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かわいい幼なじみ 2


「……」

 校舎へと続く幅広の道を歩きながら、オレは両端にある花壇に目をやった。風そよぐ花が微かに揺れている。

 ほぉう……。

 思わず、心のため息がこぼれた。

 花を眺めてるだけでいい。ただ見ているだけで心が落ち着く。

 学校の敷地内に花があるの、けっこう個人的に嬉しかったり。用務員さんが定期的に手入れしてくれるから、季節ごとの花をキレイな状態のまま鑑賞できる。いつも花壇のお手入れありがとうございます。

 正面玄関のドアをくぐって、げた箱がある昇降口に入った。ローファーを脱ぎつつ踏み台にのぼり、上履きを取り出してサッと履き替える。

 靴のサイズ、ぴったしだ。

 なんとなく履いたけど、ぴったりサイズの上履き。

 ここに来るまでに履いてたローファーだって、さいしょから合わせてあったみたいなサイズ感。

 靴だけじゃない。水色の下着も、紺色のソックスも。白のYシャツも、濃藍のブレザーも。それに、その……す、スカートも。チェック柄のスカートだって、ほかのと同じようなサイズ感。身につけるもの全部、ぴったりのサイズだった。

 この上履きも、サイズぴったし。

 しかも、わずかに汚れてる。使った形跡があるってことは、おろしたての新品の靴じゃない。オレであってオレじゃない女の子の『葵』が、この上履きもローファーも履いてたんだろうな。

 身に覚えがない。

 当たり前だけど、まったく覚えがない。

 なのに、しっくりくる。ぴったりと足にフィットする自分の靴みたいに、この世界で生きていた『葵』の持ち物が肌に合う。衣服もシューズも、全部しっくりくる。

 なんなんだろ。


 ほんと、この世界なんなんだろ……?


 まったく知らない世界。

 よく知る景色もあって、よく知る人も居るのに。見慣れた風景が目の前に広がってるのに、オレ一人だけが別の世界の住人みたいで。

 まるで、ひとりでに世界が動いてるみたい。

 オレの預かり知らぬところで、勝手に稼働し続ける未知の世界。

 入口も出口もない迷路に、ひとりで迷い込んだみたい。なに一つ事情を知らないオレひとりだけが、まったく別の世界に放り込まれたみたいだ。

 知らないのに、しっくりくる。

 知らないはずなのに、ぴったりフィットする。

 チグハグなのに、違和感があるのに。不揃いなはずなのに、矛盾してるはずなのに。服のボタンをかけ違うみたいに、歯車が噛み合ってないはずなのに。

 身の周りの違和感、全部しっくりくる。

 水色の下着も、紺色の靴下も。白いブラウスも、濃藍のブレザーも。使い古された上履きも、こげ茶色のローファーも。風にあおられてヒラヒラなびく、チェック柄のプリーツスカートも。

 身にまとう違和感、全部しっくりくる。



 違和感が、心に馴染む。



「葵?」

 オレの意識を引き戻すソプラノの声。

 オレはハッとして顔を上げた。きょとんとした麻衣の姿が視界に入り込んだ。

 光沢のあるリノリウム床をのぼった先で、麻衣がフシギそうな表情を浮かべている。きょとんとした顔でコチラを見つめている。

「今日のアレそんなにツラいの? お薬いる?」

 心配するような麻衣の声に、オレの心がチクリと痛んだ。

 うぐ、心が痛い……。

 今さら「あの日じゃない」なんて言えない。

 再生数と広告費に取り憑かれた動画配信者よろしく、陽気な感じで「ドッキリでしたー!」なんて言えないよ。ネット炎上のごとく勢いで、麻衣との関係が炎上しそう。ぼうぼう燃えさかっちゃいそうだよぉ。

