1-6.
一年生が各クラスごとに別れてぞろぞろと学園内見学へ。クラスはAからFまで六つ。さっきのユスティの話からすれば、Fは一番下ってことになるな。
俺……筆記試験を受けてないのに、インチキじゃん。チャッポも気は弱いけど、きっと勉学は優秀なんだろうな。で、今腕にしがみついてくるミルマリは……やめておこう。女子には秘密が多いのだ。
学舎外の施設を順番に見ていってるんだが、かなり広くて結構歩く。
チャッポはこの涼しい春先なのにもう汗をかいている。あちこち細かく目を光らせながら歩いてるせいだろう。さすがだが……いかんな。鍛えてやりたくなる。
「大講堂もそうだし、かなり巨大な建物が多いから、維持費が大変そうだね」
「そういう商い視点、好きだな。特殊な魔素の波長もあちこちから出てるし。設備費自体も相当だろう」
「ね、ケイって、ひょっとして空気中の魔素が〝読める〟の?」
「まあ、肌感ぐらいには」
「すごっ。じゃあさ、子供のときの魔術選択って、何を採ったの」
「何も採ってない。俺、魔術を使えないから」
「「え゛?」」
チャッポとミルマリが絶句したところで、アガ先生が、円形状の巨大な施設の前で止まった。
「ここが大演武場だ。お前らが試験を受けた演習場は授業用。こっちは主に『武技王戦』や『魔術演武会』など、来賓に向けたイベントを行う場所になる」
来賓向け……ということは、公式に技を競いあうのか。15歳から大人の部になるっておとんが言ってたから、この学園での評価が実質の王国ランクと思っていいだろう。
「はーい先生っ。中が見たいです!」
「うん……ミルマリか。見学の時間が押している。今日はお預けだな」
「ええ~、ここがいっちばん学園内ですごいところなのに」
確かに。いろいろ施設を見てるけど、ここは妙に複雑な魔素の構成を感じる。
アガ先生、つるつる頭を撫でながらちょっと思考タイム。頭にお日さまが反射している。
「ふむ。ここはお前たちの日頃の成果を発表する舞台でもあるしな。よし、手早くいくぞ」
やいやいぞろぞろ、少し薄暗い、参加者用の通用道を通っていく。この辺が競技者の控室とかになってるみたいだな。
先に差し込んでいる光のところへ出ると……そこには、広大で幾何学的に仕切られた、石造りの舞台が整っていた。
「……おお、でかい。これはすごいな」
「でっしょー。学園長自慢の大演武場。さっき先生が言ってた二大大会になると、各国の王族も観に来たりするんだよっ」
なるほど、やったら複雑に飛び交う魔素の原因は、主に防護とかセキュリティ関係ってことだな。
「アガ先生。少し演武を試したいです」
青みを帯びたロン毛の子が、何やら物申している。
「む、グリオンか。まったく、今年の一年は要望が多いな。お前、得物を持っていないのに何をやるつもりなんだ」
「槍ならありますよ、ここに」
グリオンが右手を振り出すと、そこにぶわわっと青い槍が伸びた。
「ふ~ん……よし、いいだろう。オレも『北方槍技』は興味があるしな。やってみろ」
「うお、すっげえ。もう形現できんのかよ」
「さっすが四大公爵の一角、ゲンフ家。それに……イケメン~」
アガ先生さっきから押しに弱すぎだな。
女子と男子で質が違うざわめきを覚えつつ。形現かあ。う~ん、確かに面白いんだけど……
「実戦向きじゃないんだよな、あれって」
ついぽろっと口に出してしまったのを、グリオンの視線に捉えられた。
「先生。つきましては、演武の相手をそこの彼にお願いしたいんですが」
槍先をすっと俺に向けるグリオン。むう、初対面の人間を武器で指し示すとは。この四大公爵家のやつらってみんな失礼だよな。いいとこの子なのに、普段は何を教わってるんだ。
