3 リミッター
装着具・装甲具の制御リミッターは,国際条約と各国の法律で,すべての装着具,装甲具に搭載が義務づけられている。装着具と装甲具は,体の動きをサポートし,通常人間には不可能な動きを可能にしている。その分,人間の体が耐えられない動きをしてしまう可能性がある。筋肉の断裂や,関節の破損,骨折はもとより,装着中の過負荷によって死亡したと見られるケースは,実は少なくない。
装着具や装甲具が実用化された初期である2095年頃,作業中の事故や持病の悪化などという報告で片付けられている死亡事案の中には,実は相当な数の,装着中の過負担による死亡例があると言われている。
装着具・装甲具の先進国だった日仏独米英中露で何度も会議が開かれ,装着した人間の生命を守るため,どの装着具・装甲具にも制御リミッターが搭載されるようになった。
このリミッターの機能の向上によって,逆に,装着者は装着具・装甲具の機能を限界まで引き出せるようになった。リミッターは,装着者の身体の頑健さや柔軟さ,身体の反応速度の速さなどを計測し,身体に問題をきたさない範囲で、限界まで力を発揮できるようにするための、無くてはならない機構になった。
この,リミッターを外す,という行為は,「特別な場合」を除き,犯罪だ。これが横行すると,たとえ家庭用の装着具でも,ごくごく短時間,単発であれば,相当高位の機体と同等の出力を発揮できる。もともとの性能が高い機体でやれば,その結果は推して知るべしだ。
リミッター解除には,現時点では二つの方法しかない。機体の製御系に埋め込まれたリミッターコードを解除するか,リミッターの限界を超えた出力を神経接続系にぶつけるか,どちらかだ。
リミッターコードは,国際装甲具機構で管理されている。製造段階で暗号がかかっているとのこと。そして,解除コードは,各国の警察や軍など,一部の公的機関に限定的に配布されているが,その使用にも色々国際条約で制限が掛けられている。また,万一解除しても,特殊な訓練を受けていない限り,リミッターを解除した状態でまともな動きを実現することはまずできない。脳や身体が自然とブレーキを掛けたり,ちぐはぐな動きをして怪我をするのがオチだ。怪我どころか,リミッター解除が想定されていない機体でリミッターを解除するということは,文字通り,自殺行為だ。骨折や筋肉の断裂、場合によっては死亡事故に発展しうる。
そう,特殊な訓練を受けて,リミッター解除を想定した機体を使わなければ。
「今回の最大のポイントは,リミッターコードが外されていないことなんです。」
夏美ちゃんの顔が曇る。
「今,警察庁本庁の分析班と,科学警察総合研究所とも検討中ですが…おそらく,システムの限界を超えた神経接続系からの命令発出により,リミッターを無理やりダウンさせたものと思われるんです。」
夏美ちゃんがちょっと青ざめてる。夏美ちゃんは,もともと科学警察装甲具研究所,通称「科装研」の技官で,官民共同研究が行なわれていた,「装甲具技研」にも2年間いた経歴がある。装着者レベルの知識しかないあたし達でも,そのリミッター解除の方法は怖いと思う。詳しい知識を持つ彼女が感じる恐ろしさ,おぞましさはもっと強いだろう。
「こんな強引な方法,思いついても実行できません。もしこんなことをしたら…。脳細胞をはじめ、心身に致命的な損害を残すのは間違いありません。」
「でもそもそも,そんなに神経系の出力って上げられんの?素人でしょ?リミッター越えなんて…。」
あ,そうか。
「そこにドラッグが関係してるって話だろ?」
小松さん,むかつく。分かってるわよ…。
「おそらくそうだろう。実験でもしないと分かんないがね。この新種のドラッグが,脳神経系に何らかの作用をして,リミッター越えの出力を可能にした,と。そういう推論が成り立つ。後は本人達に事情を聞くしかないんだが…。」
佐藤補佐官の携帯が鳴った。「ありゃりゃ。やっぱり。」あんまりよくない話っぽい。
「高森茂美は深昏睡状態で意識回復の見込みなし。他の作業員二人も同じ。事情聴取不可能だ。」




