2-19.
ジェイロたちと持ちあった通信魔道具。とうとう学園にいる間で光ることはなく、無事に張り込んでいるモスと合流した。彼によると、仮面の男は昨晩から一歩も宿の部屋を出た様子がないという。
「悠長だな。……いや。おそらく通話可能な魔道具で、既にある程度の報告は済ませているかも」
「あっしもそう思いやす。向こうも尾行を恐れて動かず、今夜まで様子を見る手筈にしたんじゃねえかと」
「よし。モスはジェイロと棲み処で待機してくれ。俺は男を攫った後、合流する」
「ほ、ほんとにお一人で大丈夫なんですかい? あっしも旦那が大暴れするところは見てましたけど、静かに仕事をすんのはちょっと違いますぜ」
「心配するな。盗賊団の襲撃も、人質がいる時は静かに一人ずつ寝かせたからな。問題ない」
「ひぇ、怖ぇおかただ。あっしの寝覚めはいいようにお願いしやすぜ」
モスはおどけた調子で肩をすくめると、足早に棲み処へと向かった。
俺はしばらく建物の影から部屋を見上げていたものの……ぶっちゃけ、首が痛くなってきた。よくこんなことを丸一日続けていたな、あいつ。
「しょうがない。俺のスタイルに変えるか」
流気を足に巻き、ジャンプ一番、宿の屋根の上へ。この高跳びは、いつか『公園』の皆にも教えてあげたい技のひとつだ。
仮面の男の部屋の真上あたりにつけ、部屋の中を探る。確かに居るな。散漫な気配からしてだいぶ焦っている。「敵」のどの辺りの立場にいるやつかわからんが、昨夜の失敗は、タダでは済まないだろう。
ここからは忍耐。腕枕で屋根の上に寝そべる。ただし神経は研ぎ澄ましたまま。盗賊だろうが魔獣だろうが、狩りは相手のご機嫌次第。
二時間ほど経過。日がとっぷりと沈み切った頃、仮面の男が動いた。金髪を丁寧に撫でつけた、初老の男だ。
「……厩に向かっている。せいぜい面白いところへ案内してくれよ」
馬番から馬を出してもらうなり、腹を蹴って走り出す。俺は流気を足に集中させながら、屋根伝いに追う。山や森を駆ける時より少々着地に気を遣うが、こっちのほうがはるかに楽だ。
「王城方面に向かっている……」
半時間ほどかけ、王城麓へ。この辺りは、遠方領主の、王都滞在時の別邸がある区域。男は、そのうちのひときわ豪勢な邸の近くを目指しつつも、いったん馬を留め、周囲を警戒した。
おかげで、俺の中の点と線が、バッチリとつながった。門に彫り込まれた、珍しい虎のレリーフ。四大公爵家だけが持つ聖獣の図案だ。一瞬、このままこいつを戻らせて、邸に忍び込む流れも頭をよぎったが……やはり準備が足りない。ここは予定通りにする。
「よしよし、ご苦労さん。じゃあ……もう一度、振り出しに戻ってもらうぞ!」
【闘衣・弐】を展開、馬まで加速。そのまま男を馬上から攫い、くっと首をひねって落とす。ここまで、男も馬も何が起こったかわからないほど、我ながらスムーズな運び。
「目が覚めたらびっくりするだろうな、こいつ」
仕留めた鹿よりも軽い男を担ぎ上げ、俺はジェイロたちの棲み処を目指した。
「───……いや~、しょうがねえとはいえ、おっさんの服を脱がせるなんてことは、人生でもう二度とやりたくねえぜ」
「釈放する時、汚れ仕事をやってもらうと言っただろ」
「ある意味、殺しより嫌だぜ」
元・仮面の男を下着一枚だけにして椅子に縛り上げる。これで無力化の出来上がり。作業中ずっとしかめっ面で、人の汚物を拾うように扱うジェイロは見ていてなかなか面白かった。俺、少し加虐性があるのかも。
「モス、記録器の準備はどうだ」
「問題ねぇでやす」
「よ~し、じゃあ始めるか」
「あ、旦那は顔を隠すのを忘れちゃいけませんぜ」
「また例の女物か。もっとカッコいいのを用意しとかないとな」
付与効果も切れて、ただ色っぽいだけになったアイマスクをかぶる。俺が手で促すと、モスが音声記録用の魔装置を起動。ジェイロが男の頭の上に桶を掲げ、冷水をぶっかけた。
「───っ、んぶっ、ぶぺっ! な、何がいったい……! ああっ、お前は、昨日のっ!」
「一日ぶり、こんばんは。状況はもう察してるだろうから、手短に行くぞ、ビァッコ家の御遣いさん」
「な、何のこ───ぐぼぉっ!」
容赦なく腹に拳をめり込ませる。ひたすら悶絶する男。両腕を縛られ、殴られた部分をかばうこともできない。これだけで苦しさは倍になる。
「……ぉっ……ごぉ……」
