2-16.
中間試験終了、二日後。
1年生全員、約180名分の成績が廊下に貼り出された。まさか晒すとは思わず少し引いたが、そういうものらしい。
生徒がごった返す中、クラスメート数人がわっと俺のところへ寄って来た。
「ケイ、お前マジでとんでもないな!」
「何の話だ、いったい」
「順位表の左上! 最上位を見てみろよ!」
言われるがままに目をやる。俺より先に、隣にいたミルマリが叫んだ。
「きゃあーっ! ケイ、1位だよ! すごいっ」
……あ、本当だ。しかも家名が無いのは俺だけだから、シンプルに『ケイ』って書いてあるのがかなり目立つ。
「ケイ君ってどうなってるの? 平民なのに」
「あいつ、学園長室によく呼び出されてるじゃん。先生の贔屓で、答を知ってたんじゃねえの」
「いや、只者じゃないんだよ。部活もそうだし、ノエル様との決闘だって。お前も見ただろ……」
クラスメートの囁きが耳に届く。まあ、皆が言うのも当然だと思う。俺自身、驚いているが……これからも態度に気を付けないとな。信頼だけは一夜漬けでは作れない。
「ケイって頭もよかったんだね。つくづく非の打ちどころがなくて、感服するよ」
「グリオンそれ、褒めているのかわからんぞ。まあ、たまたまだな。前日に読んでいた本から結構出たりしてたし、運がよかったんだろう」
そう。俺からすれば、一夜漬けが功を奏してよかったってぐらい。それよりも、2位のチャッポのほうがすごいに決まっている。同じく横で見ながら、独り言のように言った。
「ケイ君、本当にカッコいい。もっと勉強しなきゃって思ったよ、君を目標に」
俺はくすぐったすぎて、聞こえなかったフリをした。
ミルマリは29位。Aクラス30人内のぎりぎり。座学はちょっと……なんて舌を出して頭を掻いている。それでも学年でこれだからな。大したものだ。
意外というか、驚きそのものだったのがラエル。何と学年最下位。しかも点数が200点きっかりという謎点数。
おそらく魔学Ⅰ、Ⅱの、二つだけの数字だろう。興味が無いものには回答すらしないのか。振り切りすぎだろ……とか思っていたら、向こうのほうでアガ先生に職員室方面へと連行されている。お説教か。かわいそうに。
そして……ユスティが3位。入試首位の彼女も、今回は伏せっていたせいもあってか振るわず。掲示から振り向きざま、ふと目が合う。俺をキッとひと睨みして足早に去っていった。その目には、涙を溜めていた。
「順位なあ。啓発のつもりなんだろうが、あまり気分がいいものじゃないな、こういうのは」
驕るつもりもない。ただ何となく、嫌な気持ちが残った試験だった。
───二日後、休校日。
俺の邸にて、ミルマリ、チャッポ、クッカと、気心の知れた面々での、ささやかながらの打ち上げパーティ。グリオンも誘ってみたんだが、公爵家ともなると、参加できるパーティが決まっているとかで遠慮された。残念そうだったが……そんな盛大なものでもないのに。背負ってるやつは大変だ。
夕刻前。全員、ミルマリの家が用意してくれた馬車に相乗りで来訪。いつも通りのバスチァンと、さっきまで俺の友人が来るって感無量で泣いていたドメと並び、俺は玄関先で出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました」
堅めに挨拶を入れると、皆それぞれに手土産を渡してくれた。ミルマリは自慢のお庭の花束を、チャッポは商会ならではの珍しい茶、クッカはたいそうな箱に入ったホールケーキを。それぞれに個性と気遣いがあふれていて、嬉しくて心が躍る。
玄関を通りながらミルマリが、ふとドメの胸に目を留めた。
「ぐう。ま、負けたっ……」
勝っていいものでもなかろうに。俺は普通にスルーした。
応接室に入ってもらい、ウェルカム・ティーを振る舞う。皆わかってくれるのか、にこやかに紅茶の香りを楽しんでいる。
「使用人として僭越でございますが、いつも坊ちゃまと仲良くしてくださり、厚く御礼申し上げます。本日は腕によりをかけて皆様をおもてなしいたします」
バスチァンが卒なく挨拶を終え、準備に入った。
家具や調度品をじいっと見ていたチャッポが、感心しながら言葉を漏らした。
