49 悪人
課長室は他の部屋と違い,木目の綺麗な本棚や応接用のテーブルが置かれ,日当りもよく,どこぞの企業の社長の部屋のようだ。
俺は課長室に,今回の件の顛末の決裁書の説明に来ていた。
課長は「読ませてもらう。ご苦労だった。」とだけ言って、モニターから目を離した。
「整備課の高木は残念だった。技術のある若手だったのにな」
「結局、全部で800万の借金を抱えてました。闇金に手を出してしまったようです。それが高島組につながっていた……。捜査第5課の調べた限りでは、そういうことのようです」
「高島組の方は、組織暴力対策課が捜査に入った。逮捕者も、それなりに出るだろう」
「公表は、どのようにされるんですか? 警察内部に、暴力団とつながっていた者がいた、となれば、それなりに大問題に発展しますよ」
「本人が退職し、職を失うんだ。社会的制裁は十分じゃないかね。それ以上広がる話か?」
ある程度脚色して、もみ消しか。 まぁ、スジの悪い話だからな。
その件は、それでいい。
ただ、このまま帰る訳にはいかない。今回の件では,腑に落ちないことがいくつもある。それをこの男に聞く必要がある。
「課長,あなた,何故今回に限って代理決定権のロックを緩めていたんです?」
「どういう意味だ?」
「リミッター解除コードの使用は,代理決定権行使の場合,1ミッションにつき1回しか許可されていないでしょう。着用者の安全が保証できないから。」
だから,俺が代理決定権を行使した後は,ロックがかかるはずだった。しかし…。
「しかし,今回,英理のリミッター解除時間が限界終結した後も,解除コードがロックされず,そのまま,再度のリミッター解除状態に突入した」
こんなことはあり得ない。篠崎夏美も、プログラムが制御不能に陥っていたと言っている。
英理がいくらリミッター解除を望んでも,解除コードが物理的にロックされていれば,機械が動くはずがない。
「大きな問題だと思っている。システムに何らかの欠陥があったんだろう。場合によっては,装着者の精神,あるいは生命に関わる事態だった。中央総合研究所に調査依頼済みだ」
システムの欠陥。
「システム上の誤作動,ということでしょうか? ロックがかかるべきところが,かからなかった,と」
「原因は分からんさ。システムの問題か,あるいは……。 装着者の「意志の力」が強すぎた,それがロックするシステムを破壊した,そういう可能性もあるんじゃないか?」
課長は椅子を回転させて,窓の方に体を向けた。「ま、科学的じゃないがね。」と俺に背中を向けたまま言った。
「いずれにせよ,今回の件は上に投げて,調査結果を待つ。日本警察の,装甲具犯罪対策の要である装甲機動課の一個小隊がここまでやられたのだ。ことは日本の治安を揺るがす大問題だよ。装備の増強をはじめ,いろいろと検討が必要だ」
課長が立ち上がった。窓の外を向いて,何かを見ているのか,それとも目を閉じているのか。
「それから,西恩寺英理のリミッター解除については,データの解析結果が揃うまで、当面の間禁止。緊急時は第1小隊の四極を使うことにする。第2小隊担当の補佐官として何か異存はあるか? 君が訴えたいのは,部下の安全確保の必要性,だろう? 何か他にあるのか?」
これ以上つつくな,ということか。
今は,しょうがない。
「そうです。部下の安全を守れる状態がなければ,危険な任務に向かわせることはできません。調査結果等は随時お伝え頂ければと思います」
だが,さらに重要なことがある。
「課長,もう1つ。今回の件について,お話をしてもよろしいですか?」
課長は無言のまま俺を睨みつけた。
「今回の件、本当に高木が元凶でしょうか」
「高木が情報を流していたのは間違いない」
「ええ,そうですね。しかし、その結果までは、高木が意図したものではないでしょう」
「何が言いたい?」
「今回の件、誰かが、意図的に、特別装甲部、特に第2小隊を狙ったもの、とは考えられませんか。」
「それは,お前の推察だな?」
「ええ,そうです」
「推察は、真実にたどり着くこともあれば、樹海に迷い込むきっかけにもなる。ろくな根拠もなければ、遭難するだけだ。」
課長が椅子を回して俺に背を向ける。
「その話,まだ続けるつもりか? 何か根拠があるわけでもない、お前の推察を聞くことに、何か意味があるのか?」
「いえ,想定される様々な可能性の一部をお話しただけです」
俺は,課長が小さくうなずいたのを確認し,その背中に礼をして,課長室を後にした。
胸ポケットからマイセンを取り出す。
喫煙所はついに地下3階まで追いやられてしまった。たばこを再開した罪悪感を和らげるために,エレベーターを使わないようにしている自分が滑稽だ。
そこまでして吸うほどのものではないとも思う自分がいるが,さりとて止める気もないというのが本音のところだった。
俺の目には,課長が振り向く瞬間に、その口元に、何かを皮肉ったような、うっすらとした笑みのようなものがこびりついていたように見えた。
敵か味方か,悪人か。
ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。
何となく気が変わり,俺は足を止め,マイセンをポケットにしまって、もと来た道を引き返した。
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