6 オーバースペック/ギアチェンジ
「面倒ですね。」
「さっさとパケを回収して,国外に飛んだ方がいいな。潜水艇の用意は済んでるんだろう?」
「はい。港の倉庫の方に用意して頂いてます。ただ,あそこも警察が嗅ぎ回ってます。」
「高森茂美のいたドヤは丸ごと吹き飛ばしておけ。その方が捜査のかく乱ができる。後は,組のオーダーをクリアすればいい。C級,B級,A級それぞれで試験投薬。残りはA級だけだ。」
「ええ,それで終了です。」
自然と深いため息が出た。
海外から薬物の運び込みを続けてきて,警察が絡んだことはこれまで一度も無かった。
組の指示通りやっていれば,危険が及ぶことはなかった。収入も確保できた。
今回はこれまでと全く違う。社長もそれに気付いているはず。
組の指示からしておかしい。
装甲具を暴れさせて,警察の装甲具と……あの最新鋭の装甲具とやり合わせろなどという指示が出るなんて。
装甲具を扱うものなら,誰でも知っている。
あの警視庁特別装甲機動課のエンブレムである縞模様。
装甲具犯罪者への最後通牒。
あれが出てきたらおしまいだ。事件解決率100%の無敵の部隊。
地方なら自衛隊が派遣される事案も,首都を含めた一都三県はこの部隊が専任で対応する。
なぜなら,自衛隊よりも高スペックの部隊だから。
異常なオーバースペック。異常な配備。「世界一安全な首都圏」のスローガンの下で進められたおかしな施策。
だから新東京や関東近郊で装甲具を使って事件を起そうなんてことは,よっぽどのバカしかやらない。
そして自分達は,ずっと利口に立ち回ってきた側だった。
いや,いい。考えるな。C級とB級は依頼された分の薬物投与を終え,警察と接触させた。後はA級機体をけしかければ,組からの指示は全て終了だ。後処理は,いつも通り組がやってくれるはず。
今回も大丈夫に違いない。
そう信じる他ない。
いまさら、後戻り何てできないのだから。
******
「どう思う?」
「小松さんは本当にけちだと思う。おまけに年下の、20歳なりたての女性部下の首筋から突然手を突っ込んでくる変態だと思う。何ならロリコンの気があるんじゃないかと……」
「そんなこと聞いてねーよ!あんな工事用装甲具の新作,見てもしょうがねぇだろうが!」
「分かんないじゃん!次の現場は,あいつが暴れるかもよ?ちゃんとバッテリーハッチの場所とか,動きとか見といた方が良かったかも知れないじゃん!」
「導入されたばっかだし,高価な機体で製造数も少ない。信用できるベテランしか着るのは許されないだろ。そんな機体が事件に絡む恐れは小さいね。家に帰ってサイクロンのネット動画でも見るんだな」
「くぁー……本当にむかつく…」
絶対後で反撃してやる…。
ん?
「あれ…でもやっぱりおかしくないですか?サイクロンなんて,買ったら相当高いでしょ?いくら業績が回復傾向っていっても、購入するお金あったのかな」
「そこは引っかかるよな。よっぽど借金でもしたのか……。一応,捜査第五課の矢島さんにも伝えて,購入ルートとかに変なとこがないか,裏を取ってもらうか」
運転は部下の役目。あたしは運転席、小松さんは助手席。
官用車に乗り込みながら,小松さんは首を傾げていた。
「それと,あの社長と副社長の話は怪しく感じなかったか?」
「嘘をついてるかってこと?確かに何かしっくり来ない感じはあったけど……」
「前歴をだしにして何か脅していたとか,後ろめたいことでもあったんじゃないか?突然聞きにいったのに,何か,準備してたみたいに流暢に話してたろ」
「それは勘ぐり過ぎなんじゃないですか?」
「もうちょっとな,お前は装甲具だけじゃなくて,人間にも興味を持てよ。事件を起すのは,装甲具じゃなくて,人間なんだからな」
理由はそれぞれだったが,もやもやした気分のあたしらが,官用車のシートに座ったその時だった。
非常事態を告げる警報が車内に鳴り響いた。官用車のカーナビモニタに夏美ちゃんが映る。
「非常召集です。地点転送・急行願います。装甲具は現地着用でお願いします」
「りぃようかい!」
ガコガコッとギアチェンジして,あたしはアクセルを踏み込んだ。小松坂さんが官用者の窓ガラスに頭をぶつけたっぽい。
「てめー……」
「早くシートベルトしてよ!小松さん」
まだ何か言ってきそうだったので,さらにアクセルを踏み込むと,小松さんはシートベルトに食い込んで「ぐえっ」となった。
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