2-5.
「チャッポ、ちょっといいか」
女王陛下とのひと騒動の翌日。俺は休憩時間にチャッポを連れ立って、学舎中庭の人気のないところまで来た。
「どうしたの。あまり誰何に聞かれたくない話っぽいね」
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
革袋の中から、例の黒い石を取り出し手渡す。チャッポは神妙な顔で数秒ほど眺めた。
「これ、ひょっとして『玄晶』? よく手に入ったね」
「その通り、さすがだな。で、手に取ってみて、何か感じないか」
「波動のことなら、魔力が低い僕ではちょっとわからないなあ」
「直感的でいいんだ。例えば商家の息子として、とかな」
チャッポは玄晶を光に透かしたりしてしばらく見まわしたのち、俺に返した。
「う~ん。あえて言うなら、ワクワクしないね。僕は宝石の原石とか見るのが子供の時から好きなんだけど、なんかこう、いいもの! っていう感じが無い……あ、ごめん。言いすぎちゃった」
「いやいや。すっごい言い得て妙だと思うぞ。俺も言葉は違うが、同感だから。しかし……その様子だと、まだキナイア商会では取り扱っていないのか」
「うん、それがね。実は、ちょっと困ったことになってるんだ」
眉尻を下げ、うつむき加減で話し始めるチャッポ。
聞けば、南部の辺境領で見つかった玄晶の新鉱山三ヵ所全て、既に別の商会が採掘権を抑えてしまっていたという。
俺たちはベンチに腰を下ろし、話を続けた。
「それは王国法的には独占禁止に当たるんじゃないのか」
「今回は領法が優先されるんだ。見つかった辺境領スーサは元々産業に乏しく貧しい地域でね。特産ができた時はその裁量を領主に一任するって約束が、王国と取り交わしてあったって」
「スーサにとってはいい話だな。キナイア商会としては残念だったろうが、まあ誰が悪いって話でもないし」
チャッポは口をへの字に曲げ、不服そうにした。
「でも、納得いかないんだ。父さんは詳しく話してくれなかったけど、専売までの手際が良すぎるって。スーサの出入り商人じゃないらしいのに」
「商会仲間じゃないのか」
「新しく立ち上がったばかりみたいなんだけど……父さんも、こんなに不明瞭なのは腑に落ちないってこぼしてた」
新発見と新興事業、果たしてどっちが先なのか。このタイミングで示し合わせたようで、見えるものは少ない。どうにも、ザワザワする。
その胸騒ぎが変則的に現れたのは、チャッポと話してから二日後だった。
「今日は随分と少ないな」
放課後。『公園』の部活で大講義室に集まったのは、なんといつもの半分ちょい。ただ、原因はだいたいわかる。
一年生はクラスごとに順次オリエンテーリングに入っている。俺たち1-Aも明後日だし。そして再来週は中間テスト。その辺りだと思うんだが……
「単純に、セラフィナ様がお休みしてるからじゃないの?」
ミルマリ、大正解。それ目的の人、やっぱり結構いたんだなあ。軽くショック。
「出入り自由の掛け持ち部とは謳ったものの、ここまで減るとちょい寂しいな」
「あたしはこれぐらいのほうが、落ち着いてできるからいいかな」
「そうか……じゃあミルマリの他、循環が安定している人たちを中心に、次の段階に行くか」
───と。静かな大講義室に、ドタドタと鈍くも慌ただしい足音が響いてきた。扉を開けて勢いよく入って来たのは、チャッポだった。
「どうしたんだ、そんなに血相を変えて」
「はあ、はあ……ケイ君っ。ちょっとこれを見てよ」
チャッポは顔中汗でいっぱいなのもお構いなしに、ポケットから布に包んだ何かを取り出して、開けて見せた。銀細工のペンダント・トップ。その真ん中に、闇夜のように黒い石がはめ込まれている。
「綺麗に加工してあるがこれ、『玄晶』だな」
「やっぱりわかるんだね。クッカから借りてきたんだけど、くれた友達もそう言ってたって」
「友達? もらった?」
情報がつかめなさすぎて、ついバカみたいに言葉を反復してしまった。
「あ~! 玄晶って新聞で話題のやつでしょ。見せて見せて!」
「本物なのか? おれも見たい」
「私も~」
ミルマリのひと言を皮切りに、学年クラス関係なく、わあっとチャッポの周りに集まってきた。しかし、もみくちゃになるかと思えば、皆おとなしく遠巻きに見ている。
「それか? なんか思ったより地味だな。黒だし」
「台座はちょっと安っぽいね」
「僕これ、同じものをクラスの女子から勧められたよ。『新発見の石で、身に着けると力が湧いてくる』から試さない? って」
「クッカがもらった子と同じだ」
チャッポがびっくりして食いつく。俺も気になって訊いてみた。
「その子は誰から手に入れたとか言ってなかったか」
「七番街辺りで偶然出会ったって。スーサから来た行商人だとか」
「───!?」
俺とチャッポは、思わず顔を見合わした。
「ケイ君……」
「ああ。どうにも面倒くさいことになってきた気がするな」
「───へいへい、ちょっとご免すらぁ」
集まった皆の後ろから、呑気な調子で誰かが分け入ってくる。ラエルだ。
文机の上に置いたペンダント・トップを手に取るなり、眉をひそめて観察を始めた。左目に掛けた単眼鏡が、ぽおっと青く光っている。
「……へえ~。これが噂の石ねえ。随分とへんちくりんだ」
「どうだ天才。何かわかるか」
「おう。今『微視の世界』っていう、オレ様のオリジナル魔術で見通したんだけどよ。確かに、オレが知る限りの鉱物組成じゃねえ。っていうか、〝逆〟だな」
「逆?」
「構造的に、波動を出すんじゃなくて吸うタイプってことよ。こいつ自体スカスカだからな。ただ……今ちょっと魔力を流してみたけど、吸わなかった。愛想の無ぇ石だぜ」
ラエルはひと通り検証を終えると、ペンダントをチャッポへ返した。
そして単眼鏡の位置を整えつつ、不穏なことを言い放った。
「ここにいるやつらには言っとくけどよぉ。それ、身に付けねえほうがいいぜ。こんなもんで力なんて湧かねえ。むしろオレの天才的勘から言って、〝やべえ〟」
「やべえって、何だよ」
「結論。そいつは鉱物じゃねえ。『未分類の何か』だ。なのにオレ様の研究意欲をかきたてねえ。変なやつだぜ」
ラエルはそれだけ言うと、席に戻ってまた流気の瞑想を始めた。パチパチと弾けるような、独特の気の表情を循環させながら。集まった皆も、併せて席へと戻っていく。うん、今日の参加者は全員真面目。
「未分類の何か……か」
魔術院でも検証で意見が分かれていると、陛下も言っていた。王国としても判断がついていない得体のしれないものが、密やかに学園へと忍び込んでいる。
ラエルいわく「やべえ」。なのに、パズルのピースを集めるところから始める難解なイベントに、ちょっとワクワクしている俺がいる。
良くない方向へ転がると、後でわかったとしても───




