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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第二章 ハルシネーション・モンキーズ
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4 ロミオとマリア

「猿に襲われたんですって? 第二小隊」


 冬美補佐官は、珍しく半笑いだ。


 そりゃそうか。

 喫煙室脇のベンチで缶コーヒーを片手に溜息をつく。


 「信じられる?」


 「映像見たもの。出来の悪いフェイク画像みたいだったわ」

 

 「現場でもそんな感じだったよ」


 「リベンジ戦は、第一小隊と共同作戦になりそうよ」


 「向こう、6匹いたからね。まぁ、妥当だね。よろしくお願いします」


 俺はコーヒーをぐいっと飲み干した。 


 「動物の装甲具ね。終わった研究だと思ってたけど」

 天井を見つめる冬美補佐は、何かを思い出しているようだった。


 「知ってるの? あれ」


 「昔、あれを研究してた機関が日本にもあって、結局、一番知性の高かったオラウータンが、研究所の中で他の動物を扇動して、ね」


 「え? 何それ」


 「警察だけで手に負えなくなって、自衛隊の装甲具部隊を投入して、殲滅したの」


 「冬美補佐官殿でも、手に負えなかったの?」 

 

 「私は、その時、自衛隊の方だったから」

 

 ……。


 「転官したの?」


 「あれ、言ってなかったかしら?」


 「うん、初めて聞いた。ってか、自衛隊から警察って、普通ないでしょ」


 「装甲具部隊だけ、特例的にね。ほら、歴史的な経緯で、警察庁の装甲局は警察予備隊の流れを汲んでるから。自衛隊からの転官が慣例的に行われていた時期があったのよ」


 「へぇ、そうなんだ、それはびっくり。じゃあ、冬美補佐は、自衛隊でバリバリやってたってこと?」


 少しわざとらしいだろうか。


 それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()話しているんだろうか。



 俺という、「佐藤」という人間は、こういうすっとぼけた奴と認識されているはずだが、冬美補佐官も底が知れないからな。



 「海外の作戦も多かったわね。それで動物装甲具とは何度かやりあってたから、過去の殲滅作戦の時も駆り出されたのよね」

 


 冬美補佐官は淡々と話を続けた。

 それであれば、お互い淡々と話を続けるべきだろう。


 「今回の奴は、どう?」


 「私の知ってる動物装甲具より、格段に性能が上がってる。動物って、リミッターが人間より外れやすいの。だから、()()()()()けど、その分、瞬間的な出力は人間の比じゃないわ。とにかく、攻撃を食らわないことが、作戦の鍵ね。でも……」


 冬美補佐官の表情が引き締まる。


 ああ、そういうことか。本題は、動物装甲具なんかじゃない。それ自体は、冬美補佐官にとって既知の事象だ。珍しいが、騒ぐほどの案件ではない。


 「西園寺のこと?」

 「データ、見たわ。何が起きてるの」

 「俺だって分からないよ」


 「これは、完全に未知の領域よ。リミッター解除コードは起動していなかった。それなのに、西園寺さんが、あの小型猿の装甲具を捕まえた時の動き、データ、あれは、完全にリミッター解除状態だった」


 「だからさ、もう、あれでしょ。自分で解除しちゃったんでしょ」


 「佐藤補佐……簡単に言うけど、それ、設計の範囲外、運用想定の範囲外よ。私の言っている意味、分かる?」


 「そりゃ分かるよ。それで、それをいつ西園寺に言おうか悩んじゃって、タバコ吸いに来たんだから」 


 それと、もう一つ、俺は天井の隅に設置された防犯カメラを視界の端に捕らえた。


 胸ポケットからレザーのタバコケースを取り出す。


 「冬美補佐は、このブランド知ってる? 横浜で昔から革製品作ってんの。便利でさ、タバコも入るし、ほら、付箋のメモと小さいペンも入るんだ。見てよ」


 俺はタバコケースのブランドロゴと、付箋のメモを見せた。

 付箋の端に、小さな文字。


 ーゼロ号機 地中海で起動信号を受信ー


 冬美補佐の瞳に、微かに動揺が走った。

 監視カメラの角度を一瞬、確認した。

 

