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『かわいい』を、わたしは愛してる 7


 駅前。

 道を行き交う人々。

 たくさんの人で賑わう駅ビル。

 学校にイチバン近い最寄り駅は、路線が多いこともあって賑やか。

 大規模化したターミナル。それぞれの階に毛色が違うショップが入るほど、近年の大規模な工事を経て大きくなった駅ビル。

 もともと便利だったけどね。

 カフェとかレストランはもちろん、花屋もコスメショップも入ってるし。あ、間違えた。花屋 "さん" も入ってるし。麻衣のマネ。

 フラワーショップも好き。

 学校の花壇に植えられてる花も好きだけど、きちんとお化粧された花を眺めるのも好き。おめかしフラワー。

 通りがけにお花屋さんを見かけると、店先の花をつい目で追っちゃうんだよね。「いまの季節こんな花あるんだぁ」なんて感慨に浸りながらチラ見するの好き。

 まぁ、買わないけどね。

 眺めるのが好きなだけで、べつに買ったりしないけど。

 麻衣みたく生け花やる人ならまだしも、日常的に花を買うことなんてないよね。お祝いごとがある日なら寄るかもだけど。

 フラワーアレンジメントなんて高尚な趣味を持たないワテクシは、店先に飾られたカラフルな花を遠くから見るだけで満足なのです。なんて迷惑な冷やかし客なのでしょう。

 だけど、今回の目的は本屋さん。

 もちろん、目的は本を買うこと。たくさんの人で賑わう駅前の書店に行って、麻衣お目当ての本を購入するのがミッション。

 さながら、エモノに狙いを定めるハイエナのごとく。

 さながら、標的をロックオンするスナイパーのごとく。

 さながら、ターゲットに照準を合わせる狩り人のごとく。

 ミッションクリアを知らせる「ぱんぱかぱーん♪」のファンファーレを聞こうと、オレは麻衣と一緒に『狙った獲物は逃がさない』的な思惑で駅前の本屋さんへと向かう。狙い撃つぜ。

「ねね、葵っ」

 楽しそうな声を響かせながら、麻衣がコチラを向いて言った。

「このキャンドル、めっちゃ良い香り。ちょっと嗅いでみて?」

 手に持ったアロマキャンドルを、そっとオレの顔に近づける麻衣。「ほら」と言葉を付け足して、アロマの香りを嗅ぐよう促す。

 麻衣に勧められるまま、キャンドルの匂いを嗅ぐ。

 すうっと鼻から息を吸うと、甘い香りが鼻腔に広がった。鼻の奥いっぱいに広がるウッディーな香り。バニラっぽくもあり、どことなくスパイシー。シダーウッドを思わせる香りだった。

