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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第二章 ハルシネーション・モンキーズ
54/58

1 症候群/チャーリー/猿と果物

 「ハルシネーション症候群?」

 

 「何だ、お前、そんなのも知らないのか?」

 

 何だとは何だ。

 

 小松さんがめんどくさそうにコーヒーをすすった。

 

 「知らないことは、ちゃんと質問する。 無知のままでごまかすより、ずっと良いでしょ」

 

 

 「ま、そうだな」

 

 よろしい。

 

 「あれ?」

 

 「は?」

 

 「それで、教えてくれるんじゃないんですか?」

 

 「知りたかったら自分で調べな。 資料室に電子本があるから」

 

 かー!


 この小隊長は、ほんっと意地悪だ!


 「分かりました! もう聞きません!」


 紙媒体で回ってきた報告書を持って、あたしは資料室の方にずかずかと歩いていっった。

 

 ***


 それでいい。 本当のことを知りたいときは、ちゃんと自分で、歩いて、探して、手にとって、調べなきゃ。

 じゃなきゃ、嘘に騙されちまうぜ。

 

 俺はモニターに回ってきた電子新聞のトピックスの端に目を落とす。


 ・第三新都心中央区で猿の目撃情報

 

 この都会のど真ん中で?

 

 なんかの見間違いなんじゃねーの?


 ***

 

 チャーリー、アーニー、リンダ、マイク、フレディ、クレイトン

 

 今日もみんな元気だ。

 

 神経伝達係数も良好だ。

 

 昨日のチャーリー、アーニー、リンダは、速かった。

 

 第三新都心中央区をあっという間に駆け抜けたね。

 

 次はもっと速くなる?

 

 そしたら、人間の装甲具なんて、スローモーションだね。

 

 マイク、フレディの握力もまた上昇した。

 

 装甲具の輸送トラックだって、紙細工さ。

 

 そして、クレイトン、君はパーフェクトだ。

 

 スピード、パワー、インテリジェンス。

 

 君たちの前では、例え、あの警察の機体だって、5分と持たないさ。

 

 僕の夢、答え、正解。

 

 このデータで、僕は、研究所に帰る。

 

 「疲れたんじゃない? 今日は休んだら?」

 

 彼女は、心配そうな顔で僕を見ていた。

 

 「また風邪でもひかれたら大変。最近、喉の風邪が流行ってるみたいよ」

 

 「ありがとう、レナ。 でも、数値が良いんだ。もう少しだけ調整するよ」

 

 しょうがないわね、本当に無理しないでね、と彼女は言って、自分の椅子に戻り、読書を再開した。

 

 確か、最近出版された推理小説。 今度映画化されるんだったか。


 これが終わったら、一緒に映画館に行こうか、レナ。

 僕は、愛しい彼女の横顔を見つめた。

 

 ***


 「倉庫の果物が、ねぇ」


 「腹ぺこの泥棒ってか?」


 あたしと小松さんは、矢島さんの護衛として事件現場に臨場していた。


 警視庁特別装甲具第二小隊としての仕事は多岐に渡るが、刑事第五課の装甲具関係捜査の護衛も重要な仕事。

 

 ただ、先々月の太陽工業の事件以来、倉庫ってなんか苦手なのよね……。

 

 倉庫の管理者が、矢島さんに状況説明をする様子を眺めながら、何となく胃がきりきりした。

 

 真夜中の内に、倉庫中の果物が食い荒らされていたらしい。倉庫の中はひどい有様だった。

 

 「でも、装甲具を着て、果物なんて、食べないでしょ?」

 

 「それだよなぁ。食べてる間の護衛とかか?」

 

 「ど、どんだけ食い意地張ってるのよ」

 

 「ポンコツ推理は、回線切るか、役所でやってくれる?」

 

  矢島さんの冷たい突っ込みに、あたしと小松さんは黙り込んだ。小松さんが直通回線で「お前のせいで怒られたじゃねーか」と文句を言ってきたので、ぶちっと回線を切ってやった。

 

 しかし、何だろう、この感じ。

 

 果物の入った木箱を手当たり次第に破壊して、食い荒らしてるこの感じ。

 

 人間って言うより、そう、何かもっと……。

 

 「何かあれだな、動物園の動物が一斉に放たれたみたいな、そんな感じだな」

 

 小松さんが、めげずに回線を繋ぎ直してきた。 

 でも、その感想は全く同意。

 

 人間味がないのだ。

 

 何て言うか、無軌道に、無計画に、本能で食い散らかしている感じ。

 

 でも、ジャミングを逃れた防犯カメラの一部に映っていたのは、明らかに、小型の装甲具だったという。 

 

 そんな訳で、第二小隊は、捜査課の矢島さんの護衛としてかり出されたのである。

 

 風間君は待機組になったけど、夏美ちゃんと一緒に居られてハッピーに違いない。

 

 あ、でも、今日は第一小隊の至極さんも役所待機か。居心地わるそう。

 

 矢島さんが倉庫の中から出てきて、あたしたちに近づいてくる。


 「うーん……何て言うか……あのさ」

 矢島さんが言いよどむ。

 

 「猿って、装甲具着れるのかな?」

 

 「え? どういうことですか?」

 

 普段から表情がほとんど変わらず、会っても何も印象に残らない、「ザ・マンオブその辺のおじさん」顔の矢島さん。

 その矢島さんが、珍しく、困惑していると分かる表情を浮かべて、腕を組んでいた。

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