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どうやら俺は、魔王を倒した英雄の両親より強いらしい。  作者: ポンジュレ
Ⅰ 両親が英雄だなんて聞いてない
9/22

1-9.

「おはようケイ君」

「やあチャッポ、おはよう」

 

 入学式から今日で4日目。こうやって、朝の校門でクラスメートとあいさつを交わしたり。ぼちぼち学園にも馴染みつつある。


「昨日『キナイア商会』から、御礼って書いた木箱いっぱいのコンビーフ瓶詰が送られてきてビックリしたぞ。しかしおかげで朝からコンビーフサンドイッチが食べられる奇跡を味わえた。本当にありがとう」

「喜んでもらえてよかったよ。ところでどう、部活決めは。数が多くて大変だよね」

「それな。ほんと悩ましい」

 

 入部届提出まであと3日。自分のペースで見たいのもあって、チャッポとミルマリとは別行動にしている。二人はおおかた決めたみたいだ。うらやましい。


 魔術や武技は、諸々迷惑をかけるのが想定されるんで避けつつ。今必要なのはこの世界と社会の知識だから、その辺を優先で回っている。


 さて、今日の放課後は───


「……え~っと『文芸交流会』はここだな」


 本を読むのが好きだ。物心ついた時からおとんおかんの蔵書を端から無作為に手に取っていたせいだろう。知らないことを知るって事実自体が、とにかく楽しい。ここなら部員の人数が多いほどに、いろんなことが知れるわけだから、きっと一石数鳥だ。


「お邪魔しま───」


 何やら、朗々と読み上げる声が聞こえてくる。俺は邪魔になってはまずいと思い、素早く気配を殺した。

 

「……『ああっ』。黒髪の彼は、僕を壁へと押しやった。背中の壁は冷たく、迫ってくる彼の体温が、余計にあたたかく感じる。彼は僕の青い髪をそっと指先に巻きつけながら言った。『お前のこの髪も、唇も……全部、俺のものにしてやる』……」

「きゃあ~っ。素敵っ。何という背徳感っ」

「二人の髪の、冷ややかな色合いに差す温度感がたまらないっ」

「ウフフ腐フ、如何ですか先輩方。即興で書いた割には上手く行ったと自負しております。いい素材があるクラスで、本当に(はかど)って」


 思わず書棚の陰で聞いてしまった。これ知ってるぞ。確か『BL』ってやつだ。おかんも読んでいたからな。個人の趣味は問わんが、これは読んでいる人間と内容が問題だ。


「それ、明らかに俺とグリオンだよな、ルミナ」

「───っ! あああ、あらっ、これはケイ様。どぉっ、どうしてこのようなところへ」

「部活見学できたんだが」

「アマリアッ。入口に『本日見学不可』の札を掛けるの、忘れていたでしょうっ」

「……ああっ。ルミナ様。申し訳ございませんっ」

 

 隙を突き、部員たちが囲む机に滑り込むと、ルミナのノートを取り上げた。


「あっ、何をなさるので……あ゛───っ!」

 

 俺は問答無用でそのノートを破いて細切れにした。


「おとんには女性にやさしくって言われてるが。さすがにこれは、俺の尊厳と肖像権において破壊させてもらった」

「ひどい、ひどすぎます」

「何て粗暴なっ。文化への冒涜よっ」


 口々にぎゃいぎゃい言い募る部員たち。俺は全く悪くない。


「それじゃあ、ルミナを題材にした修道女の物語を誰かに書いてもらうことにするか」

「そんなこと! 我らが神、ディネアミス様がお赦しになりませんよっ」

「へえ、俺ならいいのか。君らの神は差別するのか」

「う……」

「やるならもっと上手くやれよ。せめて現実との境界はつけてくれ」

 

 よし、全員ぐうの音も出させず。

 本日最初の見学大失敗。俺はでっかいため息をひとつ置いて、部室を後にした。

 少し歩いたところで、ルミナが追いかけてきた。

 