「あ、いい香り」

「でしょお?」

 麻衣の同調を求める声に、ひとつ頷いて答えるオレ。

「これ、けっこう好きな香りかも。夜、寝る前に嗅ぎたくなる感じ」

「わっかるぅ〜」と麻衣が言った。「お休み前のホットミルク片手にさ、本読みながら嗅ぎたい香りだよねぇ。はちみつ入りの」

「ひと切れのミントも添えて、ね」

「わぁ〜、完成されてるぅ〜」

 からからと鈴を転がすように笑う麻衣。楽しそうで何より。

「こっちのも良いよぉ。ね、嗅いでみて?」

 もう片方の手で持ったキャンドルを、これまた再びオレの顔に近づけてきた。麻衣から促されるままに、くんくんと匂いを嗅いだ。気分は犬。

「あ、こっちも好きかも。しっとり系だね」

「ね、だよねっ」

 オレの反応がお気に召したのか、ぴょこんと一つ飛び跳ねる麻衣。うさぎのように跳ねた拍子に、まあるい艶髪がフワリと揺れた。

 蛍光灯の光を受けてキラめく髪の毛。

 麻衣が動くたびに、ふわりと揺れる艶髪。わたあめを思わせるショートカットの黒髪が、喜びを代弁するかのようにフワフワと揺れている。

「さっきのとどっちが好き?」

「んー、そうだなぁー……麻衣は?」

 自分の答えは言わずに、オレは麻衣に訊き返した。

「え、あたし?」

「うん。どっちのほうが好き?」

 オレの予想だと、後に嗅いだほう。

 さっきの反応から察するに、麻衣は最後に嗅いだキャンドルのほうが好きだと思う。多分ね、たぶん。ふぁいなるあんさー。

「あたしはコッチかなぁ。とろっとした甘さだよね」

 後に嗅いだほうの蝋燭を、ひょいっと持ち上げる麻衣。

 やっぱりね。

 麻衣の好きそうな感じだと思った。

 前に「サンダルウッドの香り好き!」みたいなこと言ってたしさ。お香みたいに上品な甘さがピッタリ似合う人だよね、麻衣は。

 どんぴしゃり。

 ワテクシ、大正解でした。わぁい、やったぁ。

「わたしもコッチが好きかな。麻衣と一緒のキャンドル」

 麻衣が手に持つアロマキャンドルを指差しながら、すっかり板についた一人称でオレは言葉を続けた。

「このアロマ、好きそうだなって思った。麻衣に似合いそうな香りだなって」

 まんざらでもないのか、ふにゃりと頬を緩める麻衣。

「えー、ほんとぉ?」

「うん。さっきの香りもいいけどね」とオレは返した。「でも、麻衣に似合ってるのはコッチかなって。お香の香りとかも好きだもんね?」

「ビャクダンとかね〜。ほっとする香りだよねっ」

「わかる。伽羅とかもいい香りだよね」

「それそれぇ〜」

 キャンドルを手に持ちながら、ぴょこっと人差し指を立てる麻衣。こちらの言葉に同意を示すように、両手の人差し指だけをピンと伸ばす。

 今朝も思ったけど、器用なことするね。

 サーカス団員もビックリの器用さ。今朝の『胸むぎゅっと腕に押し付けて事件』以来の器用さだね。すきるふる。

 店先からショップ内へと移動しつつ、棚に並べられたアロマを嗅ぎ比べる。

 落ち着いた店の雰囲気。

 アロマショップのガヤガヤしてない感じが好き。急かされることなく、ゆったり物色できる感じがいい。まぁ、買わないんだけど。冷やかし客もいいところ。

 店のなかには数人の影。

 店内にはオレたち以外にも何人かお客さんがいて、店員さんの営業トークの餌食になってる人の姿も。あぁ、ご愁傷さま……。

 マシンガンのごとく繰り出される、ショップ店員さんのセールストーク。ありがた迷惑そうな表情を浮かべながらも、一応は店員さんの話に耳を貸しているようす。合掌。

 麻衣が吸い寄せられるように棚へと近づいた。

 ひとつキャンドルを手に取ってから、そっと顔を近づけて香りを嗅ぐ麻衣。すぅっと息を吸う音が聞こえてくる。

「このキャンドルの香り、こないだママが買ってきてくれたのと似てるかも〜」

「へぇ、そうなんだ?」

 こくり、と一つ頷く麻衣。

「そうそう。ちょっと高いお店のなんだけどね——」

 あーでもないこーでもない言いながら、きゃっきゃと買い物を楽しむオレたち。時間も忘れてショッピングに夢中になった。

 あぁ、たのしい。

 ほんと楽しい。たのしい、けど——



 本屋は?



 あ、間違えた。

 本屋『さん』は? 本はいいの?

 ふっつーに買いもの楽しんでるけど。麻衣お目当ての本、買わなくていいのかな?

「わ、これ可愛い〜!」

 ふいに聞こえてくるソプラノ。

 別の商品に目を向けた麻衣が高い声をあげた。手には何も持っておらず、両手は空いていて宙ぶらりん。さきほどのキャンドルは元の棚に戻したようす。

 オレは麻衣の視線を目でたどった。

 幼なじみの視線の先にあるのは、丸々としたボールのようなロウソク。草花が練り込まれているボタニカルなキャンドルが、横長長方形のテーブルの上にズラリと並べられている。

「ほんとだ、かわいいね」

 麻衣の声に釣られるように、まじまじと蝋燭を眺めるオレ。

 ズラッと並んだ多様な種類のロウソク。

 ボール型の蝋燭もあれば、見慣れた円柱状のモノも。みっちり花が練り込まれたキャンドルもあれば、流線形の模様を描くようデザインされたモノも。

 多種多様なキャンドル。

 さまざまな種類のロウソクが視界いっぱいに立ち並んでいる。眺めてるだけで楽しい。

 ふと、ひとつのキャンドルが目に留まった。

「あ、フルーツ入ってるのもある」

 輪切りにされたオレンジ。

 となりの蝋燭にはレモンの皮らしきものも。

 スライスされた柑橘類が、ロウソクに練り込まれている。ぎゅうぎゅうに所狭しと植物が練り込まれているせいで、ほとんどキャンドル部分が見えなくなっているモノもある。もはや別商品。

