37 風間の場合
装甲具装着後の、かすかに臭う,重機用オイルの臭いが嫌いだ。
吐き気がする。
今日みたいに、仮眠を取るとき、眠りが浅いと、夢の中にこの臭いが入ってくることがある。
だから、睡眠導入剤は手放せない。
一番最初にこの臭いを嗅いだのは、物心ついてすぐの頃。
これを着て、指示通り動けて、誉めてもらえるのは嬉しかった。
施設の人たちは、自分が上手くやれたときは、いつも誉めてくれた。
そのために、頑張った。
怖かった。
上手くやれない自分には価値がない。
価値がなくなったら、ここから追い出される。
捨てられる。
僕らは何よりそれを恐れた。
装甲具を着ると、いつも鼻をつまみたくなる。
この鉛の中は、孤独の臭いがする。
「私も嫌いなの。同じね」
物心がついた頃には隣にいた。同じ歳の女の子。
いつも、片耳のもげた、クマのぬいぐるみを持っていた。
ナツ。
篠崎夏美。
「ちゃんと帰ってくる?一人にしない?」
小さい頃、僕が装甲具を着るときは、いつも不安そうな顔をして、そう尋ねてきた。
「一人にしないよ。約束する」
彼女は僕とは違うルートの英才教育を受けていた。
測定不能のIQを持つ彼女。
天才的なプログラミング技術、装甲具制御システムの開発。
それが彼女に背負わされた運命だった。
中学生の年齢になる頃には、装甲具の組み手で、僕にかなう大人はいなくなった。
ナっちゃんも同じだった。
中学生の年齢になる頃には、海外の大学で装甲具を研究する教授と同等の知識を身につけていた。
そして、ゴーストライターとしていくつかの論文を世の中に出すようになった。
施設の人たちが、彼女にやらせようとしていた研究があった。
それが、リミッター解除の研究だった。
そして、その被検体は、僕だった。
幼少期から、装甲具の着用をし続けてきた子供。
それが、リミッター解除状態を使いこなすための鍵となるという仮説を検証するための道具。
でも、上手くいかなかった。
過去のリミッター解除研究を越えるような、劇的な数値の上昇は見られなかった。
むしろ、身体に染み着いた装甲具の知識や機能が、リミッターの枠内で動こうとする自然のブレーキとして働いているようだった。
施設の人たちの落胆が、手に取るように感じられた。
僕たちへの興味が薄れていくのも。
16歳になった時、僕とナツは、同じ気持ちを抱いていた。
「終わりにしましょ」
ナツがそう言ったのを、今でもよく覚えている。
僕たちは、破滅させてやろうと思った。
ナツがウイルスをばらまき、僕が装甲具で暴れ、連中が死ぬほど大事にしていたデータを,全部ナッちゃんが握った。
施設の人たちは交換条件を出してきた。
親のことを知りたくないか。
この話に、ナッちゃんは揺さぶられた。
ナッちゃんはずっと昔から、何度も、ハッキングを試みていた。
政府の総合情報処理システム、「アマテラス」の奥,「アマテラスの内側」に。
そこにはあらゆる機密情報が保存されている。
僕らの出生に関する情報も。
でも、その試みは全て失敗していた。もちろん、そのことは政府の側も把握していた。
これ以上繰り返したら、殺す。
ナッちゃんが脅しを受けていたのも知っている。
交換条件は、ある研究計画の実施協力だった。
カグツチ計画。
警視庁に配備される、最新のリミッター制御装置を搭載した装甲具、「イザナギ」を使用した、リミッター解除の限界試験研究。
政府による人体実験。
リミッター解除に関する、新しい仮説の検証。
過去に、何らかのトラウマを持った者が、「適格者」として選定されていた。
実験協力者として、実験現場を補佐するのが、僕の役目になった。
この研究が成功したら、「アマテラス」のマスターキーの使用許可をあげよう。
連中は、僕らにそう言った。
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