「おいおい、それは認められん。今は安全域を展開していないんだ」
「先生、俺なら構いませんよ。どうせ当たらないから、安全もへったくれもないし」
グリオンの端正な顔が一瞬ゆがむ。
「随分な自信だね。じゃあ、やろうかっ」
突然ジャンプして演武台へ。身軽そう。ちょっと期待できるかもしれない。とりあえずやらせてみて判断するか。
しかしギルレイにしろ、相手の力量を測る能力が無さ過ぎな気がする。こういうのは技術じゃなくて肌感だからなんともいえないが。チャッポを1としたらこのグリオンは12ぐらいかな。俺は、そうだな───
「君、ギルレイを学園から追い払ったと聞いたけど」
舞台に上がるなり、身に覚えのないことを言われる。
「いいや。勝手に走り去っていったのは見たが。それより今朝がたの話なのに、よく知ってるな」
「彼は四大公爵家で唯一の同期だからね。逐一行動は見せてもらっている」
「そりゃまあ、お熱いことで」
「何か変な手品で驚かせたらしいね。学園にもそうやって入学したのかな」
「もういいから、その槍で突いてこいよ。そしたらわかるから」
踏み込み一番からの連続突き。開始合図のマナーすら無いとは。つくづくなってないなあ。
やっぱりまったく大したことが無い。適当にかわしてたら、だんだんグリオンの顔に余裕がなくなって来た。
「目はっ、良いみたいだねっ」
「毎日ブルーベリーを食べてるから」
「戯言をっ」
連突を引き、一旦後ろへ下がる。
「はあ、はあ……なるほど。不遜な態度を取るだけあるね。これほどの人間がいるなんて。君って、他所の国から来たのかい?」
「おとんもおかんも歴としたこの国の……ん~まあ微妙なとこあるけど。ただまあ、こないだまで山に住んでたから」
「山だとっ」
「いいから早く終わろうぜ。俺、次の見学に行きたいんだよ」
「くそっ、この僕が、こんな山猿にっ……北方の氷獄、今こそ我が槍先に凍気を呼び起こさんっ……」
なんかまたブツブツ言い始めた。本日二回目。
「……貫けっ、『ゲンフ三型、凍結蒼牙』っっ!」
結構大きな氷つぶてが数個束になって飛んできた。無意味な武技を習ってるなあ。流行か。
適当に手で払って、
「んなあっ!?」
さっと距離を詰めて槍を奪い取り、目の前で叩き折る。はい、戦意喪失。
膝を折り、打ちひしがれるグリオン。
「そ、そんなバカな……形現は魔術でしか打ち消せないはずだ。それを、素手で折るなんてっ」
「固定観念にとらわれすぎじゃないか。魔術だろうが鉄槍だろうが、それぞれに〝折り方〟があるだけだ。教えないけどな」
地面を見つめ続ける彼を放って、俺も真似をしてみんなのところへジャンプする。
「……っと。お疲れさまでした~。じゃあアガ先生。行きましょうか」
「う、うむ。おい、みんな先に出てろ。オレはグリオンを連れて行く」
しばらくみんなしいんとして、動かずにいたが……突然堰を切ったようにわあっと俺を取り囲んだ。
「ちょっとお前、すごすぎじゃないのかっ。グリオンってジュニア槍技王国杯で連年の優勝者なんだぜっ」
「そうなんだ。そっちのほうがすごいんじゃないか」
「素手って……武技は拳なのか」
「いや、一番得意なのは剣」
チャッポとミルマリも大興奮。
「すごかったねケイ君。あの流れるような体さばき……僕、見惚れちゃったよ」
「めちゃくちゃカッコよかった! ね、だから早く付き合っちゃおうよ」
「〝だから〟って流れには乗れんが、褒めてくれてありがとう」
やいやいと賑やかされつつ、通用道を戻っていく。
ちょっとムキになってしまって、いかんなあ。おとんがいたら絶対説教だったろうな。器量が足りんって。




