2-11.
「何だ? 何をしやが───ぐぼぉっ!」
鎖帷子の男を掌底で突き、扉向こうへぶち込む。半壊した扉から、酒とタバコの臭いがむあっと流れ出てきた。その臭気どおり、結構広いホールの中に、そこそこやんちゃそうな連中が三十人ほどたむろしていた。
「失礼しま~す。ブレイビオス学園を黒く汚す、汚物の大元はここですか?」
全員一斉に、ぎろりと無言で俺を睨みつけると、得物をつかんで立ち上がった。悪くない反応だ。
もうこいつら全員殴っていいだろう。仮に玄晶と関係なかろうが、どうせ一つや二つ、大っぴらにできない悪さはしているに違いない。俺が今、そう決めた。
一番手前、筋肉自慢な男がゆらりと近づくと、俺を目がけて大きな曲刀を力任せに振り下ろした。
「───何ィっ」
右手で止めて、そのままバキバキと握りつぶす。そして同じく掌底で突いて部屋の奥へぶち込む。二人ほど巻き込んで、奥の木の壁に突っ込んだ。
手をぱんぱんっとはたいて、残りのやつらをじっと見据える。
「とまあ、こんな感じですが。まだやるなら……命がけで来いっ!」
「「「でぁりゃぁああ───っ!」」」
掃討開始。次々向かってくるやつらを一人ずつ丁寧に、殴って蹴って叩いて突いて。褐色で煤けたむさくるしい男どもが、美しさの欠片もなく部屋中を飛び交い、舞う。ちょっと楽しくて顔が笑ってるのがわかるわ、俺。
全員伸して、武装も全部破壊したところで数十秒経過。そこへ───
「〝お痛〟はそこまでだ、ボクちゃん。随分とおれらの棲み処を散らかしてくれたなあ」
低く、妙に艶のある声に振り向けば、入口に十数人の増援。別棟から駆けつけたようだが……その真ん中、金髪ロン毛の男が、口元に軽い笑みを浮かべてこちらを見ている。
手には魔銃───魔力弾を放つ飛び道具を持ち、〝人質〟に突きつけている。
「あちゃ~……しまった」
ミルマリとクッカが羽交い締めにされて、済まなそうにうなだれている。
どうやら後をつけてきたらしい。うかつだった。
「け、ケイ、ごめん。どうしても気になって……」
「すんまへん。面白そうやとか言うてたらバチ当たった」
「感動の再会だが、お利口さんにしてくれよ。子猫ちゃんを撃つ趣味はねぇから」
魔銃をくるりと回しては、俺とミルマリに交互に向ける。カッコつけのように見えて、手先と目が良く動いている。なかなか隙が無いタイプだ。
「ふ~ん。ガキとは思えねぇツラ構えだ。油断ならねえ。よし、縛っとけ」
「ああ、少し待ってくれ。ミルマリ、ちょうどいい。ここで流気の次の段階を見せるよ」
「ちょ、ケイ、何を───」
「一瞬だからな。これが【發気】だ!」
手の平に流気を集め、掌打で放つ。ミルマリたちを抑えていた男どもの顔面にヒット。ぎゅっと潰したような悲鳴を上げて倒れた。
ボスが一瞬、眉を跳ね上げる。その隙に、俺は一気に踏み込んだ。
「───なんっ……うぶぉっ!?」
床にねじ伏せ、奪い取った魔銃を頭へ突きつけた。
「はい、形勢逆転。お前らっ! こいつの頭を撃ち抜かれたくなかったら、武器を捨てて下がれ!」
増援のやつらは全員顔を見合わせ、仕方なさそうに剣やらをガシャガシャと下へ落とす。こんなトップでも人望はあるみたいだ。ミルマリは拘束が緩んだのを逃さず、既にクッカをかばって離れている。うん、優秀優秀。
「二人はここを出て、衛兵を呼んできてくれ。俺はこいつと話をするから」
「う、うん。わかった。ケイこそ、気を付けてねっ」
「おい、そこのやつら。女子たちが無事に出るまでミリも動くなよ」
言いつけ通り、開けられた扉から二人が出ていく。確認し終えるなり、俺は銃口をボスのこめかみにぐいと押し付け、魔力を込めて魔銃を起動した。
「くっ……お前、何なんだいったい!」