「食べもの入ってるのもあるんだね〜」

 麻衣がロウソクを一つ手に取った。ひょいっと。

「わ、オレンジの香りする」

 キャンドルの匂いを嗅ぐ麻衣。くんくん。

「さっぱり系だね〜。葵が好きそうな感じかも!」

 手に持ったフルーツ入りロウソクを、スッとオレの顔の前に差し出す麻衣。あえて言葉にせずとも、これまでの流れで「嗅いでみて?」と促されているのが分かる。以心伝心。

「あー、たしかに。爽快感あって好きかも」

「ね、スッキリしてるよね!」と返す麻衣。「もうすぐ夏だからかなぁ。ショップ的にもサマーフェアみたいな?」

 こくり、と一つ頷くオレ。

「かもね。海っぽいデザインっていうか、清涼感ある感じのキャンドルもあるし」

「たしかに〜」

 辺りをキョロキョロと見回しながら麻衣が続けた。

「夏になって暑くなると、ロウソク溶けちゃうよねぇ」

「陽の当たるところに置いてるとね。『ぐにゃ』ってするよね」

「そうそう〜」

 麻衣はコクコクと首を縦に振った。肯定を示すジェスチャー。赤べこ。

 再び、麻衣は先ほどの棚に目を向け直した。

「さっきのキャンドル、せっかくだし買っちゃおうかなぁ」

 心なしか、幼なじみの声が物欲しそうに聞こえた。

「あの甘い香りのヤツ?」

 オレが問いかけると、麻衣は頷いて答えた。

「そう、それぇ。葵が『似合いそう』って言ってくれたの」

「麻衣が気に入ったなら、いいと思う。お似合いの香りだったし」

 澱みなく、オレの口からスラスラと言葉が出ていく。

 期せずして、ショップ店員さんのセールストークみたいなことを口にしてしまう。

 麻衣は悩む素振りを見せたあと、決心したように棚に目を向けた。

「あたし、やっぱアレ買ってくるっ」

 どうやら、購入を決めたもよう。キャンドル一本お買い上げです。ちゃりーん。

「ん、おっけー」

 オレたちはキャンドルが置いてある棚へと向かった。

「〜♪」

 ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、お目当ての商品を手に取る麻衣。ルンルン気分なのがコチラにも伝わってくる。

 ご機嫌そうな麻衣。楽しんでるようで何より。

「ちょっと買ってくるね〜」

 商品を持ってレジへと向かう道すがら、少し後ろを歩くオレに声をかける麻衣。くるっとコチラに顔を向けた拍子に、光に照らされて艶めく髪が一つ揺れた。煌めき揺れる黒糸。

 こくり、と一つ頷いて答えるオレ。

「うん。この辺で待ってるね?」

「おっけ〜。少々お待ちを〜」

 にぱーっと晴れやかな笑みを一つ見せてから、ご機嫌そうにレジへと向かって歩いていく麻衣。

 だんだんと遠ざかる幼なじみの背中を、オレは追いかけるようにジッと見つめた。

「……」

 そっと視線を下に落として、オレは陳列棚に目を向けた。眼下にはカラフルな商品群が所狭しと並んでいる。

 目が賑やかで、とても楽しい。

 ショーケースには色とりどりのアイテムが並んでいて、ただボンヤリ眺めているだけでも目が賑やかで楽しい。

 店内にいるのは、ほとんどが女性客。

 ショップ内を飛び交う黄色い声。女性特有の高い声が、アロマの香りに混ざる。音が溶けて、匂いと交わる。

 男の人の影は少ない。男性のお客さんも少なからず居るけれど、必ずといっていいほど隣には女性の姿がある。たぶんカップル。多分ね、たぶん。

 たのしい。

 買い物するの楽しい。すごく楽しい。

 女性同士のショッピング、こんなにもワクワクする。心が浮き立つっていうか、胸が弾んでドキドキする。どきどき、わくわく。

 男友だちと買い物しても、絶対こうはならないから。

 目に留まったお店にフラッと立ち寄るとか、気になったアイテムを手に取ってみるとか。

 本来の目的とは全く関係ない物を見て、また次の店でも同じように物色するとか。友だちとあーでもないこーでもない言いつつ、店頭に並んでる商品の感想を交わし合うとか。男同士で買い物するときって、比較的さっぱりしてるもんね。個人差はあれど。

