50 ナツ
目を上げると、矢島ちゃんが立っていた。
「佐藤さん。浮かない顔だね。」
「そりゃ、お互い様じゃない。」
矢島ちゃんが、缶コーヒーを手渡してきた。
「途中で行き詰まった。捜査打ち切り。今回の件は、これでおしまいだ。高島組から薬物密輸を請け負っていた太陽工業が、証拠隠滅を指示され、それがこじれた。最後は、逃げきれないと思った太陽工業の連中が、薬物を使って暴走した。こんな荒い筋書きを書かされちゃったよ。笑うしかないね。40人以上の、それまで普通に働いていた労働者が、こんな大規模な暴動を? 一糸乱れず? そこまでするなら、海外に飛ぶなりなんなり、方法はあったろうにさ」
「捜査打ち切りは、捜査第5課長の指示?」
「ちらっと本省が出てきたから、その上だね」
「でかいね。話が」
「こっそり、勝手に調べてるんだけどさ。まぁそれも危なくなってきたから、もう止めるけど……あの薬、どうも中東に流れてるみたいなんだ」
「……戦争用?」
「戦争の現場じゃ、重宝するだろうね。恐怖を持たない、殺戮マシンが作れるんだから。現場に売り込む前に、テストしたのかもよ。イザナギとカグラは、強いからさ。いや、それにしたって、わざわざ、こんなところでそんなことするかね?」
ため息が深い。
「他に考えられる線は、あの格闘用装甲具のコマーシャルとかね。あれの製造元はドイツにあって、最近軍事用の装甲具の開発に乗り出してるらしいからさ。でも、それならこんな大きな事件を起こさなくても、一度けしかければいいだけだろうしな。だから、どれも、少しずつ当たってて、多分本筋は違うんじゃないかな」
矢島ちゃんはそこまで話すと、軽く右手を挙げて、去っていった。
俺は、缶コーヒー、苦手なんだよな。
矢島ちゃんは、例え悪人でも,味方ではあって欲しいが。
******
「優秀な部下,というのは,時として,組織にはマイナスに働くことがある。特に、大きな意図を持って動いている組織の中ではな。分かるか?」
目の前の部下に,独り言のように語り掛ける。
「そうした組織においては、時には,何も考えず,ただ忠実に,上の指示に盲目的に従う,そうした姿勢が好ましいこともある。余計なことを考えずに,だ」
笑顔を崩さない,目の前の女性。
「大局的な判断は,それをすべき立場の者がしているのだから」
この言葉は何も,佐藤に限ったことではない。
篠崎,お前にも言っていることなんだ。
「ご指示のあった,2号機のデータ,整いましたのでお渡ししますね」
「こっちの上も喜ぶが,研究所も喜ぶだろうな。また一歩、研究計画が進むわけだ。お前さんの目的にも,近づくんだろう」
篠崎の表情は変わらない。
「まぁいいさ。今後も,今回のような機会が作れれば,渡してあるリミッター解除キーは使用して構わないとのことだ。ただし,くれぐれも,連中に余計な疑念を抱かせないように」
「もちろんです課長。細心の注意を払いますので」
この女にも気をつけなければいけないな。
「小松坂は誤算だったな。まさか、ルシフェルに勝つとは。あっちのルシフェルは特注品だっただろう。装着者も元プロの格闘家だ。数値的にはS級を超えた性能だったはずだが。最後は何が起きた?」
篠崎は、分析中です、とだけ言って、後は笑顔に戻った。
「あのまま、サイクロンを放っておけば、予定通り、小松坂は死んだだろう。なぜ、リミッター解除を急いだ?」
「信じ難いことですが、ルシフェルがやられた時点で、アマテラスの予測がずれてしまいました。下手をすると、サイクロンも、小松坂さんに倒されるおそれがありましたから。結果としては正解だったと思いますが。それに、これも予想外でしたが……小松坂さんの死亡前に、目的の2段階解除に到達しましたので、タイミングを逃したくなかっただけです」
「まぁ、いいだろう。結果としては、な」
考えていることと話していることは、全く違うだろうが、まぁいい。
「火の後始末はちゃんとしておけ。煙を嗅ぎつけている奴がちらほらいるぞ。高木の件はこっちで処理しておく。組と太陽工業の方の処理は進んでいるのか」
「然るべく」
***
1号機の最後の動き。
あれは,リミッター解除とも違う、異質な動き。
アマテラスでも予測できなかった。
そもそも、1号機はまともに動ける数値ではなかった。
人間と機体が、アマテラスを越えた。
機能停止に陥ったはずの装甲具を、人間の側が無理矢理再起動させた。
いや、それに装甲具が応えた。
あれは何? 何の力?
小松坂修司。
しばらく生かしておく必要がありそうね。
******
僕は地下の自販機の脇に立っていた。
篠崎夏美は、ゆっくりと廊下を歩いてきた。
「……ありがとう」
「何?」
「小松坂さんを助けてくれた」
「まだ利用価値がある検体だと、気づいただけよ。私、まだアマテラスのハッキング、あきらめてないから。アマテラスの予測がずれたことなんて、今まで一度もなかった。アマテラスの裏をかく、ヒントが見つかるかも知れない。そうすれば、連中の計画を手伝う必要もなくなるわ」
ナツは、僕の隣で立ち止まった。
「僕を殺す気だった?」
「殺してやりたいと思った。」
ナツは、うつむいたままそう言った。
「他の装甲具にも、全部、ウイルスを入れといたわ。あなたが殺されそうになったら、その時は、起動するように」
ナツが僕の左手の袖をつかんだ。
「もう一度、約束して。一人にしないって」
「……分かってる。ごめん」
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