1-13.
放課後、『ケイ部(仮)』で流気を使った瞑想タイムを始めて一週間。17人中10人が循環をし始めており、残りは開孔はしているが、呼吸リズムを整えている状態だ。
「これよぉ、マジですげぇな。研究で二徹するときがあるけど、すっげー疲れにくくなったわ。極めたら六徹ぐらいいけそうだな」
「睡眠は呼吸リズムに関わるから、きちんと取るべきだぞ。ショートスリープにシフトするのもありだと思う」
「なるほど。おれ大概自分が天才だと思ってたけどよ、お前もすげえな」
ラエルって、頭がいいなんてもんじゃないらしいんだが、この妙に人懐っこいところと口の悪さのギャップが面白い。
「……ふう。なかなか回らないなあ。難しいね」
「ほんま。キタ! 思ったら逃げてしまうねん。何とかマスターせんと、ナイスバディへの道が……」
チャッポとクッカは横並びで呼吸練習をしている。親同士が知り合いだったらしい。どちらも似たような進捗状況なので、揃っていると見やすい。
ミルマリ、グリオン、ルミナはすでに無意識に循環に入っていて、かなり優秀だ。次の段階に行けそうだが、なるべく参加者の足並みを揃えたいところだ。
とにかく回ってからがスタート。全員できるまで責任をもってフォローしていく。
ほどなくして……ノックの音が響き、教室の扉が開いた。
「あ、アガ先生。お疲れ様です」
「すまんケイ。見学希望者なんだが」
「構いませんよ。どうぞ入ってもらってください……───あっ!」
全員、呼吸練習を忘れて騒然となる。
「セラフィナ様だっ」
「みなさま、部活動中に失礼いたします」
〝燻ってた案件〟───まさか王女からこっちへ接触があるとは。しかしコブ付き。俺にケンカを売ってきた弟ノエルと、赤毛のガタイのいい男。
相変わらずのオーラを放つセラフィナだが、俺を見る翠の瞳が微妙に揺れている。
「生徒会より創部確認で参りました。あなたが部長ですか」
「はい、一応」
「学園長にお伺いしましたら、実地見学を強く勧められました。事前連絡もなく申し訳ございません」
「ご苦労様です。まあ、見ただけでは何をやっているかわからないと思いますが」
もう一方の翠の瞳は、相変わらずのガン睨み。
「創部届の内容を読んでも意味がわからない。そもそも部活動の名前も仮だ。怪しげなことをしていないか確認するのは当然だろうっ」
「学園長が認めて、顧問の先生まで就いてるのに、怪しげであると?」
「くっ」
ちょっと意地悪く返しただけで黙り込む。こいつ……どうも俺に何をか言わんやな態度をずっと取り続けてるが、さっぱりわからん。物語にある「シスコン」っぽいのだけはわかるが。
「ノエル。どうしてもと言うから同伴を許しましたのに。ブラドレ君、この子を連れて生徒会室へ戻ってください。わたくし一人で見学いたします」
「それはなりませんっ。私は姫の護衛ゆえっ」
このブラドレという赤毛の男は、毎回不必要に声が大きいな。ひっくり返った虫の次に俺が苦手なタイプだ。
「あの~、そういうのはここに来るまでに決着をつけておいてくれないと。この部活って静寂が肝心なんで」
「この無礼者がっ。我々に意見するとはっ」
「いい加減になさいっ」
王女がキレた。別な意味の静寂がどぉんと降りる。
1秒が経過。周囲の様子にハッと気づくと、彼女の顔は真っ赤になった。
「───セラフィナ様、ごきげん麗しゅう」
「ルミナではありませんか。あなたもこの部活動を?」
「はい。まずは、差し出口をどうかお許しくださいませ」
ルミナがそっと前に出てきて、任せろと言わんばかりに、俺にウィンクをする。
「セラフィナ様でございますなら一目瞭然と思いまして。私共はケイ様の指導で、このようなことを行っております」
そう言ってルミナは、流気の循環をぱあっと可視化させた。
ひと目みるなり、口に手を当てて驚くセラフィナ。
「まあっ、これは魔素……いえ。活力そのものが身体に沿って循環しているような」
俺はというと、一目で分かったセラフィナと、既にここまで達していたルミナの両方に驚いた。ルミナはすっと下がり、続きを促すように俺に合図した。すっげえナイスアシスト。
「ルミナ、すごっ。くう~、いいところ取られたっ」
ミルマリらしい率直な負けん気は微笑ましい。
「『流気』という、生命活動の効率化を行う技能です。平たく言えば、筋力や魔力などの使用負担を軽くすることができます」
「そんなことが……いえ、出来るからこれだけの人数が集まっているのですね。なんて素晴らしい」
「姉上、見聞は終わりましたし、もう戻りましょう。こんな場所に長居は無用です」
セラフィナはノエルが吐き捨てるように言うのも意に介さず、何やら真剣に考えている。やがて彼女は俺に向けて、翠の瞳を輝かせながら宣った。
「ケイ、でしたね。わたくしも明日からこの部活動に参加いたします。構いませんか」
「光栄です。きっとお役に立てるかと」
二つ返事をするなり、ノエルが叫んだ。
「んなああ───っ! 何を言い出すのですか姉上っ。こんな下賤に教わることなど何も無いでしょうっ」
「それはあなたが決めることではありません」
セラフィナがバシッと窘めてくれたものの。
この王子、クラスのみんな「王女が部活にっ」って色めきだったのに、一瞬にしてぶち壊した。何より自分の発言がここにいる全員を貶めるとか、少しも思わないのかね。
「んぐぐ……下賤がっ、もう許せんっ」
ノエルは制服のジャケット内側から白い布を取り出すと、俺に叩きつけた。よく見るとそれは、手袋だった。クラス中に恐れのざわめきが起こる。
「明日の放課後、演習場へ来いっ。僕が勝って即、この学園を追い出してやるっ」
「ケイ、受けてはなりませんっ。わたくしの名において、これは無効です」
ああこれ、決闘申し込みの作法か。回りくどくて面倒な人種だ。
「俺が勝ったらどうしてくれるんだ。報酬も無いのにやらんぞ」
「万にひとつも下賤ごときに勝ち目はないっ。だが聞くだけ聞いてやるっ」
「では、セラフィナ様。以前にも少し申し上げましたが……あなたと俺、二人きりで話す時間をいただけませんか」
俺は胸に手を当て、礼の姿勢を取る。セラフィナは目を丸くして、耳が真っ赤に。
その瞬間クラス中から、なぜかわからんが歓声が湧き上がった。