 こんなにも買い物が楽しいのは、一緒にいる相手が麻衣だからかな。どうなんだろ。わかんない。

 たしかに、気心知れた人との買い物は楽しい。

 付き合いが長いと好みも似てくるし、そもそも好みが似てる人と付き合うし。

 長らく時間をともにした人とは、趣味嗜好も似通ってきたりする。趣味が正反対で全く好みが合わないってパターンもあるけど、いっしょに過ごした時間のぶんだけ影響し合うこともしばしば。しんくろないず。

 楽しいな。

 ほんと楽しい。うきうき♡

 しばらく棚の上の商品を眺めていると、やがて麻衣がご機嫌そうに帰ってきた。

「お待たせ〜」

 満足そうに微笑む姿が愛らしい。

 あどけない笑み。ご機嫌そうに目いっぱい笑う幼子が脳裏に浮かぶ。お目当てのものを手に入れて満足する、小さい子を思わせるような笑顔だった。

「ん、おかえり」

 麻衣は手に紙袋を提げている。

 パステルピンクの袋の中央には、英語で文字がプリントされている。ミミズみたいな筆記体で書かれているせいで、なんて名前のお店なのかはイマイチ読み取れない。おしゃれな紙袋だけどね。

 満足そうな笑みを浮かべる麻衣とともに、甘い香り漂うアロマショップを後にした。

 施設内の通路を歩きながら、オレは隣にいる麻衣に声をかけた。

「荷物、わたし持とっか。本、見るんだもんね?」

 麻衣が持つ紙袋に向けて、オレはスッと手を差し出す。「代わりに持つよ」のジェスチャー……のつもり。伝わるでしょ?

「あっ」

 小さく声をもらした直後、とたんに麻衣は狼狽えた。

「そ、そだね〜。お願いしよっかなっ」

 わかりやすく目を泳がせる幼なじみ。あっちこっちに忙しなく泳ぐ魚のように、動揺を湛えた小豆色が右へ左へ揺れ動く。

 本屋に行く予定、ぜったい忘れてたでしょ。

 や、いいんだけど。

「下に降りよっか。本屋、二階だし」

 オレの言葉に、麻衣が短く返す。

「おっけ〜」

 人が行き交う通路を抜けた後に、エスカレーターで下の階におりる。前の人に倣うように左側の列に並び、自動で運んでくれる昇降機に身を任せる。とっても楽ちん。

 書店へと向かう道すがら、オレは過去の記憶を辿った。

 麻衣、本屋好きだよね。

『本が好き』っていうよりは、本屋に行くのが好きって印象。

 さっきも少し話してたけど、本屋の空気が好きなんだろね。図書館の緊張した静けさとも違くって、本屋って独特の空気あるような気がする。落ち着く系の静けさだよね。

 紙とインクの匂いが漂ってて、周りは水を打ったみたいに静か。時間も忘れて気ままに本を眺めてると、不思議と心が落ち着くような気がする。

「……」

 だんだん書店が近づいてきた。エスカレーターで下の階に運ばれながら、オレは眼下に広がる景色をボーッと眺めた。

 ま、いまは本もネットが主流だけど。

 ネット注文のほうが圧倒的にコスパいいもんね。電子書籍ならタイパも最強。わざわざ本屋に買いに行くコストも省ける。さいきんはオレも大半が電子書籍だから。

 でも、わかる。

『本屋に行く楽しみ』ってあるよね。

 書店員さんが作った手作りポップを見たり、書店ごとの人気ランキングを確認したりとか。「こういう本が最近は売れてるんだぁ」なんて考えながら、ズラーっと並べられた本を眺めるのも楽しかったりする。

 本の遊園地。アミューズメントパークみたいな。

 本が好きな人にとって、本屋は遊園地みたいなもの。ジェットコースターみたいな高揚感はないけど、一冊の本と向き合える静かな楽しみがあると思う。

 本屋にはアトラクションが一つもない。観覧車もないし、お化け屋敷もない。バイキングもなければ、メリーゴーランドもない。本を読まない人からすれば、退屈この上ない空間かもね。

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