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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
21/58

20 訓練/きょとん/くせ者

 風間君の右手が空を切る。

 

 流れるような動きで小松さんが風間君の後ろを取る。バッテリーを一気に引き抜く。


 「風間,動きが単純過ぎる。」


 訓練用の簡易装甲具は,動きが重く,バッテリーハッチも開閉部分も固く作られている。それでも小松さんの動きはイザナギを着ているときと変わらないように見える。


 「次,西園寺」

 「よーし」


 小松さんのバッテリーを抜いたことはない。ていうか,後ろを取ったことも二回くらいしかない。


 やはり目の前にすると,何とも言えないプレッシャーがある。

 様子を見て……。


 不意に小松さんが踏み込んでくる。

 しまった,後手に回った。左に身体を流して小松さんに対して半身の姿勢から小松さんの右腕を掴みに行く。もちろんこれはかわされる。ふっと小松さんが視界から消える。見えないけど,これは小松さんの得意技。姿勢を低くしたまま一瞬だけローラーを使用して背後に回りこんでいる。あたしは左足を軸に回転して背後に向けて右の下段回し蹴りを放つ。

 

 あっさりと蹴りが空を切る。後ろにもいない?

 

 センサーが上から加速して落下してくる熱源を感知する。

 

 背後でバッテリーが引き抜かれた音がした。

 「安易。予測と勘だけで動くな。隙が出来る動きはなるべく避けろ。そんな派手に回転したら,次が動けないだろ」

 「う~。もう一回!」

 

 あたしが回し蹴りをするところまで読んで,上に飛んで回り込んだんだ。

 

 「調子良さそうだな,小松坂」

 

 あれ,珍しい,松井さんが第2小隊の訓練場に来るなんて。

 しかも,訓練用の簡易装甲具を着てるし。

 

 「やられに来たんすか?」

 

 小松さんが松井さんを睨みつける。

 

 「一度くらいやられてみたいもんだと思ってな」

 

 隊長同士の組み手は珍しい。


 ただ,小松さんが勝ったことはまだ一度もない。


 小松さんは全国的に見ても4本の指に入る力を持っている。解体技術なら日本一だろう。

 でも松井さんは別格だ。補佐も小松さんも,みんなが最強だと感じている。

 多分,リミッターを外した四極さんでも,技術的には勝つことは出来ないだろうと。


 「赤鬼」、松井さんの通り名だ。由来は諸説あって,怒ると顔が赤くなるからだとか,現場で破壊した装甲具から飛散した、返り血ならぬ返り油で赤黒く染まったことが由来だとか,などなど。

 あれ? 最強か……そういえば,松井さん,冬見補佐に「最強」って言ってたな……?

 そこら辺って、どうなってるんだろう。


 小松さんが松井さんと向き合う。貴重だから集中して見なきゃ。

 先に動いたのは意外にも松井さんだった。真正面から小松さんに掴みかかる。隙だらけにしか見えない。何でそんな動きを?

 

 小松さんが直線的に飛び込んでくる松井さんを右にかわして,隙だらけに見えた左腕に掴みかかる。あっさり掴んだかに見えたその瞬間,小松さんの伸ばした右手を松井さんの右手が掴んで松井さんの方に引っ張った。

 バランスを崩した小松さんの背中が松井さんの目の前に引きずり出された。わざと隙を作ってカウンターを狙ったんだ。一瞬で形成が逆転し,松井さんの左手が小松さんのバッテリーに伸びる。

 

 「このっ……!」

 

 小松さんが左手で松井さんの左手を払う。その勢いで、松井さんの胴体に右の回し蹴りを放つ。松井さんは左手でガードし、その衝撃で小松さんを掴んでいた右手を離す。

 

 回し蹴りの勢いでバランスを崩した小松さんに松井さんが襲いかかる。ローラーも使ったのか,まるで瞬間移動のようなスピードだ。すんでのところで小松さんが上半身を逸らして松井さんの右手をかわす。すぐさま右の回し蹴りが飛んできて,小松さんはこれを読んで両手で松井さんの足を掴む。小松さんが優勢になる。そのまま足を掴んで松井さんを後ろに押し込む。片足立ちの松井さんがバランスを崩して倒れる。小松さんがマウントを取るため,体ごと覆いかぶさる。

 

 これは勝ったんじゃないか?

