは、難しい。




