1-2.
「お帰りなさいませ、坊ちゃま。随分とお早いですな」
「ただいま、バスチァン。いや、〝帰らされた〟んだよ」
王立学園近くで、おとんとおかんが借りてくれたっていう別邸へと帰ってきた。まだ午前中なんだが。
まあ、試験は続きが騒々しくて出来ないし、校舎の床はぶち抜いちゃうし、全裸女子からヘンタイ扱いされるし。学園長も「ひとまず〝合格〟にしておくから、後日に落ち着いて」ってことになり。何かいろいろ言い含められながら帰らされて今に至る。まあ床とかは直しておいたから、そこは気兼ねなく。
「坊ちゃま、全身ホコリだらけではございませんか。お怪我など」
「ないない。……って、そういやここ1年ほどは、おとんのシゴキでも怪我したことないな」
(おうおう、ますます超越……いや、立派に育って。おとんは嬉しいぞ)
以前、変なこと言いかけて言葉を濁してことがあったな。何だよ、「15歳は大人入り、普通の暮らしを頑張ってみろ」なんて言いながら、何もかもおかしいんじゃないか。俺はそこまで無学じゃないぞ。絶対面白がってるよなあの夫婦。まったく。
「ケイ様、湯浴みの用意ができました。今日はやっと大浴場が整いましたので、そちらでどうぞ」
「え、それはテンション上がるな。ありがとう。早速行ってくるっ」
バスチァンは20年近く両親に仕えている執事。マナーと料理において比類なき者といわれている。マナーは今まで使う場がなかったからよくわからんが、料理はめちゃくちゃウマい。おかんのと比べるとハッキリわかるからな。あんまり言うとおかんがすねるからいつもは黙ってる。
脱衣所に〝警戒しながら〟入る。よし、居ないな。
ささっと裸ん坊になって浴場へ。うわ……池みたいな風呂だな。どうやってお湯入れ替えするんだよこれ。
身体をきちんと洗って……ここまで来れば大丈夫だな。
じゃあ早速、贅沢をさせていただきます。
「……ああ~、気持ちいい」
どっぷり肩まで。無駄な疲れがみるみるうちに溶けていく。
おとんとおかんが以前どういう立場で、どんな生活をしていたのか。物心ついた頃からログハウス生活だったせいで、このお屋敷があちこちピカピカしてるのは引いたが。こんなのを王都で持ってるってことは、学園長が言ってたようにそこそこ偉かったのは間違いないんだろう。
王都を離れたのは「人づきあいが面倒くさくなったから」って。まあ何となくわかる。俺もたまに山麓の村に行ったときは、同い年の子らと何を話していいかわからなかったし。
それより……あの女の子の件、何とかしないとな。一度バスチァンに相談してみ───
「ぶばぁあ───っ!」
「うぉわ───っ!?」
侍女のドメが、派手に湯面から水しぶきを上げて登場。やられた。毎回、俺でさえも気配を察知できないのが恐ろしい。
「ドメっ! 風呂の世話はマジでもうやめろってあれほどっ。しかも裸なんて……知ってるだろ、ウチの家訓っ」
「ふっ。よく見てください坊ちゃん」
「え……あれ。何それ、下着?」
「これは王都最先端の繊維技術で作られた『水着』と呼ばれるもの。排水性と乾燥にすぐれ、水陸いずれの活動もスムーズにできるという……」
「いやウンチクはいいから。でもすごいなそれ。大事なところが全部隠れている」
「でしょう? それに伸縮自在でほら、わたしの爆乳もこの通りっ」
不敵に笑いながら、スイカみたいな胸をビタンビタァンッと振り回す。
俺は反射的にのけぞった。
「やめろっ。小さい時にそれで挟まれて窒息しかけたトラウマ、まだ忘れてないんだよっ」
「さあ、久しぶりにお背中を」
「く、来るなあっ。話を聞けっ」
「ああ、その嫌がる顔がまた、たまらない……」
必死に逃げようとしたが、結局押し負けて背中を流される羽目になった。
しかし……俺が入るまで、ずっと風呂の中に忍んでたんだよな。眼鏡もかけたままで。信じられん。ドメといいバスチァンといい。あの両親に仕えているわけだから、只者じゃないんだろう。
「───坊ちゃま。特製のフルーツ牛乳でございます」
「おお~、ありがとうっ。お風呂上がりのこれ、最高だな。それよりバスチァン、ドメの奇行をもうちょっと何とかしてもらってくれよ」
「わたくしもドメも、坊ちゃまがセイ様のお腹にいるときから知っております。坊ちゃんの成長を見守ることこそがわたくしどもの幸せ」
「それ言われると弱いんだよなあ……」
でも、いつまでもそんな幼児扱いされても。独り立ちの話と矛盾しまくっているじゃないか。
学園に行った時は、自分が同い年の子たちに比べて大人っぽく思えたんだがなあ。おとん譲りの黒髪もシブいし。かわいいって言われるのはどうも違う。おかんのキラキラブロンドだったならまだしも。
そういえば、あの女の子もきれいなブロンドだったな。またあの気まずさ思い出してしまった。
とにかく一週間後の入学式だ。600人近くいるらしいが、何、ひとクラスずつ当たればすぐだ。レアな魔獣を見つけるより楽勝だろう。そして、大人としての誠意ある態度を見せるのだ。