「まだまだ目利きは勉強中だけど、僕でもわかるぐらい、良いものばかりが置いてある。この花瓶なんて、貴族御用達の窯元製だよ」
「なあ……もうぶっちゃけて欲しいんやけど。ケイ、ほんま何者なん? ミルちゃんは知ってるみたいやん。ウチらにも教えてえな」
クッカの真摯な問いに答えたいが……あらためて言われると、口に出すのがかなり恥ずかしい。するとミルマリが、自分が教えようかと言ってくれたので、任せることにした。
「───! ええーっ! 剣帝と聖姫って……マジなんそれ? あ、やばい。ビックリしすぎて敬称飛ばしたわごめん」
「あはは……そりゃあ退屈しないわけだ。ちょっと予想の斜め上すぎだったけど」
「でも、だからと言って付き合い方は変わらないけどねっ。ケイはケイだもん」
ミルマリの言葉に、皆してうなずいてくれる。俺は今までに感じたことがない、胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。
ドメから準備が整ったことを受けて、食堂へ。いつも独りで座る白無垢のテーブルに、活気と彩りが満ちていく。
フルーティな食前酒に始まり、華やかに盛りつけられた季節のオードブル、そしてスープへ。バスチァンの料理は、ツカミから驚きと感嘆をもって迎えられた。
「な、何これ。あたしもけっこう、両親の美食に付き合わされてるけど……もうそういう話じゃない。美味し過ぎる」
「このスープ、こんなに澄んでいるのに味わい深い。信じられない」
「あかん、おいしすぎて死にそう。ずっと舌に載せときたいわ」
続いて、魚に肉、メインディッシュ二種に入ると、もう誰も言葉尽きて黙り込んでしまった。
毎日食べている俺でも、今日の気合がハンパないのはわかる。言い換えると、いつもは飽きないシンプルさに徹しているんだろう。十年以上バスチァンの料理を食べているが、あらためて懐が深すぎる。
あっという間にデザートへ。クッカが持ってきてくれたガトーショコラに、さっぱりとした冷菓を添えて出された。
「クッカ様のご実家の菓子はどれも逸品で、いつも勉強させていただいております。今日はお持ちになられるかと思い、私のデザートは控えさせていただきました」
「こんなキレイに盛り付けてもろて。ありがとうございます~。バスチァンさん、気配りすごすぎて泣いてまうわ」
と言いながら、本当に鼻声になるクッカ。これがうちの執事の真骨頂。俺がいつまでも見習うべき大人の一人だ。
お茶はチャッポが持ってきてくれたもの。バスチァンの手で高く掲げられたポットから、鮮やかなグリーンがカップへと注ぎ込まれる。香り高く、大人の渋みが甘い菓子とよく合う。
「───いやあ~、すごかったね。もうこの邸をレストランにしてもいいんじゃないかな。商会で是非運営させてもらいたいよ」
「はは。考えておくよ。そうなったら俺が給仕だな」
「剣帝と聖姫の息子が料理を運んでくるって、どんな店やねん」
「それならあたしも雇って欲しい。住み込みで、毎日ケイのお顔を見て美味しいものを食べられるなんて、夢みたい~」
「時々だからいいんだよ。毎日これじゃ疲れるぞ」
「そうだよね。本当に……夢の体験だよ」
皆に満足してもらえて、本当によかった。
夢……か。そんな風に思える楽しい時間が、ふと差し込む日常。生きていくにはそれぐらいがちょうどいい。誰も哀しい顔をすることのない、想うことすらない毎日を───
皆で談笑している中、ドメがふっと近づいて耳打ちをした。
「坊ちゃま。『ジェイロの遣い』という者が来て、取り次ぎを請うておりますが」
「───! わかった。すぐ行く。ごめん、ちょっと外すな」
邸裏へ出ると……空はオレンジと紫のグラデーションが横切っていた。通用口そばに、見知った男が一人立っている。
「すいやせん、〝旦那〟。ボスから至急のことづてを頼まれやして」
この背を丸めた小柄な男はモス。ジェイロいち推しの斥候役として釈放した一人だ。
「何だ。話せ」
「今晩、〝例の〟依頼主と会うことになりやして。それで、立ち会いに同席してほしいと」
「……わかった。少しだけ待ってくれ」
夢の時間は一瞬にして終わる。だが、俺のこの日常が、皆の夢を支えている。強い俺が果たすべき責任で、自分で課す嫌な使命だ。




