3 幻覚/猿回し/速い?
「嫌な地形だな」
見通しが悪い。
それに障害物が多すぎる。
海沿いの塩辛い風の匂いを嗅いでいると、イザナギがどんどん錆び付いていくような気がしてくる。 外気取り入れを完全にシャットアウトした。
錆び付いた配管、放置された重機、ベルトコンベアらしき物、くすんで海草が張り付いたコンテナ、散らかったボルトやナット、その他鉄くずの残骸。
目的地から500メートルほどを残して、装甲具輸送車での進行は困難になり、第二小隊は俺を先頭にイザナギで目的地に向かうこととなった。 こんなにガラクタが散らかって足下が悪いと、ローラー移動も難しい。
「何か、気味悪いですね」
英理の感想に全く同感だった。平日の昼下がり、まぶしいほどに明るい日差しの中、時が止まったようなこの廃工場地帯は、波と風の音だけが響き、ただただ、空虚だった。
「目的地は、この先の01地点です」
篠崎が送ってきた映像は、この先まっすぐ進んだ先の、鉄筋コンクリートの建造物だ。 恐らくこの工場地帯の事務棟を兼ねた建物だったのではないだろうか。
「確かに、出そうだな。英里、風間、俺の後方左右を警戒しながら着いてきてくれ」
「「了解」」
取り囲まれて、背後から襲われるのが一番危険だ。死角を作らないように隊列を組み、事務棟に近づいていく。
「立派な建物ですね」
風間がつぶやいた。
縦長のコの字型の建物で、中庭のようになった中央の通路から、両脇に大きな錆び付いたシャッターが並んでいる。
重機や車両が格納されていたのか、タイヤの跡が地面にうっすら刻まれていた。 二階部分は窓が並んでいて、会議室かオフィスになっているのではないか。
袋小路のような地形、突き当たりに大きなシャッターがあり、下がりきらずにほんの少し空間がある。
あそこから、建物の中に入れるか。
「補佐、進入できそうな箇所がある。 入れるかどうか確認したい」
「了解。 慎重に」
「もちろん。 英理、風間、あそこから進入できるか調べてみる。 後ろの方、気をつけていてくれ」
「了解です」
シャッターまでは地面の状態が悪くないので、ローラーを起動しようとした、その時。
一瞬、何かが日差しを遮った。
「避けろ!」
俺は斜め上を振り向きながら全力で叫んだ。
「!」
「わっ!」
轟音。
英理の2号機と風間の3号機がいた中間の地面に、全身茶色の装甲具が両腕をめり込ませていた。
俺の一号機の足下までヒビが走る。
屋根の上から飛びかかってきやがった。
茶色い装甲具は、ゆっくりと、地面にめり込んだ両腕を引き抜き、背中を丸めて、両手を地面に軽くついた姿勢で、俺たちの方を睨みつける。
ずんぐりと、丸みを帯びたデザイン。
上半身だけがやたらとごつく、胴から下半身はほっそりと体にフィットしている。
確かに、人間じゃない。
「ウゴォホウゴォホウゴホォ!!」
茶色い装甲具が、ドカドカと自分の胸を叩き始める。
「み、見たことある! あれ、ゴリラ!」
「ドラミング……」
ドラミングって、確か……。
攻撃、威嚇。
「おい、距離をとれ!」
「!」
英理が直感的にローラーで後ずさる。
次の瞬間、2号機の後ろにあったシャッターに巨大な穴が開いていた。
一瞬で、飛びついて、鉄のシャッターを破壊した。
あんなの食らったら、イザナギの装甲だって一撃、即死だ。
「駄目だ、補佐、撤退する。 データがない、危険過ぎる」
「早く戻れ! 装甲具車両もなるべく近づける」
「装甲具反応、プラス2!」
篠崎の声が響く。
「「ウキャウキャウキャウキャウキャ!」」
俺たちの回りをグルグルと、凄まじいスピードで2体の小型の装甲具が駆け回る。
モニターで補足しきれない。
「英理、風間、ローラーで突っ切るぞ!」
俺たちは中庭通路の入り口に向けて加速し、2体の円を突っ切る。
「「ウキャウキャウキャウキャウキャ!」」
すかさず、2体の装甲具猿は俺たちに追いつき、両端から挟み込む様に距離を縮めてくる。
「このっ!」
俺が左側の1体に放った蹴りは空を切り、着地した瞬間、目の前に猿顔の装甲具がドアップで映る。
「!」
頭を掴まれ、頭突きを食らった。
ミシリ、と嫌な音がした。
***
「小松さん!」
小松さんの蹴りをかわした装甲具猿が、瞬間移動のような速度で、小松さんの前に移動して、頭突きをたたき込んだ。
1号機がよろめき、何とかオートバランスで持ち直す。
やばい、こんな訳の分かんない奴。
でも、何とかしなきゃ……。
小松さんを……!
あの速い動きを……。
あれ……。
速い……?
速いか? あれ?
この感覚は。
世界がやけにゆっくりと感じる。
あたしは、小松さんを襲った装甲具猿にぱっと近づいて、右手で首根っこを掴んだ。
「キキャー!」
「こら、暴れる……なっ!」
あたしは、左手で装甲具猿の左腕も押さえると、そのまま地面にうつ伏せに押しつけるようにして、動きを制した。
「小松さん、電磁手錠!」
「あ、ああ、了解……」
小松さんが1号機の腰の格納部から電磁手錠を取り出した、そのとき。
地面が揺れた。
「嘘……」
事務棟の方から、さっきシャッターを突き破ったゴリラに加え、同じタイプの装甲具ゴリラがもう一体。
そして、その後ろに、もう一回り大きな装甲具が立っていた。
「ウキャー!!」
「わっ!」
しまった!
あたしの力が一瞬緩んだ隙に、捕まえていた装甲具猿が暴れて、腕からするりと抜け、装甲具ゴリラ達の方へ走り去っていく。
風間君が相手をしていたもう一体も、その後を追うように逃げていった。
「……駄目だ。 とにかく撤退」
小松さんが力なく、そう言った。