「い、いや……だいじょ、ばん……」

「え、どっち?」

 オレの曖昧な返事を受けて、いっそう困惑を深める麻衣。

「だ、だいじょぶ……」とオレは言った。「ご、ごめんね、朝から心配かけちゃって……」

「んーん、全然いーよぉ」

 ふるふると首を横に振る麻衣。否定を示すジェスチャー。

 首を左右に振った拍子に、絹糸のような艶髪が揺れる。まあるいショートカットの黒髪が、ふわふわと浮雲のようにたゆたう。

「今日、体育あるしさ。あんま無理しないでね?」

 麻衣の言葉に、頷いて返すオレ。

「う、うん。ありがと、ね……」

 あいかわらず、麻衣は心配そうな表情を浮かべている。やっぱりズキズキと痛むオレの心。ズキン。

 痛たたっ。

 良心が痛たたたたた。

 オレの良心から痛み物質がポコポコ分泌されてるんですけど。

 プロスタグランジンとかサブスタンスPとかが水の泡みたいにポコポコ分泌されて心の細胞内にある良心レセプターにキャッチされちゃってるんですけど。されちゃってません。

 くっそぉ。

 ヘタな嘘つくんじゃなかったよぉ。

 麻衣に要らぬ心配させちゃってるじゃんか。まったく必要のない要らぬ心配でござるぅ。幕末にお役御免で斬り捨て御免になった武士みたいな喋り方ぁ。

「今日の葵、ちょっぴりボンヤリさんだねぇ」と麻衣が言った。「いつもより動きもぎこちない気がするし、なんか電池切れかけのロボットみたいかもーって」

「ふ、ふぅん……?」

 ひとまず、オレは相槌を打った。

 誰がだ。

 だれが電池きれかけのロボットか。

 ロボットアニメあんまり観ないんだってば。ロボット同士で戦争おっ始める系のアニメとか、オレの好みじゃないの麻衣も知ってるでしょ?

 麻衣の独自センス(※褒め言葉)で、もっと可愛く比喩ってくれ。かわいい感じの例えで言ってくれ。うぃーん、がしゃん。うぃーん、がしゃん。

 ってか、さっきからカワイイな。

 麻衣の言い方かわいいんだけど。『お薬』とか『ボンヤリさん』とか、あざと可愛い系の女子にのみ許された特権的な言いまわし過ぎるでしょ。『かわいい』が過ぎるんですけど?

 まぁ、それはいいとして。

「と、とりあえず、教室いこっか……?」

「そだね〜」

 おずおずと提案するオレに、麻衣は一つ頷いて答えた。肯定を示すジェスチャー

 自分の教室へと向かうべく、麻衣と一緒に歩き出すオレ。

 さきを行く麻衣を追いかけるように、ピクミンさながらに後ろをついて歩く。てくてく。

 階段をのぼって上の階へと移動する。

 道中、麻衣がチラチラと後ろを確認する動きをしていた。ちらっ、ちらっ。

 さっきも心配するようなこと言ってたし、いつもと違うオレのようすが気になるのかも。もしくは、オレが階段でズッコケて『すってんころりん☆』しないか心配してくれてるかも。

 今日のオレ、電池きれかけのロボットらしいから。

 いつもと違って「うぃーん、がしょん。うぃーん、がしょん」してるらしいから、段差に躓いて転んじゃわないか心配してくれてるのかもね。なんて、ちょっと自惚れてみる。

 麻衣、優しいな。

 あんまり心配かけたくないけど、気を配ってもらえるのは嬉しい。

 すごく安心する。自宅に荷物をデリバリーする配達ロボみたいに、麻衣の気遣いがオレの心に安心を届けてくれる。心配してくれる人がいるのって嬉しいな。

 やがて階段をのぼり切る。

 オレたちのクラスがある階へと辿り着いた。

 階段を抜けて渡り廊下に出ると、いっそう多くなる学生たちの姿。同級生で構成された群衆のなかに、よく知るシルエットを一つ見つける。見知った男子の後ろ姿だった。

 あ、鈴木。

 サッカー部の鈴木。

 よく一緒につるんでた男子その二。オレの交友関係におけるイケメン枠におわす御仁。

 持ち前の高身長&さわやかフェイスで学年を問わず女子のハートをメロメロ(死語)にする文武両道で性格もいいパーフェクト男子。天に二物どころか四〜五つくらい与えられた神に愛され人間その二。ところで、『その一』は誰だろう?

 あ、いま目ぇ合ったな。こっちに気づいたっぽい。

 今にも挨拶してきそうな感じ。運動部の男子にありがちな「よっすー」的な挨拶を飛ばしてきそうな雰囲気ある。知らないけど。

 オレは鈴木に挨拶をしようと片手をあげた。

「おは——」

 ふと、気づく。

 鈴木に声をかけようとするも、とたんに挨拶をためらうオレ。

 途中で動きを止める右手。あいさつしようとして中途半端に上がった手が、動作の途中で電池ぎれを起こしたように停止した。

 疑問が顔を出す。

 草陰からウサギが顔を出すように、ひょっこりと違和感が姿を見せる。明確な輪郭を持ったハテナが、オレの心に浮かび上がってくる。



 オレの学校での立場、今どうなってんだろう?



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