2-4.
レイアーネ女王、学園長と共に学園長室へ。何かいろいろと大切なお話を俺にしてくれるそうだ。大人たちはそうそう子供に関わらないんじゃなかったっけ。どういう過干渉なんだろう。
大演武場から白昼堂々と、何の目隠しも変装も無しで学舎へ向かって歩いていく三人。特に一名、どう考えてもおかしいので、道すがら訊ねた。
「あの、レイアーネ女王陛下」
「さっきみたいに、お姉さんって呼んで。ケイは特別だから」
「じゃあ、お姉さん。こんなにお姿が丸見えなのに、なぜ、誰も騒がないんでしょう」
「『隠影の薄衣』という光魔術じゃ。今、周りからは〝レイ〟だけが見えぬようになっておる」
「ちょっとおじいちゃん。説明を取らないで」
「お主こそ、年甲斐もなく『お姉さん』などと。お二人のご子息に甘えるでないわ」
「いいわよね~ケイ。あたくしも〝セラ〟に流気を教えてもらってから、毎日すっごく若返った感じなの」
「確かに、とてもみずみずしい気勢を感じますね」
「いやん、もう、かわい過ぎるぅっ」
学園長と俺の間で露骨にくるくる表情を変えては、何かにつけて俺をハグしてくる陛下。加速的に崩れていく国家元首の威厳。繰り返しになるが、この人は女王陛下だ。あのセラフィナの母親で、俺のおかんとあまり変わらない年齢だ。
しかし、流気をもう自然循環させているのはすごい。学園長と同じく、その辺りの感性に突出している。
陛下はふと立ち止まって、俺の両肩をがっしりとつかみ、真っすぐ見つめてきた。
「あのね、ケイ。あたくし『魔王侵攻』の時、ケン様に仕えて一番がんばったの。当然、ケン様の寵愛を一身に受ける権利があるわけ。だからケン様の秘蔵っ子であるケイは、あたくしの胸いっぱいの愛を注ぐべき相手なの。わかる?」
「微妙に支離滅裂でわかりません。何より、お子さんが二人いらっしゃるじゃないですか」
「あたくし、プリンが大好きなの。フロランタンも大好き。二つ並んだら当然どちらもいただきます。順番が違うだけ」
「……行きましょうか。午後の授業に遅れそうだし」
考えるのをやめることにした。王都クセモノキャラ、現在ダントツ首位に確定。
軽く疲れを感じながら学園長室へ。ソファに掛けるなり、陛下の側近二人がどこからともなく現れ、後ろに付いた。変な気配がずっとついてくると思っていたが……それなりに腕は確かなようだ。
陛下は先ほどまでと真逆の、国家元首たる公務のお顔に変わる。同時に、背筋を正すほどに部屋の空気がピリッと張り詰めた。
「さて、ここからは真面目に致します。先週、急遽セルマ様がご来城なさって、これをあたくしに託されていきました」
側近がすっとテーブル横に立ち、小ぶりな宝石箱を置く。蓋を開けると、そこには箱と似つかわしくない、粗削りな黒い石が二つ入っていた。
「王国南部で見つかった新種の鉱石で、最近、魔術院から正式に『玄晶』と名付けられたものです」
「例の地震で現れたやつじゃな」
「俺も新聞で読みました」
「なら話は早い。現在三ヵ所の断崖でこの鉱石が発見されていますが……おそらく南部一帯にもっとあるはず、というのが竜帝アルカナ様のご宣託だそうです」
セルマにアルカナ様。俺が慣れ親しんでいるご近所さんの名が、二人にも周知だったとは。しかも神妙で深刻な雰囲気の話になっている。
俺は場違いなんじゃないだろうかと思いつつも……この玄晶なる石、妙に気になる。
「手に取ってもいいですか」
「構いません」
採石で割れたもの、そのまま。それ以前に何だろう……この石、かなり〝変わっている〟。
「いかがかしら。何か感じるものはございましたか?」
「率直に言いますと不気味ですね。どんな石っころでもそれなりに活力を感じるはずなんですが、何にも感じない」
俺の感想を受け、同じく手に取る学園長。
「ふむ……確かに、波動ひとつない。まるで死んでいるみたいに静かじゃな」
「あたくしもそう思います。ところが、魔術院では意見が分かれていましてね。まだ未知数ですが……他の鉱石よりも魔素との親和性が高いとの報告もあるのです」
「意見が分かれるということは、検証した際に結果が出たり出なかったりってことですよね」
