29 嫌な予感/熱源
「少々荒っぽいが,最悪の事態に備えて,早い段階での現場の制圧をはかる。シナリオとして最高なのは,向こうさんが抵抗せず,大人しく取り調べを受けるという展開だが,この可能性は低いだろう。」
佐藤補佐が突入先の倉庫の図面で,作戦配置の説明を始めた。
「この裏口から,装着具を着た矢島ちゃんと,小松坂・風間の3人組が最初に先方と接触。令状つきの捜査であることの宣告。抵抗無しならそれでおしまいだ」
補佐が図面の別の場所を指す。
「正面入り口には松井と海島が配置してくれ。連中が抵抗する様子を見せたら,そのタイミングで突入。小松坂と風間に敵の注意が集中してるところを裏から奇襲してくれ」
松井隊長と海島さんはそれぞれ静かにうなずいた。
「西園寺,お前はここ」
補佐が図面の二階部分を指す。
「この階段を上って,ドアの外で待機。状況を見て指示するから,俺から指示があるまで動かないでくれ」
「分かりました。でも,状況を見てって言うと?」
「向こうが抵抗してきたら,小松坂組と松井組で挟み撃ちになる。向こうが慌ててるところで,脇から西園寺が加勢して,一気に叩く。そういうイメージだ。ここから中に入ると,倉庫をぐるっと回る形で設置されてる,二階の通路に出る。倉庫の四方に階段があるから,そこから降りれば,工場の全体を見てから下に加勢できる。後は状況を見て指示する」
「了解しました」
「今回の作戦は,本庁の捜査5課と,生活安全課の薬物班にも乗ってもらっている。主に倉庫付近の逃走者の監視などを依頼する予定だ。資料は各自に送信済なので、移動しながら再確認するように。以上」
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装着具を着た矢島さんが真ん中に立ち,その両脇を護衛する形で俺と風間が配置し,三人で倉庫の入り口に向かう。今にも雨が降り出しそうな曇天の中,海沿いに立ち並ぶ,くすんだ灰色の倉庫は,廃墟のような不穏な気配をまとっていた。
矢島さんが,倉庫の入り口シャッター脇の呼び出しブザーを鳴らす。ほどなくして,シャッターが開き,中から作業員らしき男が出てくる。つばの長い紺色のキャップを目深にかぶっていて,表情はうかがい知ることができない。
「こんな朝早く……あ,警察……ですか?」
「増田洋介あてに令状が出ている。ここに居るな?」
「そんな奴はここには居ませんよ。」
「あなたは知らないかも知れないが,ここに逃げ込んでいるという情報があるんだ。それに,そいつが薬物の売人だという容疑もある。はい、これ令状。建物の中と,荷物の中身を調べさせてもらうよ」
「そりゃ困るよ。建物の中だけならまだしも,荷物は困る。これから出荷する商品がたくさんあるんだ。デリケートなものや,果物とかの生鮮食品もある。ガサ入れなんかされたら,売り物にならないし……」
「立ち会って頂いて構わない。全部とは言わないから,いくつか指定するから,中を見せて欲しい。また,建物の中は細かく見せてもらうよ」
「それは……。 あ,ちょっとすみません」
職員の携帯電話が鳴る。職員がそれを取って話し始める。
「ええそうなんです」
職員がちらりとこちらを見る。
「はい。分かりました」
職員が携帯を切った。
「責任者が対応するとのことです。倉庫の中へどうぞ」
職員が倉庫の中へと歩きだす。
罠かも知れない。
なぜかそう思った。
「矢島さん,後ろへ」
俺と風間が先頭に立ち,職員の後ろに付いて行く。
倉庫の中は薄暗いが,外から見たよりも縦横に広い空間が広がっていた。二階部分は吹き抜けになっていて,柵の付いた通路建物の壁に沿うようにぐるりと設置されている。その二階部分に届きそうな高さまで積み上げられた麻袋や,金属製のコンテナなどが倉庫の空間を埋めていた。
前を歩いていた職員が,ふと立ち止まり,こちらを向く。
ひどく嫌な予感がする。
「ここで少々お待ち下さい」
職員が山積みの麻袋の隙間に向かって駆け出す。
その直後,倉庫中で破裂音が響き,足下に揺れを感じた。モニターの熱源センサーも真っ赤に染まり,赤く「警告」の文字が浮かぶ。
薄暗い工場内を映した映像は煤けた煙で白と黒に埋め尽くされていく。
「矢島さん,撤退して下さい! 補佐! 指示を!」
火の手が上がってやがる。まずい。
「倉庫全体に熱源反応多数。爆発物を使って火を放ったようだ。証拠隠滅を図る気だろう。火の手が浅い内に,倉庫内を捜索。増田と薬物を探せ。薬物の一部だけでも良いから回収することを目的にする。火災の状況はAIシミュレーション中、活動限界に達したら即撤退を指示する」
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