表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
53/58

52 西園寺の帰還

入院なんてしたのは,中学生以来だった。さすがに疲れてたので,一日中眠り続けられるのは良かったが,何度も繰り返し,同じ夢を見てしまった。

 

 私は装甲具を着ていて,最初はすごくしっくりきていて,気持ちよく身体が動かせる。そのうち,どんどん調子が上がってきて,体に羽が生えたみたいに軽くなっていく。

 

 どんどん動くスピードも上がっていて,止められなくなって,すごく怖くなって,それでももう止められない。

 

 そんなあたしを止めようとして,小松さんの2号機が目の前に立って,でもおかしくなっているあたしが,2号機に突っ込んでいく。

 

 ぶつかる寸前で,目が覚める。汗びっしょりで,心臓も張り裂けそうなくらい強い鼓動を打っている。

 

 今朝もその夢を見てしまった。

 

 シャワーを浴びて,汗を流した後,少し気分転換しようと,病院の屋上に向かった。

 

 小高い丘の上に立つ病院の屋上からは,立ち並ぶビルの群れと,その先の海までが見渡せた。


 「調子,どうなんだ。」

 

 「うわ! びっくりした!」

 

 振り返ると,そこにはさっぱりとした白いシャツにジーンズを履いた、私服の小松さんが立っていた。


 「びっくりするな。単なる面会だ。」

 

 「め、面会来るならあらかじめ言って下さい! こっちだって準備があるんだから……」

 

 「は? 入院中に,何の準備があるんだ?」

 

 まったくこの人は。本当に……。

 

 だからそれは,考えをまとめたりとか。

 

 服とか化粧とか……。

 

 いや,何で小松さんに会うのに服とか化粧なんて気にする必要があるのか。

 

 何か頭にくるな,全く。

 

 服とか化粧は違うな。違う違う。

 

 「何だ,やっぱり調子悪いのか?」

 

 小松さんが珍しく心配そうな顔をしている。

 

 「別に……。悪くないですよ。検査も異常ないし,すぐにでも現場に戻りたい気分です。それより,良いんですか? 隊長がこんなとこに来てて」


 「補佐の命令だ。部下の回復具合を見るのも仕事のうちだからな」


 「あ,そうですか。命令で来たんですか……」


 何を言ってるんだ。めんどくさい系の女子か?


 いかん。何でショックを受けているのか。

 あたしらしくない。

 

 やっぱり,リミッター解除のし過ぎで少しおかしくなったのか。

 

 なんだか段々感情がぐちゃぐちゃになってきて,わけも分からず泣きそうになったので,あたしは小松さんに背を向けて海の方を向いた。


 台風が通過した後の空は雲一つ無く晴れ渡っていた。


 少し強い風が吹いて,こんなに遠くまで,ほのかに潮の匂いがしたような気がした。


 つかつかと、こっちに小松さんが歩いてくる音がした。


 「これは命令外だ」


 あたしの顔の脇に,ひょいとビニール袋を差し出す。中に「ビックリプリン」が入っているのが透けて見える。



 一粒涙が落ちたら,後はもう止まらなくなってしまい,久しぶりに大泣きしてしまった。



 「ちょっと待て,どうした,お前大丈夫か? 医者呼んでくるか?」

 「……すみませんでした」


 ぽつりと言葉が出た。


 「やっぱり,記憶,無いんです。途中からどうなっちゃったのか。自分でも分からないし,そんな状態で装甲具を使うなんて……。いつもそうなんです。あの機能が必要なことは分かってます。あれが無かったら,あたしはここに配属されてない。でも,あれを使うと,自分が制御できない……」


 小松さんを見ることができなかった。


 「ほんとは気づいてるんです。自分の中に、ドス黒い復讐心があるって。あたしは、装甲具を着て、それを吐き出してるだけ」


 だめだ、あたしなんか。 


 「……あたしは……自分のために、装甲具を利用しているだけ。あたしは……」


 あたしはこの部隊にいちゃいけない。ここにいちゃいけない。


 辞めよう。


 小松さんの部下として,ふさわしくない。


 誰かを守るために,それだけのために,装甲具を着ている人に。


 また少し強く風が吹いた。


 小松さんがあたしの横に立った。


 「お前、最後の最後、自分が何を言ったか覚えてないのか?」


 「……最後?」

 

 いつのこと?