「見ての通り学生だよ。ところで俺は、魔銃が使える。魔力だけはふんだんにあるんでな。俺がこのまま〝込めた〟状態で引き金を引けば、あんたの頭は形も残らんぞ」
「へっ、撃ってみろ。ハッタリは三流の悪党の専売だぜ。百戦練磨のおれにぁ通用しね───」
俺は魔銃を一発、ボスの頭上の床に撃ちこんだ。盛大な破壊音と共に、床に大穴が開いた。
「ぎひぃ~っ! ほ、本当に撃ちやがった!」
「質問は繰り返さないから、心して答えろ。お前は、どこの、誰だ?」
「くっ、聞いて驚け! スーサの最強傭兵団『熱砂の荊棘』、団長のジェイロとは、おれのことだぜ!」
「傭兵だあ? 昔に討伐した盗賊団のほうが断然強かったぞ。まあいいロン毛。玄晶を学生に配った理由は何だ」
「『ひとつでも多く配れ』。依頼人の指示はそれだけだ。おれは傭兵を集めて待機するのが仕事だ。それ以外は知らねえ」
「玄晶を持たせて学園でばら撒くよう、学生をどうやって従わせた?」
「蠱惑香だ。依頼主から渡されたもんだ。呪具と一緒にな」
この手のやつら御用達の麻薬じゃないか。クッカの知り合いの子の様子から、もしやとは思ったが。
ただ、元々術師の集中アイテムだから、扱いはかなり難しいはず。呪具と一緒とは、よくそんなややこしいものを……いや、今は置いておこう。
「学生の一人が行方不明になっている。お前らの仕業か」
「違ぇよ。ガキを殺るほど落ちぶれちゃいねぇ。ただ、〝そういう仕事〟をやる別口がいるのは確かだ。おれらも、用が済めば消される算段だったのかもしれねえ」
くっ。考えたくはない方向にぐっと近づいてしまった。こいつなりの雇われを悟った目つき、覚悟からしても、信憑性は高い。
「最後の質問だ。お前の依頼人は、誰だ」
「知らんっ。知っていても、団長の矜持にかけてしゃべるわけが───」
銃口をさらにぐりりっとこめかみにめり込ませ、魔力を充填し始める。
「───そそそんなこともあるかもっ。だが知らねえのは本当だ。会う時は仮面をかぶっていたし、名乗りもどうせ仮名。それ込みで前金は破格だった。だが、あの金の動かし方と所作、それに、漂う上質の香。貴族なのは間違いねえぜ」
いい見識だ。おかげで目星がついたな。こいつの言うことを信じずとも、依頼人がどれだけ痕跡を消そうと、貴族のほうが庶民より圧倒的に数が少ないんだから。それも金と力がある上位の貴族。事を起こした時点で絞られるなどと思っていない、傲慢なマヌケだ。
まあ、こいつはよくしゃべってくれた。プロ意識があるのか無いの微妙なところもあるが、所詮は田舎の傭兵団といったところだろう。
「ちっ、ついてなかったぜ。あとは言われた通りにやって、残りをもらうだけだったってのに」
「うまい話は裏がある。何よりお前が残念だったのは、俺がいたことだ」
「ガキは嫌いなのに、これからもっと嫌いになりそうだぜ……クソッ」
傭兵団のボス、ジェイロに馬乗りのままで過ごすこと十数分。たま~に暇つぶしで魔銃をぶっ放して威嚇したり、空気を読めずに向かってきた手下を片手でボコったり。そうこうしているうちに、ミルマリたちが衛兵を引き連れて戻って来た。
衛兵長らしき細い口髭の男は、派手にやらかした光景とあまりの検挙すべき人数の多さに目を丸くし、慌てて応援を呼びに走らせていた。
「ケイ! 大丈夫っ?」
「ああ、問題ない。ずっとこいつらに遊んでもらってたから」
「ほんま……つくづくあんた、何者やねん。コワモテのおっちゃんしばいて馬乗りになってる学生なんか、普通は見られへんで」
「だろうな。チャッポに言わせれば、『見ていて飽きない学生』らしいから」
「すまんが君、その男を離して立ってくれんか」
衛兵長が、拘束具を用意して近づいてきた。
ボスを解放して立ち上がる。しかし、その手錠と縄をかけられたのは、俺のほうだった。




