2-7.
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[ ᛒ → ᚢ → □ → ᚦ → ᚠ → ᛉ ]
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羊皮紙に描かれたたったの一行を、5人全員で囲んで覗き見る。
「ルーングリフ……魔紋学で使う文字だ」
「問いとしては、この□部分を埋めろということだね」
「うわあ……ウチ、一番あかんやつや」
アガ先生の説明が始まる。
「見ての通り、それが〝最初の〟謎かけだ。各班、出題が違う。それぞれに解答を導き出せば、魔道具であるその羊皮紙に地図が浮かび上がり、〝入るべき森の入口〟が点灯する。答えは指先で描き込───おいおい、誰だいきなり解いたのは」
別班が手にする地図が、ぱあっとまばゆく光っている。もしやと思うまでもなく、ラエルのいる班だ。
「面白ぇ趣向だけどよ、問題簡単すぎかねえかこれ」
「ねえ見て森のほう。光っている木があるわ」
「あれが僕らの入り口か。早速入ってみよう」
次いで別班も光った。ユスティがいる班だ。
「……さっさと行きましょう」
二班、それぞれ光る木に向かって歩き出す。頭脳系はスタートダッシュがいいみたいだが……アガ先生とジォノ先生の楽しそうな顔を見る限り、一筋縄ではいかなそうだ。
「うわ~次々向かってる。何気にプレッシャーを掛けあうようにしてるの、や~らしいよね~」
「ごめん、お菓子あげるからみんなで考えて」
「まずは文字の意味だな」
「それなら───」
〝 ᛒ 始まり
ᚢ 力
ᚦ 挑戦
ᚠ 財
ᛉ 守護 〟
チャッポの説明を、クッカが拾った枝で地面に書いていく。
「全部で24文字だったね。それで、なぜこの5文字が問いに使われているのかを考える……と」
「グリオンはこういうの得意なのか」
「はは。残念ながら、武家だからね。魔槍に刻まれた付文を読む時ぐらいかな」
「ねえねえ、これって矢印の流れでみると〝人生〟って感じしない?」
ミルマリの意見に、皆がおお~と声を上げた。
「なるほど。そうすると、始まり、力と来て、挑戦に至るまでに経ることと言えば……」
「おそらく〝成長〟───『ᛞ』だ」
「描いてい描いて!」
指先でルーングリフを描くと、羊皮紙が光り輝き、褪せた緑が一面に広がる地図が浮かび上がった。
「ミルマリ、お手柄!」
「むふんっ。これで脳筋返上ねっ」
「ちゃうで。栄養がお胸に集まりすぎてるねん」
「よし、あの光っている木に向かうぞっ」
周りを見回すと、俺たちが最後だった。しかし誰もが楽しんでいる。そのほうが大事だ。
門構えのように光る木と木の間に入ると、僅かな木漏れ日を頼りに、細い道が続いているのが見えた。
ひとまず地図で現在地を確認する。
「Πがこの入口。◎がチェックポイント、×が最終地点。この辺はオリエンテーリングの記号通りだから……」
「とにかく◎を踏破すれば、次の道と行き先が示される。面白くなってきたねっ」
皆、当たり前のように受け入れているが、この森……かなり不自然だ。道の枯れ葉はまばら、乱暴に突き出た根は見当たらず。何より湿気が肌に触らないし、土のにおいが薄い。まるで〝最近植えられた森〟のようで、年月を経た鬱蒼とした感じがしない。
先生は魔獣の心配は要らないと断言していたし。これだけ整然とわかりやすいのなら、ポイントまで道の外を突っ切っていけば早いんじゃないかと思ったものの……その浅はかさは、最初のチェックポイントでひっくり返された。
「分岐だ」
地面に埋め込まれた、チェックポイント記号そのままな◎の円盤。それを起点に、5本の小道にわかれている。
「こういう時は端から順に詰めていくのがセオリーよねっ」
「待ってくれ。念のために印を立てておこう」
グリオンは小さな槍を形現すると、各道の始まりに一本ずつ刺していった。
「先輩から幻惑のタイプを聞いていたんでね。通ったものから抜いていけば確実だろう」
「ありえるな。何が仕掛けられているかわかったもんじゃないし」
全員うなずきつつ、右端から順につぶしていくことに。
一本目はわりと短い距離ですぐに行き止まりになった。引き返して二本目、三本目と繰り返し……結局、全ての道は続いていなかった。
チャッポが気付いたことを皆に話した。
「どの行き止まりにも大きな石が置いてあったよね。あれが魔装置だったとしたら、合計五つ。ちょうど一人ずつに対応してるなんて、どうかなこの考え」
「ベタやけど、アリやな」
「じゃあチャッポはここに残ってくれ。接触が必要かもしれないから、この石に座って」
「え、りょ、了解」