 「俺が、サイクロンに殺されそうになっている時、お前は、俺の名前を呼んだ。「殺す」でも、「許さない」でもない。俺の名前を呼んで、立ち上がったんだ。殺されそうな誰かを見て、お前はもう一度立ち上がったんだ」


 小松さんは海の方を見ていた。

 

 「俺は知ってる。お前の奥底の気持ちは、復讐心なんかじゃない。自分の本当の気持ちを見失うな」


 太陽の光りや,視界が涙でにじんでるせいもあって,その横顔の表情はよく見えなかった。

 

「さっさと帰ってこい。待ってるから」


 ******


 退院許可が降りたのは,三週間が過ぎた日曜日だった。あれこれ検査され,散々脳画像検査をされたけど,何の異常も見られなかった。ただ、右肩には多少の炎症があり、理学療法士から簡単なリハビリを受けつつ,自宅では湿布の張替えを続けることになった。


 月曜日の朝。宿直表には小松さんの名札が下がっていた。更衣室に駆け込み,ロッカーを開けて制服を取り出す。

 久々に制服を着ると,何となく体と頭がすっきりした。

 

 駆け足で宿直室へ向かい,勢いよくドアを開けた。


 「西恩寺英理,ただいま帰庁いたしました!」

 「うわっ……!」


 小松さんがカップラーメンをこぼした。


 「ノックをしろ! ノックを! くそっ……」


 「何よ,「お帰り!」とかないんすか?」


 「俺の朝飯……」


 こんな小さい男には構ってられない。あたしが整備室に向けて駆け出そうとすると,整備課のゲンさんが奥の仮眠室から出てきた。


 「おー、姫様のお帰りか!」

 「ゲンさん! ただいま!」

 

 ゲンさんはにやっと笑う。

 

 「ピカピカにしてあっからな。待ってたぜ」 


 さすが職人。かっこいい。どっかの器の小さいラーメン男とは違う。


 「ま,一番待ってたのはそこの隊長さんだろーけどな。寂しそうにしてたぜ」


 今度はラーメン男が口に含んだラーメンのスープを吹き出した。


 本当に汚い。

 

 「あれ、小松さん,寂しかったの?」


 「一瞬たりとも寂しいなどと思ったことはない。風間と二人で楽しくやっていた。人手が足りなくて,

第1小隊に協力依頼をするのが面倒だっただけだ。今日からこき使ってやるからな」


 「風間と二人で毎日暗い顔して仕事してたぞ。まったく、整備しがいのない連中だったぜ」


 「一言、寂しいって連絡くれれば良かったのに」


 「あー、本当にうるさい! 大体お前は……」

 

 「いや、やっぱり声の張りが違うな,小松っちゃん」


 「……ゲンさん……」


 まぁ,なんて言うか、やっぱりここが居場所だなと、あたしは思った。そろそろ風間君や佐藤補佐官も出勤してくる。挨拶しなきゃな、と思った矢先だった。


 聞きなれた非常ベルの音が鳴り響く。一瞬で全身の細胞が活性化したのが分かる。


 「南区より出動要請です!当直職員は直ちに出動態勢を整えて下さい。日勤職員には順次非常連絡を発令中です。」


 夏美ちゃんのアナウンスが響く。今日は夏美ちゃんが非常連絡当番だったようだ。


 「1号機から3号機まで,装甲具のロックを通常解除しました。英理さん、お帰りなさい」


 ありがとう。


 こういう細かい気配りがもてる秘訣なんだろうな。

 

 「ほら、行くぞ!」

 

 いつの間にか,ラーメンを片づけた小松さんが、整備場に向けて駆け出していた。

 

 「了解!」

 

 あたしは,全力で小松さんの後を追った


                                       【第1章 了】


ここまでお読みいただいて本当にありがとうございます……感謝しかありません!


お話全体としては、今後日本全体を巻き込む事件の幕開けでしかないのですが、二章以降もそのうち書きたいなーと思っています。

 もしよろしければ、評価、ブクマ、感想等いただけましたら、二章以降のモチベ爆上がりですので、どうぞよろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