「それは不可解な話じゃのう。調子で変わるなど、生き物でもあるまいし」
「そう。あたくしもこれ、あまり気分がいいものではないの」
陛下が手で合図をすると、側近が小ぶりな革袋を二つ用意して、それぞれに石をしまい込んだ。
「これを二人にも渡しておきます。いろいろ試してみて、気付いた点があったら報告を」
「ワシは専門外じゃが、構わんのか」
「俺なんてただの学生ですよ」
「おじ……ジマッツァは、あなたなりの伝手で調べてほしいということ。凝り固まった魔術院以外で、多角的な見解が欲しいのです。そしてケイ、あなたに渡すのは、アルカナ様のご意向だそうです」
「ええっ、何で俺?」
「生物の頂点にて最古の叡智である竜帝のお考え。あたくし達はそれに準ずるだけです」
淡々と格付けされるご近所さん。確かに尋常ではないお方だとは思っていたけど、こうまで修飾語が連なると、次に会う時にどんな態度で話しかけたらいいかわからなくなる。
革袋を握ったまましばらく考え込んでいた学園長が、口を開いた。
「あいつの行方はわからんままか、ソルサールの」
「ええ。こういう時、一番心強いんですけれども」
「そのソルサールと仰る方は?」
「『魔王侵攻』の時、ワシやレイと合わせて『三臣』などと呼ばれておった内の一人でな。こと魔術の研究において比肩する者がおらんとされておる」
「戦争の後、王国魔術院長の座を用意したのに、行方をくらましてしまいましてね」
「探求が好きなくせに放浪癖のある、自由なやつじゃったからのう」
もう一人の「偉い人」か。
学園長の口ぶりからして『三臣』なんて定義づけられて数えられることが、あまり誇らしくない感じがする。そうすると放浪癖がある人なんて、なおのことしがらみを持ちたくないのは、わかる気がする。
午後のお知らせチャイムはとっくに鳴り終わった時間。ようやくの解散となったところで、二人が俺に頭を下げた。
「ケイ、突然の来訪で迷惑をかけましたね」
「午後の授業も終わりの頃合いじゃな。済まぬことをしたのう」
「いえ、大事なことだと思いますし……両親が教えてくれなかった色々を知ることができて、良かったです」
「んもう───っ! いい子ちゃん過ぎるぅ」
陛下、最後にまた素に戻って熱烈ハグ。
「聞き忘れていたんですが。セルマは元気でしたか」
「ええ。『人化』でお会いした限りだけど、相変わらず美しいお姿で。そうそう、今はご両親と一緒だっておっしゃっていたわ」
「そうなんですか。彼女が一緒なら安心……あれ。そうすると、当然さっきの『玄晶』について両親も知ってるのか」
「そこ。あたくしもちょぉ~っと気になったのよね。何か隠しているような」
「やめんか。仮に何かあったとしても、まだ話すべきではないとされておるんじゃろう。セルマ様がきちんと言伝してくれたことがその証左じゃ」
「ん……ごめんなさい。だって寂しいんだもの」
口を尖らせる陛下。この百面相もだんだん慣れてきて、かわいく思え始めた。
しかし……おとんとおかんは、何かを〝わかっていて〟、俺を学園に放って旅に出たことになる。気にはなるが、ここは学園長の言う通り、座して待つところなんだろう。
学園長と一緒に、正門まで陛下をお見送り。ゴージャスな馬車ではなく、白馬にまたがって凛々しいお姿でのお別れ。
「じゃあ二人とも、さっきの件、ぼちぼちにお願いね」
「うむ、しばらくは密に連絡を取り合いたいのう。些細なことでも」
「連絡員を立てるわ。あ、ケイはいつでも王城へ遊びに来てね。衛兵たちに周知しておくから」
「過分なお心遣い、ありがとうございます」
陛下はにこやかにうなずくと、馬の腹を蹴り、側近たちとともに早駆けていった。
戻る道、白亜の学舎を眺めながら、ふと物思いに耽る。
特殊な時間が、学生としての時間───クラスのみんなと過ごす時間を削っていることに少し寂しさを感じる。だが、これが俺の〝流れ〟なら、しょうがない。やるべきことをやるだけだ。できる限り広く、大きな視点に立って。
革袋の玄晶を握りしめる。とりあえず、俺なりに聞き込みを進めていくか。聞くならまずは……




