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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
22/58

21 吉兆/物好き/機序に関する研究

「吉兆」は,特別装甲課の行きつけの居酒屋だ。


 少し破けた赤い提灯と煤けた暖簾が,この店が長年愛されてきた歴史を物語っている。

 小松坂と俺と篠崎夏美は固定メンバー。後はシフト次第で西園寺が入ったり風間が入ったりする。以前に間違えて松井を入れてしまい,小松坂と松井が装甲具論争で最後は大喧嘩になったが,それ以外の組合せは大体面白い。

 四極は誘っても来ないので未知数。


 今日は固定メンバーに加えて、風間と第1小隊の海島が入ってきた。珍しいパターンだが,冬見ちゃん以外から、第1小隊の話が聞けるのは貴重だ。

 「第1小隊は最近どうなんだ?」

 「どうって…普通ですが…」

 「いいんだぞ,海島。松井隊長への不満をぶちまけて。内緒にしておいてやる。何だったら,第2小隊に来てしまえ」

 

 小松坂は酒が弱いので,もうだいぶ出来上がっている。西園寺はこれに輪をかけて弱く,しかも泣き上戸の絡み酒のため,あんまり飲ませると厄介なことになる。対照的に,篠崎夏美は酒が強い。というか,酔ったところを見たことがない。多少頬が赤くなったように見える程度で,話し方も変わらない。


 「ふ,不満なんてないです……。いつもお世話になってますし……」

 「いや,あるだろう。細かいし,やたら上から目線で偉そうだし,後はほら,40過ぎの男特有の脂っぽさとか,臭さとか……」

 「な,ないですってば……。素敵な上司ですから……」

 「そりゃ,自分の隊長の悪口は言いづらいだろ。まぁ,どこぞの第2小隊2号機装着者は言いたい放題だがなぁ。」


 俺はちらりと小松坂を見た。


 「西園寺は上を敬う気持ちがまっっっったく無いんです。海島,ああなっちゃいかん」

 「でもまぁ,いいですよね。裏表がないって言うか……。私は,西園寺先輩のこと好きですし,憧れますけど」

 

 あ、そういえば、研修の期でいくと一応西園寺の方が先輩になるのか、歳は海島の方が少しだけ上だけど。ややこしいなぁ。


 「憧れ? あいつに?」

 小松坂があからさまなしかめ面をする。

 

 「あら,西園寺さん,結構人気があるんですよ。研修所の方などでも有名人でしたし」

 篠崎が日本酒をすいすい飲みながら,そう言った。

 

 「まぁ確かに,装甲具オタクだし,ガサツだし,男みたいな奴だからな。女性研修員とかには人気が出るかもな。バレンタインにチョコもらうタイプだろ」

 「結構男子にも人気があったみたいですよ?」


 篠崎が続ける。悪い奴だ。若干からかうつもりだ。


 「ん?そうなのか? いや,あいつが男から人気でるこたぁないだろう。……本当か?」

 「あら,気になりますか?」

 若干,篠崎の笑顔が増したように見える。


 「ば……何で俺が気にする必要があるんだ。物好きもいるもんだと思っただけだ。ていうか、あいつはガキだから、変な男とかに騙されやしないかとだな。仕事に支障があるからな」

 

 ここに,一番の物好きの変な男がいるな,と言わない理性が残っていた。まだほろ酔いだ。

 ちゃんと酔うのは家に帰ってから。


 ******

 

 「研究は進んでるのか?」

 「何のですか?」

 

 篠崎とは官舎が一緒の方向のため,飲み会の帰りも一緒になる。海島は小松坂と風間が送っていった。  

 小松坂に関しては,どっちが送る方でどっちが送られる方か分からないような状態だったが。

 

 「リミッター解除についての研究は,続けてるんだろう?」

 

 「もうそれは科学警察研究所の後任者に引継ぎましたから。今は現場のオペレーションシステムに興味が集中してますよ。」

 

 「連絡は取り合ってるんだろ?いずれは研究所に戻るんだろうし」

 

 「さぁ,どうでしょう。最近は研究所採用でも,外部に出た後は警察庁本庁に回ったり,他省庁に回る人もいますから」


 「そうなのか。人事も変わっていってるんだな」

 

 うまいことはぐらかされる。


 「専門家よりも,ジェネラリストが求められる風潮が強くなってますから。」

 

 「ジェネラリストね……。視野の広さが求められる時代か。中途半端な知識,中途半端な経験しかない奴が増えそうな気もするけどな」

 「そういう面もあるかも知れませんね。でも,色んな経験が,ある日突然化学反応をすることもあると思いますしね。」


 「例えば,過去のトラウマが,リミッター解除を可能にしたり,とかか」


 ちょっと強引か。


 篠崎の表情は変わらないが,黙ってしまった。


 「あの文書は,篠崎が書いたやつだろ。いい論文だと思うけど,研究所の紀要には載せなかったんだな」

 「どの文書ですか?」

 

 篠崎がとぼけたような顔をする。

 「リミッター解除の機序に関する研究」

 一瞬,篠崎が固まったように見えたが,すぐにいつものような笑顔に戻る。


 「……不確定な推測が多すぎるので,科学警察研究所の紀要のように,ある程度オープンなものに掲載するのは,適切じゃない,という判断だと思います。数式だらけですし」

 そう言えばそんな文書をまとめたこともありましたっけね,とつぶやく。


 「西園寺と四極は,どちらも家族の死に直面している。共通しているのは、二人とも、目の前で装甲具に家族を殺されていることだ。二人が被害にあった年齢は全然違うがね」

 「人の過去をあれこれ探るのは、あまり良い趣味とは思えませんが」

 「人事管理上、見たくないものも、見ないといけないこともあるのさ」


 少し生温い風が吹いた。

 篠崎は黙っている。


 「西園寺は、装甲具を憎む気持ちを持っている。だが、同時に、自分に力をくれる物としてすがってもいる。あいつの心を利用するようなことだけは、しないでくれ」


 篠崎の肩が少しだけ震えたように見えた。

 「なんちゃってな。まぁ好きなだけデータ取ってくれ。そういや、今度西園寺が飲みたいって言ってたから、相手してやってくれる? 介護要員も用意するからさ」

 「ふふ、よろしくお願いしますよ」


 官舎が近づいてきた。


 「いつも送っていただいてありがとうございます。もうここら辺で大丈夫ですよ」

 「うん,お疲れさん」


 自分の官舎へ,しなやかな足取りで,篠崎夏美は歩いていった。

 日本酒,一升近く飲んだんじゃないだろうか。人間じゃないな。本当に飲んでたんだろうか。

 酒くらいじゃぼろを出さないか。


 ******


 どこから入手したのかしら。あれは,許可を得た本省幹部級用に保管されていたはず。


 四国さんと西園寺さんの部分も,ぼやかしてあるし、誰のデータかなんて、相当に読み込まないと分からないのに。


 佐藤補佐官。

 

 面倒な人ね。


 まぁ,あれ自体は秘密文書でもないし,たいしたことは分からないわ…。

 他の情報のセキュリティを上げるよう,上に伝えておく必要があるようね。

 

 あんまり邪魔になるなら、消してやる。

 

 心を利用するな?

 

 ふざけるな。

 

 ()()()のことなんて,何にも知らないくせに。


 読んでいただいてありがとうございます!

 なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

 ほんと励みになります……!


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