2-10.
クッカの知り合いは1-Cの女子で、ティスリカ菓子店の常連だったそうだ。学園でもクラス違えど、たまに学食でランチを同席する仲。そんな彼女を少し病的に感じ始めたのが十日ほど前だという。
「〝石〟のおかげで疲れへんとか言いながら、目の下にクマ作って。憑かれてるみたいな感じやったな。あ、シャレとちゃうで」
「最初から気になっていたわけだ」
「もらった時も、なんやモヤっとしたって言うんかな。お客さんやし、無下にできんから受け取ったけど……」
いろいろと気づくのが遅かったと言いたげな、憂い顔になるクッカ。だが、誰がこんな展開になると予想できただろう。今朝に異形を間近で目の当たりにしたばかりなのに。健気すぎる。
「ねえケイ。その子の家に行ってみない? 今日にでも早速」
そばで聞いていたミルマリから、気の早い提案が出された。
「それは……ついてくるってことか」
「うん。さっきケイの話を聞いて、どうしてもこの件が他人事と思えないの。おじいちゃんの学園だし。それに……ユスティのこと。嫌いだったけど、あんな風になった理由があるんじゃないかって」
少し迷ったが、この〝何かの時間〟が差し迫る感じ。手を貸してくれる仲間は多いほうがいい。何より、真っすぐに俺を見る瞳に気圧されてしまった。
「わかった。やっぱりやさしいな、ミルマリは」
「誰にでもそうじゃないんだから。わからないと思うけど」
「俺だからなんだろ。嬉しいよ。ありがとう」
「こんな時に限って率直!」
「ちょっとおアツいとこ悪いねんけど。それ、当然ウチも行くで。あの子の家知ってんのもウチやし」
「助かる。よ~し、じゃあ今日は部活休みで、聞き込みを頑張るか───」
アガ先生から午後休講の告知があり、俺たち三人はすぐさま王都の中心街へと向かった。
生活道具店だというその子の家へは早々にたどり着いた。しかし、勇んだ気持ちは思いっきりへし折られることになった。
「閉まってる……」
固く閉ざされた玄関扉。扉を数回叩いてみるも、返事はなし。窓を覗いても中は暗く、人の気配は感じられない。隣近所まで静けさが漂い……空振りな俺たちを、午後の陽気が白々しく照らした。
「あんたら、ここのお嬢さんの友達かい?」
お隣さんらしきおばさんが声をかけてきた。
「一昨日だったかねえ。夜中にバタバタ音がして。毎日お店を開けていたのに、急にご家族ごといなくなっちまって。ちょっと心配してるんだよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
おばさんは、不穏な空気だけを残して引っ込んでしまった。
「このタイミングで……嫌な予感しかしないな」
「ねえ、七番街のほうに行ってみない? そこで行商人と会ったって話も聞いたし」
「ダメ元で行ってみよや。あかんかったらウチの店でお茶でもして終わろ。おごるわ」
二人がタフなのに感心しつつ、七番街へ。
王城を中心に、放射状に延びる八本の大通り。その中でも七番街通りは、商家を中心に庶民的な店が並ぶ。クッカの店もこの通りにある。
彩り豊かな商品窓が街路に沿って連なる、活気に満ちた通り。道往く人々に目を凝らしながら、あてどなく歩いていく。
ミルマリがしょんぼりと、悪びれる様子で口を開いた。
「ごめんね。思い付きで言ったのはいいけど、こんなに人が多いって思わなくて。わかるわけないよね」
「いや、そんなことないで。ウチら生まれてからずっとここにおるから、よそ者はだいたいニオイでわかる。そういう人をつかまえて訊ねたらええねん。『スーサから来ました?』って。学園の制服を知らん人も多いから、興味も引きやすいで」
「クッカすごい!」
「せやで~頑張ってんで。伊達にお菓子屋の娘でAクラスにおらんっちゅうねん、正味な話が」
得意げに胸を張るクッカ。からっとした言い方が小気味よく、全く嫌味を感じない。
