2-12.
初めて見る鉄格子。しかも中から見るという刺激体験を満喫中。薄暗い石床に、藁が敷かれているだけ。
俺は騒乱罪と暴行罪、二つの嫌疑でここ、衛兵詰所の牢獄に入っている。嫌疑も何もその通りで、何も言うことはない。おとんいわく「前科者」になりつつある。
とにかく、うかつだった。街中は山の中とは違う。常に善人と悪人が背中合わせで、虫も殺さぬ市民と人殺しのねぐらが隣り合わせ。片方が騒ぎ立てれば、もう片方が知る。そしてそれが正しいかどうかは、法の下ににゆだねられる。殴り倒した者の勝ち、では済まないんだ。
「本当に、暴力って大したことが無いよなあ」
本当に。俺は自力で牢獄を出ることは叶わず。
最終的に釈放してもらえたのは、学園長と女王陛下の計らいだった。ミルマリとクッカが奔走してくれたらしい。あとでしっかりお礼を言わなきゃな。
滞在時間は二時間ほど。鉄格子を斬っては【聖光】で引っ付けたりして、遊びながら反省……したような気がしてたら、すぐだった。
手続きのため、衛兵詰所の一室へ通される。窓からは赤みを帯びた光が差し込んでいた。
「申し訳っ、ございませんでしたっ!」
部屋に入るなり、いきなり土下座の衛兵長。また年長者から謝られた。いつも俺が悪いのに謝られるのが辛い。
その隣。騎士の制服に白マントの、見慣れぬ女性もいきなり跪いた。
「レジクス王国第一騎士団長、レザレッテと申します。陛下の代役を仰せつかり参りました。以後お見知りおきを」
おかんが推しそうな、ショートブロンドの〝男装の麗人〟。聞けば、彼女が俺の身元を保証してくれたそうな。
レザレッテは表情ひとつ変えず、腰の細剣をゆっくりと抜いた。
「ケイ様に手錠をかけるなどという無礼を働いたこの衛兵長ですが、どう処すかについては私が一任されております。では、どの辺りが良いか、ご命令を」
「ごめんなさい、何を言ってるのかわからないです」
「身体の一部を斬り落とし、それをもってして謝罪とするのです」
「いやいや。俺が悪いのに、何でそうなるん───あ、わかった。じゃあ今すぐ戻って陛下にお伝えください。衛兵長を罰するなら、もう二度と会わないって」
「な、何と仰るっ。しかしそれでは、陛下のお怒りを収める先がっ」
目を丸くして、ふらふらと後ずさりするレザレッテ。やはり効いたか。
前に会った時の、陛下のぶっ飛んだ様子、そしてこの謎の堅物。二人から鑑みるに、このカードを切るのが一番てっとり早いと悟った。こんなしょーもないことに慣れていく自分が嫌なんだが。それに……ちょっとここで融通を利かせたいこともあるし。
「では、この件についての裁量権を俺にください。レザレッテさんが判断できないのなら、俺が今から陛下へ直談判に行きますんで」
「少々! 少々お待ちをっ!」
慌てながらも颯爽とマントを翻して部屋を出ていくレザレッテ。戻ってくるなり、ひと抱え程の大きな金属製の箱をドンッと机の上に置く。衛兵長に部屋を出るよう指示すると、箱からこぶし大の魔道具らしきものを取り出し、起動した。
「あ~、あー……こちらRGKS01-0001、第一騎士団長レザレッテだ。至急、女王陛下に取り次いで頂きたい」
「……確認完了。転送します。しばらくお待ちください」
通信の魔道具だ。しかしおかしいな。おとんとおかんはもっと小さな金属板を使っていたが……仕様や範囲が違うんだろうか。
ほどなくして、箱から聞き覚えのある声が響いた。
「レザレッテ、どうしました」
「はっ、第八衛兵詰所にてケイ様を無事〝お救い〟致しましたところ、ご本人から、この件の裁量を一任してほしいとのご希望がございまして」
「……今そこにいらっしゃるの? じゃあ代わって頂戴」
さっと通話用の塊を手渡される。気は引けるが……俺はまたここで効果的な文言を出さなければならない。
「〝お姉さん〟、先日はお疲れ様でした」
「きゃあー! ケイぃっ。まさかお声が聞けるなんて。なんて素敵なご褒美。ああもう今日は何もしたくない」
やはりこうなったか。レザレッテが凍り付いている。誰かに聞かれているなど一切お構いなしとは……。
「だいたいの経緯は、先日の学園長からの書状で察していただけるかと思いますが。この件、任せてもらえませんか。考えがありますんで」