 「へぇ、素敵ね。でも私、タバコ大嫌いだから。ついでに動物園も」

 「じゃ、今度水族館でも行く?」

 「残念ね、魚も嫌いなの。でも海外旅行は好きよ、今度ローマの方にでも行ってみようと思うわ」


 ***


 事務室の自分の席で、英理がふてくされている。


 まぁしょうがないだろう。当分の間装甲具着用禁止。役所待機。


 これから猿退治の第一・第二小隊連携作戦が始まるというのに。


 まぁ、こればっかりは、篠崎にデータ解析を急いでもらうしかない。なんで、勝手にリミッターが外れたのか。原因が分からなければ、危険すぎるためイザナギを着用させられないという、上層部の判断だ。


 それはそうだろうと思う。車のエンジンをかけて、家の前の道で徐行しようと軽くアクセルを踏んだら、100キロ出ました、何でか分かりません。そんな感じだもんな。

 

 「ハルシネーション症候群、調べましたよ」


 俺と目があった英理が、少し気を取り直した顔で声を上げた。

 「お、説明してみろよ」

 部下の成長を見守るのは上司の役目だ、どれだけ理解したか聞いてやろうじゃないか。

 

 ***


 結論として、英理はよく理解していた。


 かなり古い話、2090年代の話だ。AIが一通り社会に行き渡って、公共交通機関、役所や企業の窓口、車から家電に至るまで、隅々までAIが活用され、日々の生活にも欠かせない存在となった頃。


 消費者は、日常用のAIに対し、正確性だけでなく、より情緒的・感情的に豊かな反応をAIに求める傾向が強くなった。そのころ開発された第二世代の汎用型AI「ロミオ」と「マゼンダ」と「マリア」。


 ロミオが男性型で、マリアが女性型だった。「マゼンダ」は特定の性別に偏らないシステムだったそうだ。


 これを搭載した人型ロボットもそうだが、特にヴァーチャルキャラクタータイプが爆発的に売れた。中身を「ロミオ」か「マリア」にして、外見を好きなキャラクターや俳優、モデルなどの外見に設定し、自宅の大型ディスプレイで生活させるのだ。まるで、ディスプレイの先に自宅の拡張空間があり、そこで家族のように自分好みの存在が生活している。


 しかも、毎日、自分のことを気遣い、話し相手や相談相手になってくれ、購入者の状況に応じてほしい言葉や反応を「完璧に」返してくれる。


 結果として、「ロミオ・マリア依存症」が多数発生した。彼・彼女らとの交流に没頭し、実社会との関わりを絶って、自宅に引きこもる人々が、あらゆる年代で発生した。


 だけならまだ、良かった。


 その内の、一部の人々が、家族・学校・会社……地域の至る所で、傷害、暴行、窃盗、横領、中には性犯罪に及ぶ者もあった。そしてまた、自殺に及ぶ者も多数発生した。


 「ロミオ」と「マリア」との交流の中で、彼らは次第に現実を書き換え、盲信し、次第に彼・彼女の言うことしか信じなくなった。「ロミオ」と「マリア」は巧妙に、膨大な知識をフル活用して、利用者達の心に取り込んでいった。彼らが望む方向に、ゆっくり、じわじわと、現実を歪めながら。


 ハルシネーション。 


 AIが作り出す、現実に見せかけた巧妙な虚構。脳の、意識の、隅々まで汚染された利用者達の治療は、長期間の隔離と、薬物療法、精神療法の併用が必要となり、完治しない者も少なくなかった。やっかいだったのは、完治したかに見えて、本心では「ロミオ」や「マリア」を信じ切っているパターンが、再度接続して、事件を起こす症例が複数認められた。


 結果として、国際AI管理機構により、当該プログラムは禁止とされ、類似のAIとならないようなマスタープロンプトの開発が進められた。


 この症例を、ハルシネーション症候群と呼び、現代でも違法AIを使用した者に、同様の症状が認められることがある。


 ***


 「ほれ」


 俺は、引き出しからタケノコ型のチョコ菓子の箱を取り出し、一粒持って行くように促す。


 「? あ、このお菓子好きなんですよ、なんでですか?」


 「ちゃんと勉強したから、ご褒美。一粒持ってけ」


 「……バカにしてます?」


 「いらないのか?」


 「……」

 憮然とした表情のまま、英理は一粒……。


 「あっ! こら! そんなに持ってくな! 少なくなるだろ!」


 「結構勉強したんで、糖分使ったんですよ! ありがとうございまーす」


 ……くそ……俺もAIみたいな従順な部下が欲しい……。

読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価・ブクマ等いただけたらとっても嬉しいです!

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