「───ケイ様っ、お待ちになって。あの、このことはどうか、皆様にはご内密に」

「まあ、あんな趣味があるのは驚いたが……君も俺のことは黙ってるだろうし、お互い様だな」

「聖姫様のご子息なのに、いぢわるですね」

 

 いつも澄ましているのに、珍しくあざとい感じで口を尖らせる。

 

「〝あんたら〟の言う聖姫は俺の知ってるおかんじゃないし。ああ、そういや初日に頼まれてた伝言、あれ無理だから」

「ええっ、何故でございますか」

「ウチの両親、俺を王都へやったあと『旅に出る』って言ってたのを思い出した。そっちで探したほうがきっと早いぞ」

 

 妙に驚いて立ち尽くしてたな。ま、俺が関係ある話でもなさそうだし、放っておこう。



 さて二つ目『功利研究会』だって。これ、結構期待してるんだが……はてさて。


「失礼します。見学に来ました」

「───っ!」


 机を囲む上級生たちの後ろ、見学者たちから鋭い視線が。ユスティだ。すぐふいっと目を逸らされる。

 

(今日はクセが強いの二本立てかあ)


 ユスティの隣しか空いていなかったので、そのまま詰める。

 しばらくして、進行役の上級生が口を開いた。


「次の議題は……『乗合馬車を魔獣が追いかけてくる。乗客が10人で牽引速度は目一杯。徐々に追い付かれてくる中、足留めするために、乗客から足の悪い老人1人を置き去りにして、他の乗客9人を逃がすべきか』。」


 上級生たちの討論が始まる。

 

「ここは犠牲になってもらうべきだ。足が悪い老人1人で健全な9人を救うほうが、当然後の利益が大きい」

「損得で割り切れるか。とても残酷な選択だぞ」

「いや。功利的には、あくまで感情ではなく結果から善悪を問う。1人で済むのなら、それこそが最良で善だ」


 いずれを選ぶか。それぞれに淡々と挙手が上がり……結論は「老人の犠牲」で満場一致だった。ギャラリーからどよめきが起きる。

 

「例えば戦場の大本営でも、判断に応用が利くな」

「もし一刻を争うのなら、最適解は常に利があるほうに寄るんじゃないか」


 ユスティは腕を組み、満足げに笑みを浮かべる。そして聞こえるように言った。


「当然よ。この世は常に合理で回る。勝者の正義は常に弱者の上に在る。それを迷うのは愚かそのもの」


 俺は反射的に、だが静かに食いついた。

 

「じゃあ、君がその〝切り捨てられる弱者〟だったらどう思うんだ」


 ふんと、鼻で笑うのが聞こえた。

 

「私は弱者にならない。それに結果が善悪を決めるって、いま話にもあったじゃない。何も聞いてなかったのかしら」

「机上の正論なんて聞いてないな。常にあるのはその現場で、できるか、できないかだけだ」


 俺の脳裏に、小さい頃の記憶が蘇った。山間で濁流に別った俺と小竜の『リル』。あの、鉄砲水が来た時……先に俺を助けてくれた母竜。その直後にリルは流されて。小さな羽根をばたつかせながら濁流に消えた、あの最期───

 

「私はできる。それが多勢のためになるのなら躊躇しない」

「いいんじゃないか。仮に君が、俺に関わる何を選択しようと、どうにでもするがな」


 ユスティが、ぐっと眉をひそめて俺を見るのがわかる。ダメだ。言うのを止められなかった。俺はどうしてもこの子にはムキになってしまう。

 気が付けば……場が静まり返り、全員が俺たちを見ていた。俺は大げさに肩をすくめて、悪びれた態度を見せた。


「いやあ、いいものを見せてもらいました。失礼します」


 廊下を歩きながら、胸に手を当てる。驚くほど心臓が冷たくなっていた。世の中には、気持ちが踊らない知識も当然あって。口先で解決を試みることも多くて。


「……うん。俺はずっと、俺が最善だと思うものを、選び続ける」


 そのためには……


 学舎の外は、赤く染まり始めていた。

 

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