4 第1小隊/ファンクラブ/太陽
「リミッターが解除されていたらしいな。この間の事件。」
あたしたちが第2小隊の執務室に戻ってすぐ,装甲機動課第1小隊の人達が,第1小隊長の松井さんを先頭に,四極さん,海原さんの順で入ってきた。
松井さんは40代のベテランだ。現役警察職員中,装甲具の現場経験数でトップを誇る。
多くの難事件を解決してきた伝説の職員の1人だ。装甲具研修所の授業でも何度か名前が出てきた人だったので,初めて会った時は興奮した。基本、いかつくて近寄り難い。今でも話すときは背筋が伸びるし,緊張する。
四極さんは,研修所の卒業年で言うと3期先輩に当たるけど……とにかく嫌な人。ってか嫌な奴。
口は悪いし人を傷つける発言を平気でする。気分屋でもあり,整備課の若手などによく絡み,整備の仕方が気に入らないと怒鳴り散らす。
この人が,あたしと同じでリミッター解除適格者だと言うのが嫌だ。まるでリミッター解除が出来る人間が,情緒的に問題があるみたいな印象を受けるから……。
海原さんは,第1小隊の紅一点。研修所ではあたしの1期後輩に当たる。腰まである長い髪と……天然。話方がおっとりした、まぁかわいい。結果、特別装甲部の男性陣に大うけ。通信指令課の篠崎夏美ちゃんと人気を二分していて,整備課や通信指令課には,それぞれのファンクラブがあるとの噂だ。
あたしにはない……。
「どこで聞いたんすか?その話。」小松さんが顔も上げずに松井さんの言葉に応える。
「どこからでも流れてくるさ。しかし,リミッター解除状態のB級装甲具は簡単な相手じゃなかったろう。」
「第2小隊は優秀なんでね。瞬殺でしたよ。」
松井さんが,ほんの少し笑う。
「第2移送車は,穴が空いて,しばらく使えないらしいな。」
「事前情報もなく,その程度の被害で済ませたんだ。うちら三体は無傷でしたしね。」
「事前情報がないときこそ,細心の注意を払い,被害を限りなくゼロに近づけるのが,隊長の役目だ。」
どんどん険悪になっていく。
「…このケースについては,限りなく,ゼロでしょう。」
小松さんが押し殺したような声で,松井さんの顔も見ずにそう言った。
「万一,輸送車のドライバーに向けてパイプが飛んでいたら?お前ら避けたらしいな。」
小松さんが視線を松井さんに向けた。
けんかになりそう。
四極さんもニヤニヤし始めている。やな感じ。
「…松井さん,避けたのはあたしです。とっさの判断で…。」
松井さんはあたしの方をちらっと見た。
少しつまらなそうな顔をした後,松井さんはくるりとあたしたちに背を向けた。それに続いて,四極さんも同じように背を向けて出て行ったが,海原さんは最後に,「すみません,失礼します。」と言って頭を下げてから出て行った。
海原さんの長い髪から振りまかれた良いシャンプーの匂いが,かえって執務室の居心地の悪さを増していった。
***
「リストバンド?」
「こないだの事件の犯人達の腕に巻きつけてあった物らしいが。」
小松坂さんが職場用携帯の画面を見せてくれる。
「このリストバンドの中に薬物が封入されていて,高森に注入されたらしい。外部からの電波を受信して,任意のタイミングで薬物を注入できるような装置が付いていたそうだ。」
「げ…それって…誰かに打たれたってこと…?てか,どういう状態…?」
「その辺はぜんぜん分からんとさ。」
「怖っ!…なんだか謎だらけね。小松さん好きでしょ。」
「まーな。」
小松さんはもともと事件捜査の部署が志望だったそうな。ただ,実技があんまり良すぎて装甲具の実務系に配属されて、今に至る。
実戦はやっぱり強い。特に装甲具の解体に関しては天才的な感覚を持っていて,装甲具のバッテリー外しに関しては右に出る者はいないとあたしは思っている。あまりに巧いため,「解体屋」と呼ばれているのだが,小松さんの同期の間では,やっかみも含めて「脱がしの小松」とも呼ばれている。
海原さんもあたしも,最初にそれを聞いてからしばらくは,すっごいエロい人だと思って近づかなかった。
「何考えてんだ?」
なんか察したか。色々鋭い。
「別に?それより,この辺じゃありません?」
今日は風間君は庁舎待機。緊急対応当番は第1小隊。あたし達は現場の補充調査のため,この間の事件が起きた会社である「太陽工業」に行くよう指示されていた。
太陽工業は海沿いの埋立地の一角にある,小規模の工事会社だ。敷地には倉庫が二つと事務所がある。その他のスペースは,資材置き場になっていて,建築用の様々な材料が乱雑に置かれていた。
官用車を駐車場だか物置だかわからない荒地に停め,事務所に向かう。建築資材を抱えた数体の工事用装甲具とすれ違う。これからどこかの現場に出かけるのだろう。
コンクリート建ての事務所の壁は灰色から少し煤けた茶色になっており,長い年月が経っていることに加え,会社の経営状態の悪さを感じさせた。入り口のガラス張りのドアの脇には,白いペンキで,古ぼけた看板に「太陽工業」と社名が書かれていた。
別の名前を上からペンキで上書きしたように見える。
中に入ると,作業着姿の職員が二階にある社長室まで案内してくれた。
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