「……わかったわ。ケイの望む通りになさって。レザレッテと代わってくださる?」
秒で決着。相変わらず仕事モードと乱調モードの切り替えがはっきりし過ぎていて、ちょっと怖い。
「今の、聞いたわね。じゃあケイ様がもういいって言うまで、そこで補佐を務めて頂戴」
「はっ。かしこまりました。このレザレッテ、必ずお役に立ちますよう、粉骨砕身で臨みます!」
「じゃあね~ケイ! どうか彼女をこき使って頂戴。近々王城でお茶しましょうね! ぜーったい時間を作るから、待っててね!」
通信終了。奇妙な間が部屋中を包んだあと、レザレッテは「よしなに!」とひざまずいた。
さて。裁量権を得たところで、俺はまず、同じく投獄されていたジェイロを呼んでもらった。
「いやあ~参った参った。王都の牢獄は日当たりが悪くて寒いねえ。冬なんて投獄イコール死刑だぜあれ……って、おおボクちゃん。あんたも聴取か───んげっ!?」
軽口を叩きながら部屋に入ってきたジェイロに、レザレッテがいきなり細剣の切っ先を近づけた。
「貴様、誰の許しを得てケイ様に話しかけている。処すっ」
「なな、何だ、この怖ぇ姉ちゃんは」
「ちょ、やめてください! そのおっさんは重要参考人なんですから」
「おいおい~、おれはまだ29だぜ? せめてお兄さんにしてくれ」
染み付いたクセか、虚勢なのか。相変わらず軽妙な態度を取るジェイロだが、レザレッテは素で殺気を出す。
「ケイ様。ひとまず喉だけ斬って捨てて黙らせようと思うのですが」
「だから聴取するんだって、今から」
俺の役に立つんじゃないのかよ。何でこんな尖った人ばっかりなんだ王城関係者は。
「単刀直入に言いまして。この男を釈放してやって欲しいんです、条件付きで」
「何と仰る。この男が関わる概要については、私にも周知されておりますが。言わば王国反乱罪です。この場で斬首でもおかしくありません」
まあ確かに。玄晶という、未知でいつ暴発するのかもわからない性質のものを、貴族の子息令嬢が通う学園でバラ撒いた。どう転んでも知らなかったでは済まない。それでも───
「今は、このジェイロみたいに裏社会に目と耳が利く、手駒が必要なんですよ。学生や官憲ではできないことをやってもらう、汚れ役が」
ふんぞり返っていたジェイロが、不服そうに俺を見る。
「おい。目の前で手駒とか汚れとか言われて、何かを引き受けるとでも思ってんのか……なあんてキレイごとは置いといて。おれたちは傭兵だ。出すもん出してくれりゃ、それなりに動くぜ?」
「こいつはやっぱり殺処分にしましょう。釈放の上に報酬など、信用のかけらもありません」
「レザレッテさん、ちょっと黙ってくれる?」
俺は手のひらをぐっと突き出し、圧をかけた。
「んぐ……失礼をいたしました」
「むしろ、こいつらには金が全てだろう。このまま野に放っても、雇い主と王国、それに俺から追われるんだ。どの方向に行っても楽には死ねない。それなら報酬で釣って生かしたほうが、建設的だ」
ジェイロはぐいっと刺しこむように、俺の目を睨みつけてきた。
「……ボクちゃん、マジで何モンだ? 言うことに胆が据わってて、ガキのそれじゃねえ」
「学生の皮を被った、暴力そのものだよ。お前らぐらいの傭兵や野盗やらは昔、何人も殺してるからな。生き死にの掌握だけなら、大したことじゃない」
心音が聞こえるほど静かな間が、数秒続く。ジェイロは不敵に口端を歪めると、ふいっと目を逸らした。
「わぁ~かった。おれの負けだ。あんたに従うよ〝旦那〟。ただ、仕事をやるなら部下がいる。おれが言うやつだけでいいから釈放してやってくれねえか」
「いいだろう。報酬は相場がわからんから、後で提示してくれ。言い値を出そう」
「うはははは! 世間知らずか〝こっち側〟なのか、いったいどっちなんだ。面白過ぎるぜっ」
爆笑するジェイロ。こいつの方こそ緊張もせず、大したヤツだ。思ったより使えそうだな。横で眉をひそめている堅物よりは。
しかし……一気に忙しくなった。この上、来週の中間テストの勉強もしなきゃならないし。そう、学生の本分は忘れちゃいけない。でなきゃジェイロの言う〝あっち側〟に行ったまま、帰ってこられなくなる。
俺は少し固まった頬を、両手のひらでほぐした。笑顔が消えないように。