 

 この状態ではバッテリーは外せないから,顔や身体のパーツの一部を解除すれば勝ちだ。


 「もらった!」


 次の瞬間,小松さんが何かに弾き飛ばされたように宙を舞う。

 地面に倒れた小松さんに、松井さんが接近し,一瞬で小松さんをひっくり返し,バッテリーを引き抜いた。

 「………」


 何だこれ。一体何が起きたのか。全然わからなかった。


 「小松坂、ぎりぎりの見極めが甘い。カウンターを食らいすぎだ」

 「……あんたの目が良すぎるんだよ……」

 「目じゃない。覚悟の問題だ。お前はまだ、逃げてる」

 

 小松さんが何かつぶやき,松井さんを睨みつける。

 

 「風間君、どうなったか、分かった?」

 「いえ……」

 えー、あの大勢から、アッパーか何かで小松さんを突き飛ばしたってこと?

 右手のモーターを瞬時に加速させたとか?


 風間君も目を丸くして隊長二人を見つめていた。


 隊長格の背中は遠い。

 いつか追いつけるのかな。いや,追いつかないと。

 ここに居る資格を守るために。


 ******

 

 汗を流すためにロッカールームに向かうと、先客がいた。第2小隊の風間だ。

 「あ、松井隊長…。お先に失礼しております」

 「シャワー室の順番ぐらい、気にするな。ここは研修所じゃないからな。」

 「はい……すみません……」


 と言いつつ、風間はそそくさと体を洗い流し、シャワー室から出てきた。

 「随分引き締まってるな。何か特別にトレーニングしてるのか?」

 「いえ、まぁ、自宅で多少……」


 多少、というレベルの筋肉じゃあない。細身で、優男な顔つきとは相当なギャップがある。


 こいつも,妙な奴だ。


 「お前、さっきの俺と小松坂の訓練、どう思った」

 「レベルが高すぎて……自分には……」

 「正直に言って良い。お前なら、()()()()()()()、小松坂に対してどうした?」

 風間が少し黙り込む。

 「……自分なら……いえ、自分にはまだどうすれば良いか分かりません」

 

 「小松坂の攻撃に対して、他の方法は思いつくか? 何でも良い。言ってみろ」

 風間は少しだまった後、口を開いた。

 「……例えば……先に小松坂隊長の()()()抑えてしまい、振り下ろせないようにしたりとか……。ただ、一撃で状況を打開するには、松井隊長の方法が最善かと思います。自分には他には思いつきません……」

 

 背筋が少しざわついた。


 俺は小松坂の攻撃について、右腕とは言っていない。


 こいつは、あの距離から、あの瞬間の出来事が詳細に見えていた。おそらく他の隊員は誰も見えていなかっただろう。

 底の知れない奴だ。

 

 「……お前、実技訓練、全力でやっているか?」

 

 風間はきょとんとした顔をした。

 だが、その前に、一瞬顔が強張ったのを、俺は見逃さなかった。

 きょとんとした顔を、作ったのを。


 もう一言聞き出してやろうとおもったその時。

 

 「……? 風間……に松井さん? 何やってんすか?」

 小松坂が入ってきた。


 「……まぁ、良い。理由は知らんが、もし力があるなら、出し惜しみはするなよ」

 風間と入れ替わりでシャワールームに入る。


 第2小隊か。

 西園寺と言い、こいつと言い、くせ者だらけだ。

 

 こいつは何を隠してるのか。

 

 まぁどいつもこいつも、隠しているという自覚があるのかどうかも、怪しいものだが。

 小松坂も大変だな。

 

 いや、 第2小隊に限ったことじゃない。くせ者ぞろいはうちの隊も同じか。 

 

 「風間、何かされてたのか? あのおっさん、40突入して,()()独身だから、気を付けた方が良いぞ。もう、性別関係ない領域だろうから。お前みたいな綺麗な顔の若者は……」

 「ちょ……小松坂隊長……。聞こえてますよ……」

 「うるさいぞ! 小松坂! 馬鹿かお前は!」


 まったく、何を考えてんだあいつは……。


読んでいただいてありがとうございます!

なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

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