1-10.
「アガ先生、ちょっといいですか。実は部活動選びのことで」
朝いちばん、俺は廊下で先生を呼び止めた。
「実は創部しようと思うんです」
「ほお、いきなり面白そうな話を持ってたな。とりあえず教員室で話を聞こうか」
思いのほかすんなりと。
初めて入った教員室。まあこれだけの規模を誇る学園だから、当然教員も多いよな。昨日までの5日間を振り返って考えに考えたことを、とりあえずぶつけてみる。
「……ふ~む、『好きなことを持ち寄って活動する部会』なあ」
「これだけ選択肢が多いと絞り切れないですし。その時どき、集まった者同士でやることを決めればいいかなと」
「なるほど。枠にはまらんお前らしい。しかし、何でもアリは『何にも無し』になることもある。部会活動は継続も大事な柱だ。その辺はわかるか」
「ええ。言い出しっぺだからネタは用意してます。とりあえず1年ぐらい引っ張れそうなのは、いくつかあるんで」
アガ先生、腕を組んでじっと考える。
「今、そのネタを話せるか」
「構いませんよ。ひとつは、これです」
ちょっとわかりにくいかもと思いつつ。説明しながら実演すると……ホームルーム前で騒然としていた教職員たちが、わっと食いついてきた。
「ちょっと、横で聞いてたんだがっ。本当にできるのか、誰でも」
「できます。実感に個人差はあるでしょうが」
「でもこれ、1年の部活動でやっていい話なの?」
「先に学園長へ報告すべきなんじゃないか」
さっきよりさらに騒然とし始める教員室内。これを見るに、創部のネタとしては手ごたえ十分だと思───いや、予想外にやりすぎかも。
「とりあえず、もう今朝のホームルームでぶち上げちまおうか」
アガ先生、スキンヘッドの汗をぬぐいつつ、興奮気味に笑って立ち上がった。
……というわけで、早速教室へ。ホームルーム開始。
「おーし、みんな注目。実はケイが、このたび創部にチャレンジするらしくてな」
クラス一斉にどよめく。
ミルマリが条件反射みたいに挙手した。
「はい! あたし入りますっ」
「ミルマリ、ケイの強力サポーターなのはいいが、まずは話を聞け。今から説明してもらう」
あらたまると、ちょっと照れ臭いな。
「えっと、ひと口に言えば『何をするかをみんなで決める部』だ。好きに持ち寄った企画から面白そうなのを決めて、それを活動にしていこうっていう、わりと行き当たりばったりなノリで」
みんな、きょとんとしている。まま、想定内のリアクション。
「持ち寄りって……想像できないな」
「方向性もないの?」
「それを決めること自体が面白いって話さ。魔術や武技にこだわってもいい、魔獣狩りに行ってもいいし、料理をしたっていい。読書会さえもあり。ただ、どうせやるなら既存の部と被らない〝ヒネリを加える〟のが目的」
アガ先生の補足が入る。
「ただし、何をするにしても学園が許す範囲はあるから、都度審議は必要だろう。とにかくケイには期限一週間で部員を10人にしろと言ってある。決定したら顧問はオレだ」
「掛け持ち可だから、気が向いた時に出入りすればいいし。その時『面白そう』って思えば乗ったらいい。基本は単純さ」
どよめく教室。ユスティが相変わらず冷めた目で、聞こえるように吐き捨てた。
「また無駄なことを。人間なんて規律があるから動けるのに」
「君の言う通り。だが俺が考えるのは、その規律さえも俺たちで創ろうってことなんだ。文明の始まりみたいだろ」
「……ふん」
チャッポが手を挙げた。
「あの、面白そうだけど、取っ掛かりが無いと踏み出しにくいよね。例えば成績への加点とかお金とか、具体的な報酬があってもいいかも」
「それいい。お得感があれば掛け持ちし甲斐もあるし」
ちと世知辛いが、さすが商人の子。まあみんな考え始めてるようだし、ここら辺かな。