ほどなくして彼女は、前方の路地裏入口に立つ、商人風の身なりの男性を指さした。
「あそこで立ってる人、ええ感じやな。早速訊いて───」
「待ってくれ、俺が行く。ちょっと〝考え〟があるんだ。俺が合図するまで、絶対近づかないでくれ」
二人をその場に強く留めておく。人を見れば泥棒と思え、なんていうのは世知辛いが、その手のニオイは俺も鼻が利くほうなんだ。
一見、品よくこざっぱりとした印象の男だが、人間、そうそう内なる下品は隠せない。
「すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「……何だ〝学生さん〟。誰かと間違えていないか」
俺はこの〝返し〟に、クッカの優秀さを思い知った。
「スーサから来ましたよね?」
「───! ちっ」
男は問いかけを聞くや否や、火が点いたように走り出した……が。路地裏の真ん中あたりまで行ったところで捕まえ、後ろ手にして石畳に組み伏せた。
「何をするっ。離せっ……くそ、ガキなのに、なんて力だ」
「なぜ逃げるんだ。取引をしようと思って来たのに。あんたが持っている、玄晶のペンダントについて」
「───! なぜ知っている?」
反応が大当たりすぎて、笑いがこみ上げて顔がゆがむ。俺は男を仰向けにひっくり返し、胸倉をつかんで締め上げた。
「女の子に聞いたんだよ、あんたからもらったってな。結構な数を撒いてるみたいだが、あれをタダで配るなんてどうかしてる。俺がもっといい金に換えてやるよ。あんたが受け取る報酬以上に」
「……と、とにかく放せ。オレだけじゃ決められんっ」
いい具合にハッタリが効いたようだ。男を解放し、ひとまず石畳に座らせた。
「夜だ。暗くなってからもう一度ここへ来い。そしたらボスのところへ連れて行ってやる」
「ダメだ。今すぐ連れていけ。でなきゃ、ここで部分的に死ね」
俺は【斬撃型】を右手から振り出し、その紅蓮の気を発する切っ先を、男の左目の下にじりじりと近づけた。
「さあ~片目が死ぬぞ。男前が売りみたいだが、隻眼好きのマニアもいるだろうからな」
「ぃいいいいやめろ、わかった! 連れて行く! 殺気が……と、とんでもないガキだ。坊ちゃん嬢ちゃんしかいないんじゃなかったのか」
俺を〝本物〟とわかって、結構なことだ。この手のやつらの扱い方は、おとんと盗賊アジトを何度か襲撃しているから、お手の物なんだ。学園の仲間にはとても言えない、これ以上のことも含め。
ミルマリとクッカには悪いが、このまま勢いで行く。
男を歩かせ、路地裏から出る。時折、背中をどんっと小突いたり、
「わっ!」
「ひぃっ?」
大きな声を出したりして、〝小さな恐怖〟を持続する。普段暴力に縛られている人間ほど通じるやり口。
それなりに距離を歩いたので、道中暇つぶしに、いろいろ聞き出すことにした。
「お前が指輪を渡した女の子はどうした」
「? だ、誰のことだ」
「……質問を変えるか。何人に、いくつ配った?」
「24個、11人だ。そのうち女が9人。だからお前の言うやつが誰なのか、わからん」
「全部、学園の生徒か」
「そ、そうだ。詳しいことは知らん。おれはただの〝配り役〟で、言われた通りにやっただけだ」
11人に20個以上も……くそっ。優秀な学園生徒のはずなのに、知らないやつから宝石を受け取り、さらに配る役など。何でそんなうかつなことになったんだ。もっとも、根本的な疑問は他にあるが……
十数分ほど歩いて八番街へ。男は周囲に人気が少ない辺り、石造りの二階建ての前で立ち止まった。扉際に立つ、ガタイのいい鎖帷子の男がこちらに気付いた。
「よお、ご苦労だな。その後ろのガキはなんだ」
「こいつは……───きゅっ?」
首根っこをつかんで気を込め、案内の男を気絶させる。そして、おとんがかつて、殴り込み時によく使っていた〝挨拶〟を真似してみた。
「こんにちは! ハウスクリーニングです!」




