1-8.
───ケイ邸・初日の夜
「え~っと、初日の交流成績は、友達2名、敵対者4名……と。うん、何なんだ、この結果」
日記をつけながら、今日一日を振り返る。2名は意図的に対戦にもちこんだが、後はわからない。さて……どうするか、どう振る舞っていくか。
書庫───おかんの蔵書らしいが、そこで見つけたこの、マッカベルっという人が書いた『君子論』。寝る前にベッドで読むにはしんどいが……
”愛されるより、恐れられるほうが安全である。しかし憎まれてはならない”
絶妙にふわふわとしたこの一節が刺さる。俺の特筆点は圧倒的な暴力による恐怖だ。山の中で一人で生きていくにはシンプルでいい。だがこれからは、特筆点の使いどころに神経を注がねばならない。
「世界は広くて、複雑だ。暗示的だよな───」
そして翌日。学園に来るなり学園長室に呼び出し。
「王室からは『不問』。ゲンフ、スザック両公爵家も、今のところ特に何も無しじゃが……ふほほ、まったく、初日からやってくれるのう」
「ごめんなさい」
偉い人は対応が早い。学園長いわく、強いて気にするほどのことではないとのことで、ひとまずはホッとした。
「つまりは、子供たちの小競り合いにそうそう大人は出て行かんということなんじゃがな。ただのう、ケイよ。お主が何者かを知られるのも時間の問題」
ジマさんは窓辺に向かって話を続ける。
「お主の規格外れな力を敬い、媚び、恐れ、嫌い……様々な思惑をぶつけてこられるじゃろう。そのときは、どうする」
「どうもこうも……俺は俺でしかないから。ただ、ビビられても憎まれないように努力したいです」
「ふほっ、『君子論』か」
「バレてますね」
「いやいや、その一節を胸に抱いておけばいい。ワシから言えるのは『友は作るな。仲間を作れ』。そんなところじゃな」
「うわ~、またふわふわしてるな」
「ふほっほっほっ。お主なりの解釈でええんじゃ。3年間、ただただしっかりと励んで、楽しみなさい」
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく」
「……ああ、そうそう。〝ミル〟とは仲良くしてやってくれ。身内びいきじゃが、いい子じゃよ」
解放。最後は食えない感じで笑った。
教室へ戻るなり、ミルマリとチャッポが慌てて寄って来た。
「どうだったの、ケイっ」
「何にもなかった。気にかけてくれてありがとう」
「でも、まだ知り合って一日なのに、こんなにハラハラする同級生がいるのって面白いよ」
「はは、せいぜい退屈させないようにしなきゃな」
俺のほうこそ二人に迷惑をかけたつもりだったが、笑顔を向けられたのは嬉しい。
「おい……ケイ」
グリオンだ。二人の間にぬっと割って入り、神妙な調子で声をかけてくる。
「何だ。結果のわかってる再戦なんかしないぞ」
「そうじゃない。頼むっ。僕を君の弟子にしてくれ」
「で、弟子ぃ?」
がばあっと跪き、俺の手をがっしり両手でつかむ。
「昨日の件で僕は、自分が如何に思い上がっていたのかよくわかってね。けれど、入学初日で君という素晴らしい人物に出会ったことは、まさに僥倖だって」
「すげー煽ったし、嫌なヤツだろ」
「あの槍を砕いて見せた時の、刹那の殺気。あの痺れるような眼光が忘れられないんだ。お願いだ、どうか僕を導いてくれっ」
手を握ったまま、キラキラした目で見つめてくる。まるで恋物語の告白シーンじゃないか。
「ウフフフ、ウフフ腐フ……」
不気味な笑い声のほうへ振り向くと、ルミナが教科書で口元を隠しながら、じっとりとした目で見ている。俺の目線に気付いてさっと態度を整えたが……なんか背筋におぞぞぞぞって来る。
どんどん距離を詰めてくるグリオンを、ミルマリがぐい~っと引き離した。
「ちょぉっと! グリオンやめなさいよっ。あたしでもそこまで熱烈に言ってないのにっ。それならあたしだって弟子になる」
「だから何でそんな流れになるんだ。そもそもミルマリ、武技をやってるのか」
「むふんっ。誰に鍛えられたと思ってるの。一番得意なのは棍技と土術。あたしも魔武両道を往く者なんだから。舐めないでよねっ」
ばあ~んと大きな胸を張る。あやうく器用貧乏って言ってしまうところだったが飲み込んだ。しかし頑張り屋さんな覇気は感じてたから、きっと学生の中ではそれなりに出来るに違いない。が……
「まず二人とも、俺の意見を聞かずに圧すのはやめてくれ」
「す、すまない」「ごめん」
「俺は君らより確かに強いが、ずっと山でバカみたいに強いおと……父親と魔獣を相手に、死線で刻み込んだもの。だから、演武の加点とは性質が違う。教えられるものじゃないんだ」
黙り込んでいたグリオンが、口を開いた。
「罵倒する意味はもうないよ。僕が君を山猿と言ったのは、その野生的な本質を見たということかも」
「ああ。言い得て妙だな」
「ふふ……そうか。気が逸ってすまなかったね。だがあきらめたわけじゃない。君に請えるよう、より自己の練磨を続けるよ」
「あたしは、二人きりになれるから。引き続きお願いっ」
「それは早いんじゃないか(嫌だ)」
「だ、だよねっ。まだ告白の返事も貰ってないしっ」
「面白そうな話をしてるな、お前ら」
アガ先生登場。どうやら入口際で立ち聞きしていたようだ。
「続きを聞きたいところだが……一旦座れ。もうホームルームが始まってる時間だからな」
先生が来た途端、素直に席に着くの不思議だ。
「知っての通り、この学園は魔術、武技を中心にさまざまな授業選択がある。だが専科だけではどうしても将来に向けて視野が狭くなりがち。その補足になるのが部活動だ」
アガ先生が書面を皆に配り始める。入学パンフにも一部あった、部活動の詳細リストだ。
「入部選択は一週間。入部後も再選択ができるから、あまり真剣に考えず自分の直感で入るのもいいだろう」
「わ~『交易交遊会』に『商用錬金部』、金融関係もある。これは迷うなあ」
チャッポめっちゃ楽しそうだな。『冒険会』なんてざっくりしすぎてわからんのもある。
魔術はできない、武技は興味が湧かない。となると俺も文科系か研究系がいいかな。チャッポに引っ付いていくのもアリかもしれない。
「掛け持ちも出来るんですよね」
ユスティの質問に、少々渋い顔で頭を撫でるアガ先生。
「可能だが……そうか、お前は生徒会希望だったな。活動によってはかなりハードだが、人間関係は卒業後の利点だからな。やって損はない」
そうなると、なるべく人数が多い部に入るって考え方もあるわけだが……うん?
「この『創部については各自応談』って何ですか」
「自分たちで新しい部を立ち上げることだ。まあ、参加人数や部費の調達など困難も多いが、やり甲斐はいちばんあるかもしれんな」
新しい部。漠然としてるし、何のヴィジョンも無いが……今のところ、これが一番ワクワクする。




