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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
51/58

50 ナツ

 目を上げると、矢島ちゃんが立っていた。

 

 「佐藤さん。浮かない顔だね。」

 「そりゃ、お互い様じゃない。」

 

 矢島ちゃんが、缶コーヒーを手渡してきた。

 

 「途中で行き詰まった。捜査打ち切り。今回の件は、これでおしまいだ。高島組から薬物密輸を請け負っていた太陽工業が、証拠隠滅を指示され、それがこじれた。最後は、逃げきれないと思った太陽工業の連中が、薬物を使って暴走した。こんな荒い筋書きを書かされちゃったよ。笑うしかないね。40人以上の、それまで普通に働いていた労働者が、こんな大規模な暴動を? 一糸乱れず? そこまでするなら、海外に飛ぶなりなんなり、方法はあったろうにさ」


 「捜査打ち切りは、捜査第5課長の指示?」


 「ちらっと本省が出てきたから、その上だね」


 「でかいね。話が」


 「こっそり、勝手に調べてるんだけどさ。まぁそれも危なくなってきたから、もう止めるけど……あの薬、どうも中東に流れてるみたいなんだ」

 「……戦争用?」

 

 「戦争の現場じゃ、重宝するだろうね。恐怖を持たない、殺戮マシンが作れるんだから。現場に売り込む前に、テストしたのかもよ。イザナギとカグラは、強いからさ。いや、それにしたって、わざわざ、こんなところでそんなことするかね?」

 

 ため息が深い。

 

 「他に考えられる線は、あの格闘用装甲具のコマーシャルとかね。あれの製造元はドイツにあって、最近軍事用の装甲具の開発に乗り出してるらしいからさ。でも、それならこんな大きな事件を起こさなくても、一度けしかければいいだけだろうしな。だから、どれも、少しずつ当たってて、多分本筋は違うんじゃないかな」


 矢島ちゃんはそこまで話すと、軽く右手を挙げて、去っていった。


 俺は、缶コーヒー、苦手なんだよな。


 矢島ちゃんは、例え悪人でも,味方ではあって欲しいが。


 ******


 「優秀な部下,というのは,時として,組織にはマイナスに働くことがある。特に、大きな意図を持って動いている組織の中ではな。分かるか?」


 目の前の部下に,独り言のように語り掛ける。


 「そうした組織においては、時には,何も考えず,ただ忠実に,上の指示に盲目的に従う,そうした姿勢が好ましいこともある。余計なことを考えずに,だ」

 

 笑顔を崩さない,目の前の女性。

 

 「大局的な判断は,それをすべき立場の者がしているのだから」


 この言葉は何も,佐藤に限ったことではない。


 篠崎,お前にも言っていることなんだ。


 「ご指示のあった,2号機のデータ,整いましたのでお渡ししますね」

 「こっちの上も喜ぶが,研究所も喜ぶだろうな。また一歩、研究計画が進むわけだ。お前さんの目的にも,近づくんだろう」


 篠崎の表情は変わらない。


 「まぁいいさ。今後も,今回のような機会が作れれば,渡してあるリミッター解除キーは使用して構わないとのことだ。ただし,くれぐれも,連中に余計な疑念を抱かせないように」


 「もちろんです課長。細心の注意を払いますので」


  この女にも気をつけなければいけないな。


 「小松坂は誤算だったな。まさか、ルシフェルに勝つとは。あっちのルシフェルは特注品だっただろう。装着者も元プロの格闘家だ。数値的にはS級を超えた性能だったはずだが。最後は何が起きた?」


 篠崎は、分析中です、とだけ言って、後は笑顔に戻った。


 「あのまま、サイクロンを放っておけば、予定通り、小松坂は死んだだろう。なぜ、リミッター解除を急いだ?」


 「信じ難いことですが、ルシフェルがやられた時点で、アマテラスの予測がずれてしまいました。下手をすると、サイクロンも、小松坂さんに倒されるおそれがありましたから。結果としては正解だったと思いますが。それに、これも予想外でしたが……小松坂さんの死亡前に、目的の2段階解除に到達しましたので、タイミングを逃したくなかっただけです」


 「まぁ、いいだろう。結果としては、な」

 考えていることと話していることは、全く違うだろうが、まぁいい。


 「火の後始末はちゃんとしておけ。煙を嗅ぎつけている奴がちらほらいるぞ。高木の件はこっちで処理しておく。組と太陽工業の方の処理は進んでいるのか」


 「然るべく」


***


 1号機の最後の動き。

 あれは,リミッター解除とも違う、異質な動き。

 アマテラスでも予測できなかった。

 そもそも、1号機はまともに動ける数値ではなかった。


 人間と機体が、アマテラスを越えた。

 

 機能停止に陥ったはずの装甲具を、人間の側が無理矢理再起動させた。

 いや、それに装甲具が応えた。 


 あれは何? 何の力?


 小松坂修司。


 しばらく生かしておく必要がありそうね。


 ******

 

 僕は地下の自販機の脇に立っていた。

 篠崎夏美は、ゆっくりと廊下を歩いてきた。

 「……ありがとう」


 「何?」


 「小松坂さんを助けてくれた」


 「まだ利用価値がある検体だと、気づいただけよ。私、まだアマテラスのハッキング、あきらめてないから。アマテラスの予測がずれたことなんて、今まで一度もなかった。アマテラスの裏をかく、ヒントが見つかるかも知れない。そうすれば、連中の計画を手伝う必要もなくなるわ」 


 ナツは、僕の隣で立ち止まった。

 

 「僕を殺す気だった?」

 

 「殺してやりたいと思った。」

 

 ナツは、うつむいたままそう言った。

 

 「他の装甲具にも、全部、ウイルスを入れといたわ。あなたが殺されそうになったら、その時は、起動するように」


 ナツが僕の左手の袖をつかんだ。


 「もう一度、約束して。一人にしないって」

 

 「……分かってる。ごめん」




読んでいただいてありがとうございます!

この章はも嬉しいです!

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