19 プライベート/ルシフェル/リストバンド
「さて。今日は第2小隊の当番日だ。西恩寺,風間,気を引き締めて勤務するように。補佐官からは何かありますか?」
当番日は,該当小隊が,優先的に事件への対応に当たる。
やけにやる気のある雰囲気の小松さんが,元気よく朝のミーティングを取り仕切る。
「特になし。……あぁ,そうだ。こないだ西恩寺に対装甲具砲を撃った奴,あれの身元が分かるかも知れない。バイクの付着物をDNA鑑定していて,まあ盗品だからよく分からないが,犯罪歴のある人間がヒットしてる。容疑が固まり次第,令状を取ってガサ入れするかも知れないから,そのときはよろしく」
「それでは朝のミーティングを終わります。」
朝のミーティングは,その日の当番隊と補佐,整備課のゲンさん,オペレーターの夏美ちゃん,その他何か連絡事項のある職員が参加する。
「風間さん。この当直日誌,判子をお願いしますね。」
夏美ちゃんが風間君に当直日誌を渡している。座っていた風間君の隣から,少し腰を屈めた姿勢で,肩まであるふわふわの髪が少し風間君に触れている。こうした何気ない仕草からしてかわいい。風間君は耳が真っ赤になっている。
病気か。
そういえば,この間、風間君の机の中に,夏美ちゃんのファンクラブ集会の案内が入っているのを見てしまった。
ファンクラブ…実在していたとは…気持ち悪っ。
「ガサ入れの準備はしなきゃな。第2小隊メインだな。風間、よろしく頼むよ。篠崎に良いところ見せてやれ」
「ちょ、ちょっと補佐……」
もはやセクハラかパワハラか分からん。
夏美ちゃんは聞こえたのか聞こえてないのか、一瞬立ち止まったように見えたが、すぐに執務室から出て行った。
「…勘弁して下さいよ……」
「こないだの砲弾の時も、良いとこ見せるチャンスだったのになぁ。」
小松さんまで,何を能天気な…。
「小松さんも一度,砲弾撃たれて見ればいいのよ。怪我じゃ済まないかもしんないんだから」
「なんだ,英理。お前ビビってるのか」
「はぁ? そんなわけないでしょ!」
「そうだな。そりゃそうか」
「どういう意味よ?」
「うわ,めんどくせぇ」
自分からふっかけといて,何なんだまったく。あたしがさらに追撃しようとしたところ,執務室に松井さんが入ってきた。宿直セットを持っているので,今日は当直日のようだ。
「第2小隊はにぎやかだな」
「部下がガキなんで,相手するのに大変でね」
何言ってんの,この小隊長は? 同じレベルで騒いでたくせに。
「西恩寺,昨日は悪かったな。あまり気が休まらなかったんじゃないか?」
「いえ,良いんですよ。松井さんと話せて良かったです」
「?!」
「そうか。まぁ,相手をしてくれてありがとう」
じゃあな,と言って松井さんは当直室へ向かっていった。
小松さんが何故かぶぜんとした顔をしている。
「…なんすか?」
「何だ,お前,松井さんと出かけたのか?」
「別に?小松さんには関係ないでしょ。あたしのプライベートですから」
「ん…プライベート…うん,まぁ…そうだな」
ありゃ。以外とあっさりだったな。
ふーん,とか言いながら,そのまま小松さんは自分の机の方に行ってしまった。
まったく,小松さんにも,松井さんくらいの貫禄が欲しいものだ。
***
「バイクはちゃんと置いてきたか?」
「ええ,先日押収されました……。社長,本当に良いんですか? あのバイクから辿れば,うちの倉庫に捜査の手が伸びます」
「良いも悪いもない。組の指示だ。やるしかねぇだろう」
社長は,半ばやけになってきているように見える。
「話しがどんどん違って来てるんじゃないですか。組の当初の要求通り,C,B,A級の装甲具を警察にけしかけた。これ以上の要求に応えるのは,危険過ぎます」
社長に向かって放った言葉が,社長に届かず,部屋の宙に浮いているのが目に見えるようだった。
「「ルシフェル」も使え」とのことだ」
ルシフェル? あの格闘用装甲具のことか?
「あれは密輸して組に渡しておしまいのはずでは? 契約外でしょう! これ以上はこちらのリスクが大きすぎます!」
「もう,引き返す場所などないんだ。あの倉庫は焼き払えとのことだ。倉庫内の薬物や密輸品のリストごと全部だ。その焼き払うときに,警察のやつらも誘い込んで巻き込み,あわよくば潰してしまえ,と言っている」
あまりのことに,頭痛と耳鳴りがした。とても正気とは思えない。
「そんなこと,出来るわけがない。あの,警察の装甲具を倒せ,ということですか? 無理だ。日本最強と言われている部隊ですよ? 第一、そんなことして何の意味があるんです?」
社長が,大量のリストバンドを机の上に出す。
「…どういうことですか…」
「倉庫の連中全員に,これを配れ。」
目の前が真っ暗になりそうだった。
「社長……。それは,駄目です。これを使った連中はみんな廃人のようになっている。社員たちに死ねと言うんですか?」
「やらなければ,俺達が終わるだけだ。」
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