不安げなチャッポをさっさと放り、開始地点へ。四人で適当に残った道それぞれに当たっていく。自分の分担の石に座り、木漏れ日の向こうの空をぼんやりと窺っていると、どこからともなくミルマリの大声が響いてきた。
「みんなぁ~っ! こっち、道が続いたよぉ~!」
チャッポ大正解。開始地点に再集合し、ミルマリが選んだ道へ。地図にも新しいチェックポイントが出現していることで、間違いはない。こういう類の魔術の仕掛けがこれからもあるのだと、あらためて皆で理解する。
そうだ。こんな風に5人班になっている意味がある。チームワークが試されているんだ。ダメだな俺は。最終的に独りでもどうとでもするなんて雑な考え方は捨てないと。せっかく『公園』までやっているのに。
順調に歩を進める中、次のチェックポイントではまた行き止まりになった。突如現れたひと部屋ぐらいの円形の間。頭上に木々の枝は無く空が開け、光が降り注いでいる。そして真ん中には細長い石柱が立っている。
今回はどんな仕掛けか、まったくわからない。右往左往する俺たちをよそに、しれっと突っ立つ石柱が、どこか苛立ちを煽る。
「ねえケイ。魔素の流れとかでわからない?」
「入ってからずっと探ってるんだが……この森は魔素の濃度がかなり高い。それが細かい魔素の行き来を全部覆ってしまっていて、うまくつかめないんだ」
「そういう風に作っているってことだろうね。ちょっと悪意を感じるよ」
あちこち検分していたものの、一人、また一人と座り込み……森の音を遠くに聞きながら、静かな時間が流れ出した。
ほどなくして、グリオンが雑談をふってきた。
「そういえばケイ、ギルレイが復学したんだ。三日前だったかな」
「誰だっけそれ」
「君が入学式の日に追い払った相手だよ。僕も久しぶりに会ったんだけど……何だか、以前よりも輪をかけてとげとげしくなっていてね」
「あの時、思いっきり矯正してやったのに。まあ元気ならいいんじゃないか。そうだグリオン、ひとつ訊きたかったんだが……お前らって武技を展開するとき、何であんなにたいそうな口上を入れるんだ」
「ひとつの作法だね。王家と護国司である四大公爵家は、独自の武技や魔術を公で披露する時に、格式ある文言を発するように取り決めてね」
ミルマリが身を乗り出すようにして、話に入ってきた。
「『魔王侵攻』が終わってから武技王戦でやり始めたんだよね。技の応酬よりも、威厳や華やかさで魅せることが大事って風潮になったって」
「彼女の言う通りだ。各国のゲストも観戦に来るからね。平和の象徴として、血生臭い競い合いより〝演武〟が重視されるようになったというわけさ」
「へえ。随分と上っ面なんだな。それなら役者になればいいじゃないか」
「僕も君に打ちのめされてからは、そう思うようになったよ。武の道を違えているとね」
「あたしもアレ嫌だなあ。ビァッコ家でしょ、先導しているの。グリオンにば悪いけど……四大公爵の長だからって、貴族家は全部必須にしようとか、バカじゃないのって思っちゃう」
「まあまあ、お菓子でも食べようや。魔道具ポットがあるから、美味しいお紅茶も淹れるで」
クッカが荷物袋を開けて、いそいそと用意し始める。狙ってか天然かわからんが、いずれにせよ彼女の気配りで、何となく漂っていた毒気が抜けたような気がした。
紅茶の茶葉はキナイア商会から仕入れているそうだ。あらためてチャッポとクッカは、親の商家同士の交流を含めて仲がいい。 木製のティーカップから湯気と共に立ち上る花のような香りに、皆笑顔でほっこりとする。
おかわりなどをいただきながら、かれこれ一時間以上。誰もそう焦ることもなく、適当に雑談しながら過ごしていると……うとうとしかけていたチャッポが突然、がばっと起き上がり、目をこすりながら俺の背中を指差した。
「ケイ君の後ろっ! 道が開けてるっ」
「何……お、本当だ。いつの間に」
「あーっ、見てこの石柱っ」
石柱の影が、開けた方向を指している。なぜここへ来て頭上に空が開けていたのか。皆、今になってやっと理解した。
「時間経過が鍵か。急いては事を仕損じる……か。忍耐を強いる場だったのかもね」
「手を変え品を変え、よく考えるなこれだけ」
根が張りそうになった腰を上げ、いそいそと荷物をまとめ始める。
「せやけどこれ、日時計みたいなんやったとして、もし間に合わんかったらどないなってたんやろ」
「失格?」
皆して言葉を飲む。のんびりしていた気が、今のひとことで締まった。
さぁて次は、どんな仕掛けで楽しませてくれるやら。楽しいものである保証は無いが。
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※1 ルーン文字は、実際の意味から便宜上、限定しています。
※2 オリエンテーリング記号はここで表記できないため、実際と異なります。
以上、ご了承ください。