「さっき馬で邸前まで帰ったろう? そこから攫ってきたんだ。とぼけるのは無駄だぞ」
俺は髪を引っ張って男の顔を持ち上げた。
「なぜ学園に玄晶のペンダントを撒いた?」
「…………」
だんまりか。だからどうした。
折れた椅子の脚を床から拾いあげ、躊躇なく男の太腿に刺した。殴り込みの時に散らかしたやつ。
「───! ぐぎゃああ───っ!」
「なぜ、学園に、玄晶のペンダントを、撒いた?」
「……あぐ、ぁう……何者か知らんが、こ、殺すがいい」
「あ、そう。わかった。じゃあそうしよう」
「ぎぁあ~! ……あ、ぁ……」
もう一本の、木がささくれだった脚を思いっきり腹にぶっ刺した。力任せにねじ込むやつは、鋭利なのと違ってかなり痛いぞ。
男が白目を剥きながら意識を遠のかせていくのを見て、ジェイロが慌てて叫んだ。
「だだ、旦那ぁ! 何でいきなり殺っちまうんだ! せっかくここまで引っ張ったのに!」
「ああ、心配いらん。すぐ生き返らせるから。いつもこのやり方なんだ。これでだいたい邪気は抜ける」
【聖光】を放ち、男を〝元へ戻す〟。
本来これは、軽い傷に使う魔術だ。俺はこれ一本で解呪に蘇生まで、全部やってしまう。ついでに言えば、物も直せる。おかんも呆れてたもんな。これもう教えることないわって。なぜできるのかはわからないが。
男は生き返って俺を見るなり、縛り付けられた椅子を大きく揺らして叫んだ。
「あががああっ! ぎひぇえええっ!」
「ほ、本当に生き返った! 腹の傷がふさがって……血一滴残ってねえ。どうなってんだ」
「とにかく、俺はこういうことができるんだよ。ジェイロも俺さえ近くにいれば、安心して死ねるぞ」
「なんてデタラメな話を平然と言うんだ。旦那ってやつぁ、心底恐ろしいぜ」
顔面が引きつっているジェイロとモスはさておき。しっかりと恐怖を刻み込まれ、息も荒く涙目で俺を見上げる男。ここからは素直になってくれることを祈る。
「というわけでな。俺はお前がしゃべるまで、何度でも殺すし、何度でも生き返らせる。最悪の苦痛と共にな。さあ二回目、しっかりと答えろ。お前はビァッコ家の誰で、誰の指示で、何のために学園で玄晶を撒いた?」
男は観念して、がっくりと項垂れる。そのまま、訥々としゃべり始めた。
「わ、私は、公爵家で執事頭をしている……ます。当主、タスク=ビァッコ様から、使命をう、承りました。玄晶を使い、学園で、収拾が不可能な問題を起こせ、と」
「最終的な狙いは何だ」
「学園長ジマッツァ=ピオネムを失脚させ、お、王家を支える人材の育成拠点を、根本から覆すのが目的……です」
自分の表情に余裕がなくなるのがわかった。
ブレイビオス学園は、レイアーネ女王陛下とジマさん二人の、強い思いで築き上げられた場所と聞いている。『魔王侵攻』───戦争を忘れず、平和な世の維持のためにと。そこから巣立つ生徒たちが王国の将来を担う。それを覆すなど、「反乱」以外に何て言うんだ。
軽妙が売りのジェイロも、さすがに神妙な顔つきになった。
「おいおい、ビァッコ家っていやあ四大公爵家だろうが。旦那、これはやべえなんてもんじゃない話になってきたぜ」
「わかってる。ちょっと黙っていてくれ。今整理しているところだ」
玄晶のことが腑に落ちない。まだ発見からそう時間は経っていないのに、なぜこうも邪悪な使い道を……
───! いや、違う。あの新聞記事の発見の知らせは、〝わざと〟だ。こいつらは、もっと以前から玄晶の存在を知っていた。だが、おそらくまだ扱いきれてはいない。異形の出現も偶然のような気がするし……試しているところか?
「玄晶について、いつから知っていた? それに、あの不気味な力を見つけたやつがいるな。そいつは誰だ」
「一年ほど、前です。当家の食客であ……ぇ……んぉ……」
突然、目をぎょろぎょろとさせる男。様子がおかしいと思ったその時、額にぽうっと魔紋が浮かびあがった。
「何だこれ……あっ!」
「だ、旦那! こいつ、き、〝消えてる〟っ」
足先から、黒い靄を発しながら、空気の中へと散っていく。俺はこの現象を知っている。あの、オリエンテーリングの異形の消え方と、同じだ!
【聖光】を当ててみるも、止まらない。むしろ加速しているような気がする。くそっ、こいつはまだまだ使えるってのに。
俺の焦りなどお構いなしに、男は消えていく。
やがて椅子の上に、縛り付けていた縄だけをはらりと落とし、男の存在は、この世からかき消えた。




