1-11.
俺が「流気」を皆に教えてから3日。部はあっさりと認可され無事始動した。
最終、クラス30人中17名が入部。過半数は驚異的な数字だが、今は俺のネタが全てだし。掛け持ち前提でいつでもやめられることは大きいだろう。
そして仮称〝ケイ部〟。放課後、1-A教室で初めての俺の授業が始まる……のはいいんだが。
「おい……何で先生がこんなに集まってるんだ」
「が、学園長までいる」
本当は屋外でやりたいところ、最初は集中力を上げる意味で教室を選んだのに。先生方が参観しているなんて、みんなにめちゃくちゃプレッシャーがかかるじゃないか。俺は関係ないが。
アガ先生は顧問になったので、教壇横の一等席でニヤニヤしている。
「ほらケイ、さっさとやれ。それと先生方は単なる興味でおられるだけだ。これは成績や内申に関係は無い。みんな気楽に行け」
「……じゃあ始めます。まず『流気』の中心部分だが、肺じゃなくて、臍の指三本分ぐらい下。ここに意識を集中する。息を吐くときに、ぐっと筋肉が張るところがあるだろう」
「あの、ケイ君。僕ちょっとわかりにくいかも」
チャッポ、ぽっこりお腹を恥ずかしがらずにありがとう。いいやつだ。
「じゃあちょっと前に出てきてくれ。実際に誰でもできることを見てもらうのに、今から俺がチャッポを〝開孔〟する。じゃあ深呼吸して、体をラクにして」
「いいっ、痛くないよね」
チャッポの慌てぶりに、どっと笑いが起こる。一人、変な笑いかたをしてるのがいるが。
「心配するな。むしろ親の酒を盗んで飲んだ時ぐらいの熱っぽい高揚感が味わえるぞ。それじゃあ……ふんっ」
「んぶぐっ」
臍の下を親指でぐっと押さえる。俺の流気を一点集中で放り込んで、チャッポの流気を体外へ追い出す。
「あ、熱っ、お腹が熱いっ」
「よーし。お腹を思いっきり凹ませながら息を限界まで吐け。そしたらゆっくり、腹を膨らませながら吸う。胸で吸うな、腹を使え。繰り返しながら、肌で空気の動きを感じろ」
瞑想のごとくゆっくりと。目を閉じながら集中していたチャッポの顔に高揚した笑みが浮かび上がる。
「これ……すごい。なんだろう、森の朝みたいな清涼感が全身を伝って。でも、もう消えちゃった」
「最初はそんなもんだ。持って数秒だろう。あとは毎日、さっきの呼吸法を気がついたらやるようにしてくれ。そのうち自然に流気をまとうようになるから」
「うまく言えないけど、とにかく不思議な感覚だった。僕も頑張ってみるよ」
「この部活で毎日コツをつかんでいけば、1ヶ月くらいで回り始めるかな。たぶん見た目にも出てくるぞ」
「見た目って?」
「痩せる」
「それ、ほんとなのっ?」
女子たちがめっちゃ食いついてきた。
「ああ。流気は自身の動態効率を上げるわけだから、副産物として余計な脂肪が燃えやすくなるんだ。じゃあみんなでやってみようか」
各自、身体を温めてもらうため、しばらく呼吸を続けてもらう。先生方も、学園長も普通にやってる絵面がすごい。
「……そろそろいいかな。魔術や武技をやる時に感じ取る魔素を両手指先に集めて、さっき俺がやったみたいに、息を吐ききった辺りで押し込んで。それじゃあ、吸って、吐いてぇ~……押せっ」
ドンっと空気が揺れ、窓や扉がビリつく。これだけの人数でやれば、それもそうか。
「うわっ、何だこれ。身体の中も外も、ざわざわする」
「寒くて暑くて……不思議」
半分ぐらいは成功したかな……お、すごい。学園長、いきなり可視化できるまで制御してる。ここは積年の鍛錬と潜在力の差が出るところか。
「こんな単純なことで……すごいのう。この歳で新しい扉が開くとは。信じられんわい」
「ジマ……学園長、その状態で武技や魔術を放つときは注意してくださいね。50%増しぐらいにはなるはずなんで」
「何とっ、そんなにか」
先生方もさすが。全員OKみたいだけど……おっと、クラスメートのフォローをしないと。
「よくわからない人は手を挙げてくれ。俺が開孔するから」
「うい~、おれ。できてる気もするけどわかんね」
単眼鏡が珍しい、ラエル=インカンテ。六系魔術をひと通り使えて、そのリソースを全部錬金術につぎ込む天才、だったな。うらやまし過ぎて名前を覚えていた。
「ラエルはそれ、できてるぞ。おそらく魔素の感覚に埋もれてるのかもしれないな。今は消えてるが」
「そうかよ。なら、わかった気になってやり込めばいいか。継続は才能」
「ウチもわからへん」
こちらの女子は、丸っこいお顔にショートボブが良く似合ってる。
「君は開いてないな。えっと……」
「クッカ=ティスリカ。家はお菓子屋さんやで。覚えといて」
「お、おう。じゃあ俺の流気を入れるから、立ってくれ」
「チカンあかん」
「失礼。じゃあ誰か女の人がマスターした頃にやってもらって」
「ウソやん。かまへん。今やって」
(掛け合いが好きなのかな、この子)
「ケイ、あたしもできてないみたい。お願い~」
ミルマリが立ち上がってお腹をさすっている。
「嘘はいけないぞ。逆にもう消えずに回ってるからすごい。さすがだな」
「むふんっ、やっぱり? 聞いてみただけっ」
(構ってほしいんだろうが……まったく)
グリオンとルミナも既に循環に入ってるな。このクラス、1年でトップというだけあってすごいのかもしれない。だけどここからだぜ、部活が面白くなるのは、きっと。
「ケイよ、ちょっと」
ぐるんぐるんに流気を回しながら考え込んでいた学園長が、こそっと耳打ちした。
「この技、ご両親も使っておられるのか」
「おそらく無自覚でやっているかと。俺は二人とは別口で気がついて。自分で咀嚼してこうなりました」
「しかし……あらためて偉いことになったの。さっきの魔武への活用じゃが、下手をすれば二大大会の順位が大きく変わるやもしれん」
「それは無いと思います。周知さえすれば、単に底上げになるだけですから」
学園長、微妙にいぶかしげな目で俺を見つめ直す。
「これを三年間の基礎にするくらいじゃから、まだ奥があるのじゃろ」
「ですね。応用からが長いですので。みんなの気づきも入ってくると、もっと盛り上がりますよ」
「これは楽しみじゃ。ワシ、学園長をやめて生徒になろうかのう」
耳にした先生方がぎょっとした顔で学園長を見る。
まあ言ってみただけだろうが……近々、何かネタを振られそうな気配を感じた。




