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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
3/58

2 やばい話/ドラッグ/ラッキー

 装甲具整備課の雑多なオイルと金属の臭いも好き。 

 

 午前中に作成した書類を佐藤課長補佐官の決裁箱に放り込み,お昼休みの少し前に整備課の整備場に来ていた。

 

 武田重工製警察用特別装甲具,IZG-111。通称「イザナギ」。白と黒を基調としたカラー。左肩のパトランプ。「日本警察装甲具のシンボル」を目指して,そのデザイン段階から国内の著名なデザイナーを起用して外装がつくられた。イメージ図を見たときから,絶対あたしが着るんだと信じて疑わなかった。


 増大・悪質化する装甲具・装着具犯罪の防止と抑制に向けた「装甲具・装着具犯罪抑制施策大綱」の目玉として,国内トップシェアの武田重工と警察庁・警視庁・内閣府・経済産業省・国土交通省が協力して作った肝いりの機体だ。ピッカピカの3体が現場に導入されたのは,あたしが警視庁特別装甲部特別装甲機動課第2小隊に配属された2078年4月1日だった。それ以来約2年,あたしはこの子,イザナギ2号機と一緒に生き抜いてきた。このシンプルで洗練された機能美,高い拡張性,機動性とパワーの共存,国際基準A+級の武田重工最高傑作…。

 

 「気持ち悪いから,恋人の裸をみるような目で見ないでくれっか?涎垂れてるし…。」

 

 イザナギの陰から,小柄だががっしりとした作業着姿の男性が現れる。

 あたしの口元は濡れたように光っているが,涎ではなく,さっき塗りすぎたリップである。

 

 「裸っていうか,内臓っていうか…中身もいいのよね…。」

  

 整備課長の山吹源三さん。みんな,ヤマゲンさんか、ゲンさんと呼ぶ。あたしがいくら装甲具への愛情を語っても引かずにいてくれる数少ない人の一人だ。

 時間が空くとあたしはここでイザナギが整備される様子を眺めることにしている。それが何よりの息抜きだ。

 この「イザナギ」は,第2小隊だけに配備されている。第1小隊には,「イザナギ」の一つ前のモデル「カグラⅡ」が配備されている。「カグラⅡ」も国際基準A+級であり,性能的には「イザナギ」と遜色がないスペック。どちらかというと,「カグラⅡ」の方が若干重量が大きい分パワーがある。一方「イザナギ」の方は素材の見直しによる軽量化が進み,装着者と装甲具の神経伝達スピードが向上している。

 

 「こないだの事件で膝蹴りしただろ。膝のモーターのレスポンスが少し悪くなってたから,念のため部品交換しとくぞ。午後5時過ぎにもう一回来な。装着テストするから。」

 

 「部品はちゃんと武田純正にしてよ!」

 

 「光山システムのも良いのがあるよ。ってか,制御系はさすが,元ソフトウェア会社って感じ。小松坂さんも、光山システム製のパーツ使ってみようかなって言ってたし。武田より安いから,決裁下りやすいし。」

 

 ゲンさんの脇に居た,整備課若手の上高木君がたわけたことを口走る。

 

 「あたしの2号機に不純物混ぜないで!デザインも哲学も,光シス製は嫌いなの!光山の部品なんか入れたら着ない!上高木が壊しましたって上層部に言うから!」

 

 整備課の若手陣が苦笑してるのが目の端に写る。他のみんなにも聞こえるように言っておかないと,コスト重視で光山システム製部品を流入されてはたまらない。

 

 だって武田が良いんだもん。

 

 光山システムの装甲具はなんか変。感覚的だけど,着けると何か気持ち悪い。

 

 「はいはい,仰せのままに。上高木、姫さんに滅多なこと言うもんじゃねえ。お前、博打で負けすぎて金がねぇから、せこくなってんだろ。」ゲンさんが上高木君をどつく。

 

 「予算に関して、上からの圧力もあるだろうけど,あたしと日本の平和の為に頑張って下さい。」

 整備場の方から、何人かのくすくす笑いが聞こえた。

 

 ******

 

 「いわゆる,脱法ドラッグって奴だな。」

 佐藤課長補佐官がネットからプリントアウトした画像入りの文書をくれた。

 

 「LCAD。通称「ラッキー」ってのによく似てるらしい。「ラッキー」自体はインドネシアの方で去年,少しの間流行ったという情報がある。基本的にダウン系の薬物で,とにかくぼんやりするタイプの薬だったとのことだが…。」

 

 「楽しくなさそうなクスリですね。」

 

 「英理には向かない感じだな。」

 

 「小松さん、どういうこと?」

 

 あたしが小松さんに食ってかかろうとしたところだった。


 「これがこないだの事件の高森から検出されたんですか?」

 

 風間君が堅い口調で口を挟む。

 風間くんのこういう、自分の興味にしか目が向かないところが、夏美ちゃんにもてない理由だと思う。


 「まぁ,この薬物が高森以外の奴からも検出された。全員ラリってたってわけだ。」

 「じゃあ、薬物できまった状態で、日頃の不満ぶちまけた、みたいな?そういう事件ですか?」

 「その線で片づけたいんだが…。」


 佐藤補佐官が夏美ちゃんの方に目線を送る。


 「これを見ていただきたいんですが…」

 

 会議室のスクリーンに,破損した装甲具移送車両の写真が映し出された。

 …あたしがかわしたせいで壊れたやつだ。申し訳ないと思うけど,始末書は午前中に書いたし…。


 「悪かったってば…だってやばそうだったんだもん。とっさに盾出す余裕がなくて…。」

 「いやいや,野生のカンだろ?」

 「?」

 

 佐藤補佐官が含み笑いをしている。

 

 続いてモニターに何やら棒グラフが映し出された。

 

 「あのB級が投げた鉄パイプの速度と破壊力なんですが,初速が小型銃の弾丸並の速度でした。装甲車の外装を貫通後,後ろにあった厚さ35センチのコンクリート壁も貫通してます。」

 

 血の気が引いた。盾なんかで受けてたら…


 「文字通り死ぬとこだったってわけだ。しかし,よく避けれたな。銃の引き金引かれてから避けたようなもんだもん。」


 「補佐官…。」

 軽く言ってくれる…。じろっと恨めしい視線を補佐に向けたが,補佐はあからさまに知らん振りをしていた。


 「問題は,あのB級の機体に,こんな速度で物を投げるスペックはないってことだ。」

 「リキラクⅡは,重量のある物を持ち上げるため,腕の補助モーターを作動させることで、短時間であればB+級の出力を産むスペックがあります。でも,その機能を活用しても,各種の誤差を含めて,最大限想定し得るのがこちらの左のグラフ程度の威力なんです。しかし,今回の結果から見ると,実際はその2倍以上の出力があったことになります。」

 

 風間君が夏美ちゃんをぼけっと見ている。

 ちゃんと話聞いてんのか、こいつ。


 「結論から言うと,おまえ等がやりあってるとき,あのB級はリミッター解除状態だったってことだ。」

 補佐がやや引き締まった声でそう言った。


 ……なんかやばい話になってきた。


読んでいただいてありがとうございます!

なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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