「報酬じゃないが、部活動の最初のテーマとして、俺が持つ、ちょっと面白い技を教える。魔武両道にも役に立つぞ。興味がある人は、とりあえず放課後、演習場に来てくれ。その時に披露するから」
「技だってっ。ケイ、それは武技なのかい」
グリオンの前のめりな食いつきすごいな。
「オレは先に見たが、さっき教員室でひと騒ぎになったぞ」
「ええ~、先生がそんな風に言ったら、めっちゃ気になるっ」
「まあ、見るだけでも行こうか」
ひとまず、今朝はここまで。アガ先生、ナイスアシストありがとう。おかげさまでツカミは成功だったと思っていい。
───そして放課後、本番の演習場へ。
「おお~ケイ、クラスの半分も集まるとは、上々じゃないか」
「俺も最初は5人ぐらいって思ってましたから。ビックリです」
アガ先生も何故か上機嫌。ミルマリ、チャッポ、グリオン他、来るって約束してくれてた面々が最前列を陣取っている。あとそこそこに知ってるのはルミナぐらいか。ユスティは当然居ない。
「みんな、貴重な時間をありがとう。実はもう技は展開してるんだが、ちょっと〝見えやすく〟するから」
背筋を伸ばし、両手握りこぶしを腰の下に。呼気のリズムに集中を加える。
「すーっ……ふぅ───……」
ここでみんなに見えるように、〝濃度〟を上げていく。
「ケイ君の身体が白く……蒸気をまとったみたいになってる」
「息が、口から身体に沿って、ぐるぐると回って……」
「魔素です。魔素が可視化して流動するのを感じますが……でも何かが違う」
ルミナ、いいとこを突いてるな。文献も無いし、俺独自のユニーク技ってことになるが。
「まずこの白いのは『流気』。君らに見えてるのは、魔素や体力など、身体の内外にある活力をまとめたものだと思ってくれ。生物は多かれ少なかれこれを必ず纏っている」
みんな凝視しながら説明を聞いてくれている。照れ臭くてちょっと〝乱れそう〟だが、頑張らないと。
「活力は当然、使うほどに疲れる。例えば10あったとして、身体を動かすだけで2、全力を出せばさらに4と、どんどん目減りするだけ。普通は食事や睡眠で補うんだが……この流気を使うと、日常的に余分に漏れ出す活力を呼吸で循環させ、かつ外部の活力も巻き込みつつ、身体へ戻すことができる」
いったん可視化を解除して、みんなに向き直る。半分は何となくわかった顔つきだ。
マリベルが問いかけてきた。
「要は……それが出来たら疲れ知らずってこと?」
「疲れにくい、が正解。鍛錬次第で、今までひとつの活動に5消費してたのを2か3で済ますことができるようになるって話だ。地味なところだと、持久走を引っ張れたり、徹夜で疲れないとかな」
「定期試験前に使えそう」
「例えば1発で魔力枯渇してた初級炎魔術が、2発3発と撃てるようになるとか」
「魔力や技力のコスパを上げる自給自足技……地味どころか、かなりすごいんじゃない?」
おお、イイ感じに理解と意見交換が進んできたな。部活動が進んでる感じでとてもいいっ。
話したことも無いクラスメートとも距離が縮まるし、言うこと無し。
「ケイ君って魔術が使えないんだよね」
「こんだけ難しいことやってるのに、逆に何でできないんだ」
「相性だな。術ごとに細やかな制御を覚えなきゃならないから面倒くさくて」
「潔過ぎる……」
グリオンが俺を凝視しながら考え込んでる。
「これに、僕の形現を破壊したヒントがありそうだね」
「鋭いな。正解が知りたいなら部活で教えるぞ」
「是非に願いたいね。先生、早く認可を」
気が早いグリオンの熱に乗じつつ。俺は早速、カバンからお手製の仮入部届を取り出し、みんなに配った。
「まあ、よく考えて。入部希望なら、ここに名前を書いて明日以降、俺に渡してほしい。この基礎があれば時間も有効に使えるようになるから、いろんなことができるぞ」
こうして、興奮冷めやらぬまま俺のプレゼンは終わった。後は10人集まることを祈るばかり。今日は眠れそうにないな……




