24 ほぼほぼ/夜景/金輪際
この薬は良く効くからな。
それに,後から検出されることもない。便利な世の中になったもんだ。
さて…。今日は楽しませてもらうとしよう。
******
あ、夏美ちゃんからのメッセージだ。
北島教授、なんか信用ならなかったから、変なことしてないか調べてもらったけど、やっぱりね。訴えられてないだけで、女性の敵、ほぼほぼ犯罪者じゃん。
飲み物とか気を付けて、相変わらずチャラい話だったら、さっさと切り上げて帰ろ。
え? 小松坂隊長にも情報共有した?
別にそれは良かったのに……。
変に気を遣わせても……。
ま、そっち方向で、小松さんが心配なんかしないか。
***
「へー,これは珍しい! こんなモデルの開発も進んでるんですか」
北島教授の行きつけだというシティホテルの高層階にあるバーに来ていた。
こういうとこは来たことないから,シンプルなワンピースに薄手のカーディガンを羽織ってきたけど、ちょっと服装がカジュアル過ぎたかも知れない。
指輪タイプの3次元プロジェクターで,北島教授が,研究室で開発中という装甲具のプロトタイプを見せてくれた。
ただ,確かにデザインは綺麗だけど……少し実用性に乏しいようにも見えた。バッテリーの持続時間も短いし……。
「美しいだろう? 装甲具も,これからはこうした外見のデザインの質を高めていかないとね。これは有名デザイナーとのコラボなんだ」
「これ,用途としては,どんなところを考えておられるんですか?」
「? 用途?」
北島教授が笑う。
「そういった,実用性偏重の考えが,装甲具の可能性を制限してきたんだよ。人間が身に付ける物なんだから,まず,着て嬉しい,楽しい,美しい,こうした価値に目を向けていく時代だと思うんだ。これも,装甲具,何て名前を使わず,もっと洗練された名前を使おうと思ってるんだ。アンプリファイア・スーツみたいな」
え,何それ。
「そんな……。装甲具は,やっぱり実用的な機械です。イザナギは,もちろんデザインもシンプルで綺麗ですが,それも実用性を考えての機能美だと思います。教授もイザナギの設計のときにはそういうコンセプトだったのでは?」
教授が小さく笑う。
「いや,ここだけの話だが……。僕は名前は貸したけどさ,イザナギの設計にはほとんど関わってないよ。広告関係は少しアドヴァイスしたけど。ちょっと無骨すぎるんだよね、あの機体のコンセプト」
え,嘘。
「だって,教授……イザナギの設計に関わったってテレビとかで良く言ってたじゃないですか……。じゃあ……イザナギの設計は一体だれが……」
「武田の社員じゃないのかな。僕のデザインを採用してれば、今頃もっと世界的に注目されてたろうに。ビジネスセンスが乏しいよね。ま……それはさておき、さ……」
教授が指を鳴らすと、ウェイターさんがシャンパンを持ってきた。
「ここから見る新都心の夜景は最高でしょう」
まぁ、確かに。
綺麗は綺麗だけど。
教授が少し顔を近づけてくる。
「君とはもう少し親密な仲になりたいと思うんだ。どうだろう」
何それ,唐突に。なんかむかつく。
「あたし,装甲具について,自分と意見の合う人じゃないと,仲良くはなれないと思います。教授は,装甲具とその装着者について,どう思ってるんです?」
「装甲具は,道具さ。スコップやハンマーと一緒。泥臭い。そのうち装甲具の時代は終わって,新しい華やかなアンプリファイア・スーツの時代が来るよ。海外じゃ,格闘用の他に,ダンス用の装甲具も生まれ始めてるんだから。それに比べて,今の日本の装甲具の装着者なんて,本当に泥臭い。土方の肉体労働者ばっかりだろ。それって昔から底辺の仕事だよ。西園寺さんみたいな綺麗な人が働く世界じゃない。君もこっち側に来ないかい?いい夢見せてあげるよ。」
な、なんて奴……。こんな男が装甲具の第一人者と言われてたなんて……。
教授がシャンパングラスを私に差し出す。
「これ、何か入ってますよね」
あたしは、ありったけの力で眉間にしわを寄せて教授を睨みつけた。
「……? 一体何を?」
教授の顔が引きつった。
「飲めますか? このグラスのお酒」
「……なかなか失礼なことを言うなぁ。君は」
「失礼なのはそっちでしょ。現場も知らないあんたに……装甲具を設計する資格なんてない!みんなが,どんな思いで装甲具を着てるか分かる? 工事のおっさん達が何かを作るためにどんだけ頑張ってるか分かる? あたしたち警察が何かを守るために,どれだけ必死に装甲具を使ってるか,あんたに分かる?!あたしが……」
教授が舌打ちをして、財布から私の名刺を取り出した。
「西園寺君だっけ? 私は、警察庁の幹部とも懇意にしてるんでね。どうも君みたいな情緒不安定な子は、装甲具を着るのには向いていないように思うんだ。だから……」
「あんた……一体何を……」
「こいつは、向いてますよ」
「へ?」
いつのまにか、テーブルの脇に椅子を置いて、細身のスーツにネクタイ姿の男性が座っていた。
心なしか、良い匂いがした。
「てか、これ、まずいっすよね。薬物入りのシャンパン。こんなの女性に飲ませるつもりだったんですか? 軽く犯罪ですよね?」
男性は、薄い付箋のような紙をシャンパンに差し入れた。みるみる、紙片が紫に染まっていく。
「何のことだ? そもそもお前、誰だ? おい、誰か……」
「まぁ、薬物はしらを切るとして、こっちは駄目だろ」
男が教授の耳元で小型のレコーダーのスイッチを入れる。
さっきの私との会話が流れてくる。
「あんた,イザナギの設計をしたってことで飯食ってる面もあるんだろ。こういう話,マスコミに流れたら,まずいんじゃねぇか」
「……何が望みだ……。どっかの週刊誌の記者か? 金が欲しいのか?」
「金輪際こいつに近づくな。今日のことも全部忘れろ。以上だ。」
男は、教授の手元からひょいと、あたしの名刺を取り上げると、席を立って、店の出口の方へすたすたと去って行った。
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