1 症候群/チャーリー/猿と果物
「ハルシネーション症候群?」
「何だ、お前、そんなのも知らないのか?」
何だとは何だ。
小松さんがめんどくさそうにコーヒーをすすった。
「知らないことは、ちゃんと質問する。 無知のままでごまかすより、ずっと良いでしょ」
「ま、そうだな」
よろしい。
「あれ?」
「は?」
「それで、教えてくれるんじゃないんですか?」
「知りたかったら自分で調べな。 資料室に電子本があるから」
かー!
この小隊長は、ほんっと意地悪だ!
「分かりました! もう聞きません!」
紙媒体で回ってきた報告書を持って、あたしは資料室の方にずかずかと歩いていっった。
***
それでいい。 本当のことを知りたいときは、ちゃんと自分で、歩いて、探して、手にとって、調べなきゃ。
じゃなきゃ、嘘に騙されちまうぜ。
俺はモニターに回ってきた電子新聞のトピックスの端に目を落とす。
・第三新都心中央区で猿の目撃情報
この都会のど真ん中で?
なんかの見間違いなんじゃねーの?
***
チャーリー、アーニー、リンダ、マイク、フレディ、クレイトン
今日もみんな元気だ。
神経伝達係数も良好だ。
昨日のチャーリー、アーニー、リンダは、速かった。
第三新都心中央区をあっという間に駆け抜けたね。
次はもっと速くなる?
そしたら、人間の装甲具なんて、スローモーションだね。
マイク、フレディの握力もまた上昇した。
装甲具の輸送トラックだって、紙細工さ。
そして、クレイトン、君はパーフェクトだ。
スピード、パワー、インテリジェンス。
君たちの前では、例え、あの警察の機体だって、5分と持たないさ。
僕の夢、答え、正解。
このデータで、僕は、研究所に帰る。
「疲れたんじゃない? 今日は休んだら?」
彼女は、心配そうな顔で僕を見ていた。
「また風邪でもひかれたら大変。最近、喉の風邪が流行ってるみたいよ」
「ありがとう、レナ。 でも、数値が良いんだ。もう少しだけ調整するよ」
しょうがないわね、本当に無理しないでね、と彼女は言って、自分の椅子に戻り、読書を再開した。
確か、最近出版された推理小説。 今度映画化されるんだったか。
これが終わったら、一緒に映画館に行こうか、レナ。
僕は、愛しい彼女の横顔を見つめた。
***
「倉庫の果物が、ねぇ」
「腹ぺこの泥棒ってか?」
あたしと小松さんは、矢島さんの護衛として事件現場に臨場していた。
警視庁特別装甲具第二小隊としての仕事は多岐に渡るが、刑事第五課の装甲具関係捜査の護衛も重要な仕事。
ただ、先々月の太陽工業の事件以来、倉庫ってなんか苦手なのよね……。
倉庫の管理者が、矢島さんに状況説明をする様子を眺めながら、何となく胃がきりきりした。
真夜中の内に、倉庫中の果物が食い荒らされていたらしい。倉庫の中はひどい有様だった。
「でも、装甲具を着て、果物なんて、食べないでしょ?」
「それだよなぁ。食べてる間の護衛とかか?」
「ど、どんだけ食い意地張ってるのよ」
「ポンコツ推理は、回線切るか、役所でやってくれる?」
矢島さんの冷たい突っ込みに、あたしと小松さんは黙り込んだ。小松さんが直通回線で「お前のせいで怒られたじゃねーか」と文句を言ってきたので、ぶちっと回線を切ってやった。
しかし、何だろう、この感じ。
果物の入った木箱を手当たり次第に破壊して、食い荒らしてるこの感じ。
人間って言うより、そう、何かもっと……。
「何かあれだな、動物園の動物が一斉に放たれたみたいな、そんな感じだな」
小松さんが、めげずに回線を繋ぎ直してきた。
でも、その感想は全く同意。
人間味がないのだ。
何て言うか、無軌道に、無計画に、本能で食い散らかしている感じ。
でも、ジャミングを逃れた防犯カメラの一部に映っていたのは、明らかに、小型の装甲具だったという。
そんな訳で、第二小隊は、捜査課の矢島さんの護衛としてかり出されたのである。
風間君は待機組になったけど、夏美ちゃんと一緒に居られてハッピーに違いない。
あ、でも、今日は第一小隊の至極さんも役所待機か。居心地わるそう。
矢島さんが倉庫の中から出てきて、あたしたちに近づいてくる。
「うーん……何て言うか……あのさ」
矢島さんが言いよどむ。
「猿って、装甲具着れるのかな?」
「え? どういうことですか?」
普段から表情がほとんど変わらず、会っても何も印象に残らない、「ザ・マンオブその辺のおじさん」顔の矢島さん。
その矢島さんが、珍しく、困惑していると分かる表情を浮かべて、腕を組んでいた。




