7 ご法度/またかよ
「こりゃ,大迷惑じゃん」
お昼時の第三湾岸線旧東京方面道路が丸々通行止めになっていた。
「また工事用装甲具かよ……」あたしと小松さんは,料金所脇に停車してあった「イザナギ」を格納した装甲具移送車両に乗り込んだ。
「被疑者は,町田洋。36歳。日雇い労働者です。路面舗装作業中,傍にいた同僚に向けて突然バーナーを向け,装甲を損壊。被害者は装甲を貫通した熱で,重度の火傷を負ってます。装甲具は光山システム社製工事用C級機体,MYー2897,「ロードレーバーⅡ」です」
装甲具の装着位置につきながら,夏美ちゃんの情報を聞く。どこにでもあるC級普及型工事用装甲具だ。深夜の道路工事なんかでしょっちゅう使われている。
「うちの補佐と第1小隊の先輩達は?」
「西区の方でもう一件類似の事件が発生して,3名ともそちらに行かれました。西区の方は装甲具A級1体,B級1体が路上で暴れています。冬見補佐が警察庁本省の会議で不在のため,佐藤課長補佐が指揮を執ってます。」
「何それ!A級の民間機体?」
かなりやばい話だ。佐藤補佐がうちの指揮を外れるなんて滅多にないし,A級機体が暴れるなんて話も聞いたことがない。第一、A級なんてほとんど民間に導入されてないし……。
ん? A級?
お、ということは、まさか……。
「A級,民間機トップグレード,光山システム社製の「サイクロン」です。」
あ~,ほらほらほら~!!!
「きた!小松さん!ほら言わんこっちゃな……」
ぶちっと小松さんがあたしからの回線を切った。
逃げたな…。
「それで第1小隊はみんな出払ったのか。」小松さんが淡々と話を進める。
「佐藤補佐から,こちらの指揮は小松坂小隊長に委任するとのことです。」
「じゃあとっととここを片づけて,A級の方に加勢しようぜ。夏美ちゃん,神経接続頼むわ」
久々に現場の全権委任を受けた小松坂さんは少しピリッとした声色だ。
「神経接続開始。A1から順次解放」
装甲具移送車両のシャッターが開き,あたしと小松さんは高速道路上に飛び降りる。
警視庁機動警備隊の装着具5体と風間君が容疑者を取り囲んでいる。
警察庁の装甲具法関連通達では,「相当に緊急な場合」を除いて,暴れている装甲具を取り押さえる場合には,2体以上の警察装甲具着用者で行うことが決められている。装甲具単独での取り押さえはご法度だ。
相当に緊急な場合,の解釈はその時期の警察庁の方針や幹部の意向次第で分かれるところだけど,今日の状態は,対象がまだじっとしてるのと,周囲を警察が取り囲んでいるので,どう考えても適合しない。なので,風間君はあたしらが到着するまで待たされていた。
「遅れた。すまない。」
「とっちめちゃっても良かったのに。」
「警備局長通達28号違反は始末書ですよ。」
「通達番号まで覚えてんの?きもちわるっ。」
風間君たちの代の研修所では,「風間ノート」なるものがテスト対策のバイブルとして出回っていたらしい。あまりの出来の良さに,ある教官がこっそりコピーを取って,研修教材の改良時に流用したとの噂がある。もっとも風間君本人は,テストに向けて気合いを入れすぎ,実技試験当日に熱を出すことを二度繰り返して、落第しかけたとのこと。
みんなでやるはずの実技試験を,一人だけ別日で個別に行ったそうな。
まじめが行き過ぎるとあれになるという典型だとあたしは思っている。
「あいつはずっと固まってんのか?」
「何を言っても反応なしです。突然,一緒に作業していた工事用装着具にバーナーを向けた後,ひとしきり工事現場を散らかしたらしいですが,その後,通報があって取り囲まれてからは完全に沈黙してます」
「固まってるなら,そのままで良いじゃない。第1小隊の方も気になるし,ちゃちゃっと縄をかけちゃいましょ」
「だな。風間,警告を開始」
「了解」
風間君が律儀にスピーカーを口元に持っていき,警告を発する。「今すぐ装甲具の装着を解除して,投降しなさい。この警告に従わない場合は,法律の手続きに則り,実力を用いて装備を解除させ,逮捕します」
この文言も通達通りに暗記しているらしい。あたしは、「さっさと投降しなさい。じゃないと逮捕するよ」で終わりにして,佐藤課長に一度補習を受けた記憶がある。
装着の解除の機会を与え,警告をしたという前提が,装甲具相手の逮捕の前には特に重要な意味があるとのことだった。
向こうの反応はない。十五秒ほど様子をうかがうが,微動だにしない。警告を無視したと判断するに足りる時間が経過したことを確認した小松坂さんから通信が入る。
「課長補佐官代理の小松坂より。現在日時05171405。これより逮捕手続き執行に入る。風間は左。西園寺は右。制圧後,俺がバッテリーを外す」
「「了解!」」あたしと風間君は同時に左右に散り,ローラーを加速してB級に迫る。小松さんは真正面から接近する。
その瞬間,うつむいていたロードレーバーⅡが顔を上げた。モニター越しのサーモスタットで右手に持っていた工事用バーナーに着火したのが分かる。
「英理さん!」
「分かってる!」あたしは速度を落とさず,接近しながら上半身を屈める。あたしの頭があったあたりを高温の炎がかすめていった。火炎放射器じゃあるまいし…工事用ってこんなに火力強かったっけ?
あたしは勢いそのままに,ロードレーバーⅡの足下に飛び込み,両足を押さえ込む。
「!?」
力が強い。「イザナギ」のタックルを受けてなお踏みとどまって,足を動かそうとしている。C級の装甲具の力じゃない。
上の方で風間君がバーナーをはたき落としたのが分かる。小松さんはあたしらの上を飛び越えて,もうロードレーバーⅡの後ろに回り込んでいた。
ガコッガコッという音とともに,ロードレーバーⅡは両腕をだらっと下げた。小松さんがバッテリーを引き抜いたのだ。
「はやっ。」
「こんな素朴な機体に時間かけらんねーよ。」
さすがは解体屋。
「よし。装甲具解除!逮捕!」
小松さんの指示の下,風間君とあたしでロッドレーバーⅡをうつ伏せにして,頭部から装甲具の解除をしていく。こうして外部から強制的に解除する際には,頭部と両肩,腰のジョイント部分のロックを解除していく。
「…またかよ……」
頭部の解除をしたところで,小松さんが気づいた。
この装着者も,白目を剥いて,意識不明の状態だった。
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